たばこ産業 塩専売版 1997.03.25
「塩と健康の科学」シリーズ
(財)ソルト・サイエンス研究財団研究参与
橋本壽夫
塩と健康問題のまとめ
「塩はそんなに悪者か?塩と健康を考える」というシリーズで、塩と健康に関する問題について、筆者が疑問に思ったことを思いつくままに綴り始めたのは昭和62年9月のことであった。以来、一時中断したこともあったが、、現在まで足かけ10年続け、今回で86回目となった。このたびの塩専売制の廃止に伴い、新開「たばこ産業」の塩専売版も題号等を変え、4月から新たな装いで発行される。これを機会に、これまで述べてきたことをまとめておく。「まとめ」といっても、これまでに述べてきたことは多岐にわたっており、すべてに言及するわけにはいかないので、比較的多く取り上げてきたことだけを要約する。
塩の生理作用(役割)
生命にとって塩はなぜ重要であるか、という疑問に対しては、体の中で塩がどのような働きをしているか、を理解することがその答えとなる。
塩は浸透圧を一定に維持し、体内の水分を調整し、酸-アルカリ平衡を保つことにより、細胞を正常な状態に維持する。塩は食べ物の消化、吸収を助け、神経の伝達、体温維持に関与することにより身体の機能を正常に働かせる。
また塩には塩味による食欲増進作用があり、塩味を感ずる味覚は後天的に獲得され、食塩嗜好が固定される。しかし、固定された食塩嗜好でも変えられる。
食塩摂取量に関する事項
食塩の目標摂取量は昭和54年に1日当たり10グラムと設定された。人間における最低必要量の1グラム/日以下と比べて10倍以上は取りすぎであるという議論とともに、文明社会における摂取量の現状と問題点が指摘され、減塩が勧められるようになった。
しかし、最近ではすべての人に減塩を強いるのではなく、食塩感受性のある人だけに勧めるべきである、という考え方に変わりつつある。
日本における食塩摂取量の変遷と疾患死亡率、雁患率の変遷との関係をみると、食塩摂取量と高血圧、脳血管疾患との関係はなかった。
減塩に伴う問題点
減塩で血圧が下がるのは食塩感受性であるごく一部の人に対してだけで、大半の人々には関係ない。それどころか、減塩によって血圧が上昇したり、睡眠障害を起こしたり、必要な栄養を十分取れなかったりすることがあり、出血、高熱、下痢に対して抵抗力が弱くなる。
最近の研究では、悪玉コレステロールを上昇させたり、心筋梗塞を起こさせる危険率を高めるとの報告があり、手放しで減塩を勧めるわけにはいかない。このようなことから減塩に疑問を持つ人々が出始めたし、減塩を見直す必要性を訴える人も出てきた。
食塩と高血圧に関する研究の歴史
今世紀半ば頃、食塩は高血圧の原因物質であるとの仮説を立てて、それを証明するための研究の中で多くの有益な情報が得られた。高血圧は遺伝すること、食塩感受性の人と食塩非感受性の人がおり、大半は非感受性であること、大規模で厳密な疫学調査で塩と高血圧との関係は弱く、むしろ肥満やアルコール摂取量との関係が強いこと、などである。食塩摂取量を変化させた介入試験でも結果に再現性はなく、生理的、臨床的な研究では決め手を欠いている。現在では、食塩感受性、高血圧に関連する遺伝子の研究に力が注がれている。
食塩と高血圧に関する海外の報道
食塩と高血圧の関係について研究を進めても確定的な結果が得られず、詳細な疫学調査では関係は小さく、減塩に伴う悪い効果が明らかになるにつれて、国民全員に減塩を勧めることに対して批判が出始めた。日本国内では、そのような批判はあまり聞かれないが、アメリカ、ヨーロッパでは、一律の減塩に警鐘を鳴らす学者がいることから、新開や週刊誌のマスコミでも減塩推進論者と反対論者の意見を併記して、読者に判断をゆだねる報道姿勢が取られている。
食塩摂取量に対する考え方
腎臓機能が正常で、高血圧家系でなく肥満していない人は食塩摂取量を気にすることなく、おいしく楽しい食生活を送れる。適正な食塩摂取量は味覚が判断し、不足すれば塩味がおいしく感じられ、過剰であればまずく感じられ、喉が渇き水を飲むことによって排泄され、体内の塩分量は一定に維持される。近い将来、食塩感受性の簡易判定法が開発されるであろうが、それまでの間、とりあえず高血圧者や高血圧家系の人(高血圧者でも半数の人は関係ないが)はできる限り栄養摂取量のバランスを崩さない程度に減塩する。
食塩摂取量と胃がんの関係
塩の取りすぎは胃がんの原因となるという報告がある。しかし、その相関を肯定する学者と否定する学者がおり、確定していないため学術参考書では項目として取り上げられず、その他発がん性因子の1つとして定性的に述べられている程度である。
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