たばこ産業 塩専売版  1987.09.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩技術調査室室長

橋本壽夫

「塩と健康」を科学する

 「塩を摂りすぎると高血圧になるというのは根拠のない神話である」と、これまでシリーズで掲載された名古屋市立大学医学部の青木久三助教授の寄稿を読んで、高血圧でもないのに塩のことを気にしていた人は安心して食生活を楽しめる、と思った方が多いと思う。
 毎日の食生活に不可欠なものであるだけに、ナトリウムと健康の問題は極めてやっかいな問題である。ナトリウムが健康に悪いということが(たとえその因果関係が不明であろうとも、また数少ない極端な例であろうとも)マスコミにより一度広まってしまうと、人間は不安に陥り、自己防衛から本能的、潜在的に塩に対して警戒するようになる。
 そのようなところへ、ナトリウムはマスコミで言われているほど健康にわるくない、といっても、その時には因果関係を明らかにした事実をもって示さなければ納得されない。しかし、それは大変なことである。なぜなら生き物である人間の生理的な機能、能力は一律に定まっているものではないからである。 ナトリウムと高血圧の問題は、関係のある場合とない場合の事実だけが少しずつ明らかにされてきている段階で、まだなぜそうなるかは分かっていない。

なかなか難しい因果関係の立証

 そのことを不安と思うか思わないかは、人それぞれの立場、考え方で変わってくると思うが、せめてそれらの事実の割合だけでも明らかになればと思う。しかし、これまた大変な調査が必要となり、なかなか明確になってこない。
 こういう中で、これまでのいろいろな調査、研究からどこまで分かってきているのか、それを知ることが物事を判断する上で重要なこととなってくる。そのような観点から、少しずつ何回かに分けてアラカルト風に書いてみたいと思う。

ナトリウムはどこからどれだけ摂っているか

 厚生省は毎年国民栄養調査を行っているなかで、食塩の摂取量についても昭和五十年から調査を始めている。
 減塩の状況は図に示す通りで、平均的には毎年0.18グラムずつ低下している。厚生省では一応の目標値(科学的根拠はない)を定め、それに到達するよう減塩のための食生活改善指導も行っている。

食塩摂取量の年次推移
      
            図 食塩摂取量の年次推移 (全国1人1日当たり)

 ところで、ここでいう食塩というのは必ずしもすべて調味料に使われている食塩ではない。便宜上、食塩として表しているだけで、本来はナトリウムを調査している。
 ナトリウムの量を2.5倍(NaCl/Na=58.4/23.0=2.5)して食塩の量として表している。
 調査の方法は、まず三日間に食べた食物と量を食物摂取状況記入帳に書いて、それから各食品別にどれだけ食べたかを累計する。次に各食品別に栄養成分を調査した表(四訂食品成分表)からナトリウム量を累計し、それに前述の係数をかけて食塩量としている。
 それではナトリウムはどこからどれだけ入っているのか。
 厚生省が「食品添加物におけるナトリウム摂取の低減化について」専門家に検討を依頼した食品添加物の電解質バランスに関する検討会の資料によると、昭和59年度の国民栄養調査では1人1日当たり4.9グラムのナトリウム(食塩としては12.2グラム)を摂っていることになる。
 これを100%として、食品群別にみてナトリウムの摂取量が多いものから順にあげると@調味・嗜好飲料38.9%(このうち25.4%は醤油、11.2%は塩)A豆類15.4%(このうち15.2%は味噌)B魚介類(塩蔵品含む)11.8%Cその他の野菜類8.2%(このうち、たくあん・その他漬物は5.9%)D穀類6.8%(即席めん、うどん、パンを含む)で、以下海草類2.8%…と続いている。
 この中で加工食品が0.5%で非常に少ないのは、食品群の分類の仕方によるものである。
 これからみると、味噌、醤油、塩の三つでナトリウムの摂取量の51.8%と、約半分を占めていることが分かる。
 ところで自然の食物から自然に入ってくるナトリウムもある。例えば、魚介類、肉類、卵類、牛乳といったものは百グラム当たりナトリウムが50〜320ミリグラムぐらい含まれている。しかし、日本の食生活では自然に入ってくるナトリウムの量について報告されているデータはない。厚生省の国民栄養調査のデータから得られるが、そのようには整理されていない。
 アメリカでは、食塩の摂取量は1人1日当たり10〜12グラム(ナトリウムとして4000〜4800ミリグラム)といわれており、そのうちの4分の1が自然の食品から入るもので、もう4分の1が食卓や台所で加えられる塩、そして残りの2分の1が加工食品からくるものであるといわれている。
 イギリスでは、1人1日10グラムの食塩摂取量の中で、肉、卵、牛乳のような基本的な食物から自然に入ってくるものがだいたい3.0グラムあり、加工食品(パン、バター、チーズなど)の中から入ってくるものが3.8グラムで、調味だけに使われる塩は残りの3.2グラムであるといわれている。