そるえんす、1992, N0.14, 2-17

 

対談 「塩と健康」

 

 塩が、私達が生きていく上で欠かすことの出来ないものであることは、紛れもない事実。しかし世の中は「減塩、減塩」の大合唱。となれば「本当のところは一体どうなっているのかな?」という疑問が出るのも当然のこと。
 今年の4月に、当財団主催の「国際塩シンポジウム・京都大会」が開かれましたが、「食塩と健康」の問題を初めて大きく取り上げたのも、世界の関心に応えての事でした。
  「そるえんす」では、京都大会での成功に共に尽力いただいた、生理学の権威の星教授と、この間題の情報に詳しい橋本氏に、「読者に分かりやすく」と特にお願いして語り合っていただきました。

なぜ塩が悪者に?

── 疫学研究が強烈な印象

橋本 私どもが「塩」を消費者に買っていただく中で、「塩」が悪者だという観念でとらえられているような、いろいろな問題が寄せられることがあります。私どもも本当のところを消費者の皆さんに知っていただきたいと、情報を集めたり勉強したりしているわけです。この度はご専門の星先生に、この「塩と健康」の問題についていろいろお教えいただきたいと思います。
 なぜ「塩」が悪者ということになってきたのか、「塩」を減らさなければならないと言われるようになったのか、そのあたりの歴史的な背景みたいなことからまずお話をうかがいたいと思っています。
  それでは少し歴史的な背景を申しあげたいと思います。実は「塩」というのは毎日毎日摂らなければいけない一つの栄養素ですが、それが健康、ことに高血圧と関係があると言われ出したわけです。これが毎日摂らなくてもいいものならそんなに大きな問題にならなかっただろうと思いますけれども、必要だからこそ健康との問題が非常に皆さんの関心を集めたのだろうと思います。
 体がある種の病的な状態の時に食塩を摂り過ぎると良くないし、体の中から食塩をできるだけ出さなければいけない場合(欝血性心不全など)があるということは、古くから医学の方で分かっていたのですが、高血圧と塩が関係があるということが問題になり始めたのは、1954年、昭和29年で、アメリカのダールとラブが、比較的食塩摂取の多いところの住民と高血圧の頻度、それに伴なう脳卒中の発生頻度を調べたデータを最初に出したのに端を発するわけです。その論文の中に、代表的に食塩摂取の多い所として日本の、特に東北部が挙げられていて、他の食塩摂取量の低いところに比較して、食塩摂取量と高血圧の発生頻度との間には、正の相関関係があるというデータが出たわけです。
 ダールはそれまで分からなかった本態性高血圧──これは原因をよく調べてもなかなか本態が分からないので「本態性」高血圧と言われ、多くの学者がその本態を一生懸命究明している病気ですが──について、疫学的なデータから直観的に、これは食塩が関係があるのではないかという考え方を持つようになりました。それから数年経って、本態性高血圧の大きな原因として食塩が考えられるというたいへん有名な論文を書いたわけです。そればかりではなくて、たしかに食塩を余計に与えると血圧が着実に上がってくる動物を分離することに成功しました。
 そういう一連のダールの研究や考え方と並行して、食塩をたくさん摂ると体内の体液が増えて、血液量が増えてくる。そうすると血管はそういう状態の時に収縮をして血圧を上げるようになるという、いわゆるガイトンの考え方というのが1960年代に出てきました。それらが結びついたものですから、食塩が高血圧に関連があるという可能性を支持する人が増えてきたわけです。
 橋本 ダールのあの1本の簡単な線ですけれども、たった5カ所のデータを、まさにばらつきもほとんどなく直線的に引いています。あれが非常に解り易く強烈な印象を与えていると思います。
 私もどうしてこんな風潮が形成されたのかということで、いろいろ資料を集めて私なりに整理してみました。塩の摂取量が高血圧と関係があると最初に発表されたのは1904年のアンバードらのレポートのようですが、この時には「関係がある」という発表があっただけで、それから後50年くらいはずっと何も議論がなかったようですね。
  片や高血圧の治療はたいへん難しいことで、降圧剤はいろいろありますけれども、ドラマチックに血圧をコントロールすることがなかなかできなかったのですが、ケンプナーという人が、極度に食事の内容を制限する、低食塩米食法を発表しました。高血圧の治療に非常に困っていたものですから、これが臨床の方で流布しまして、なるべくパンやバターを食べさせないで、お米とフルーツと極端に食塩を減らした療法をしながら高血圧を治すという有名な方法になってしまったわけです。
 そういうことでお医者さん方も、高血圧と言えば減塩という頭があったわけです。それにダールの食塩説をサポートする人が増えてきて、高血圧の予防には減塩がいいという考えにまで飛躍して行きました。もっとも後になって、必ずしもそう簡単にはいかないということが段々分かってくるわけですが。
 橋本 先ほど出ましたケンブナーの話ですが、私が読んだ情報によりますと、塩が悪者のターゲットにされだした本当のきっかけは、彼のレポートではないかという書き方をしています。その理由は、彼がほとんど塩を摂らないということで、血圧を下げることができると報告したからだということです。
 それからダールとケンプナーとの関係ですが、ケンプナーが先ほどお話のあったライスダイエット食、米と果物を食べて血圧が下がるというデータを1948年に発表しましたが、それをダールが見て、彼はすぐこれは塩が関連しているのではないかと考えたようです。それからネズミにいろいろな量の塩を食べさせて調べた。そうしたら塩で血圧が上がるラットと、ぜんぜん関係のないラットがあった。
 そういうことをやっている時に、彼はニューヨークの自然歴史博物館でヤノマモインディアンのことを知ったようです。つまり塩を摂らないで生活している民族がいるということを知ったわけです。これに非常に興味を持ちまして、ミシガン大学のチームがこの民族の健康調査をした結果や、日本のデータも含めて、あの発表をしたということのようです。
 ダールは1954年に明快な1本の線を発表して塩仮説を立てて、その仮説を証明しようとして先ほど言いましたように、ネズミにいろいろ量を変えたりして塩を食べさせたのですが、ネズミにも塩感受性のネズミと塩抵抗性のネズミとがあるということで、それぞれにSSラットとSRラットと言う呼び名をつけて1962年に発表しています。それ以来、そういったいろいろなモデル動物が発表されだしましたが、1978年になって、人間でもそういう塩に対する感受性の違いがあるということを、川崎先生が発表されたわけです。

 
 ダールが発表した1954年、昭和29年というと私はまだ医学部を出て間もない頃でしたが、日本ではどうだったかというと、とても食塩のことなど気にするような状態ではなくて、いかに腹いっぱい食べるかということの方が重要な時期でしたし、もっともっと差し迫った大きな問題は結核でした。ですから皆さん、そっちのほうに気を取られていて、日本では食塩の方にはあまり関心が向いていませんでした。しかし段々世の中が落ち着いてきて高度成長期に入ってきますと、日本でもやっとそのことに少しずつ関心が持たれ始めてきたわけです。
 一方アメリカでは強烈なキャンペーンが1975年ぐらいから始まっています。それはどういうことかと言いますと、アメリカは日本に比べて循環器疾患がものすごく多い。ことに心臓疾患が多い。血圧の高い人には心臓疾患も多いのですが、たとえば心筋梗塞の死亡率は日本の10倍もあります。しかも激烈な心臓疾患が多い。
 それから日本とちょっと違うのは、たばこにしても酒にしても少しでもリスクがあると思われるものに対しては非常にきつい政策、あるいはキャンペーンをやる国です。ですから今だにドライステートといって酒が飲めない所もありますし、禁煙の風潮は日本よりはるかに強力です。
 食塩もやはりそういうことで、アメリカでは相当騒いでいたので、アメリカで非常に騒がれている以上は、日本でも過度に食塩を摂ることは良くないことだろうということと、アメリカで最初1日に食塩10グラムと言っていましたので、1979年に日本でも厚生省が10グラムというガイドラインを出したわけです。しかしこれはガイドラインですから厳しいチェックとかそういうことはないわけで、なるべくそのようにした方が良いだろうということです。ところがそれをサポートするマスコミや栄養士教育の分野では、「食塩は高血圧に関係がある、減塩が健康にいい」という一つの単純化した考え方が流布するようになってきたわけです。それらが背景と言えば背景であろうかと思います。

 
橋本 アメリカでの減塩風潮に間接的につながっているとも考えられる面白い話があります。
  1948年にフライスという人が、薬で初めて血圧を下げることができることを発表しました。それは抗マラリアのペンタキンという薬ですが、これは劇症の高血圧に効くけれども毒性が強いので、もっと良い薬がないかというところへ、メルク社がクロロサイアザイドという利尿剤を開発して、これで本格的に薬で血圧が下げられるようになったようです。
 このようにしてフライスが、薬で高血圧を治療するきっかけを作ったのですが、あまりうまくマスコミにアピールしなかったために、このクロロサイアザイドの方に名声を取られてしまったような形になった。それでフライスが発奮したのかどうか知りませんけれども、記者会見をして新聞にも出してもらうといった活動がありました。
 それに目をつけたのがメアリー・ラスカーという女性で、この人は非常なお金持ちで政界にもつながりがありました。フライスの論文を見て、血圧が高い人が多いけれども、薬を飲ませて治療すれば血圧が下がり死亡率を下げることができるということで、政府のほうに働きかけたわけです。
 このラスカーという人は、アメリカの癌学会をずいぶん活性化したようで、力がなかった癌学会を活性化して一種の政治圧力団体にまでしました。国立心臓肺血液研究所の設立にも貢献をしており、とにかく政治力が非常にあったようです。
 このラスカーの働きかけで、高血圧を薬で治療をして減らそうという運動が盛んになり、また製薬会社も薬の販路を拡大するために、医者の育成に財政的な援助をしたりして、1970年の初めから1974年ごろに、高血圧の治療運動とか予防運動が非常に盛んになりました。
 この運動に、先ほど話の出た食塩を減らして血圧を下げるという治療法が結びついて、減塩で高血圧を予防しようということになり、アメリカでは1977年に5グラムという食塩摂取量を設定することになったのではないかと思います。日本ではその2年後の1979年に10グラムが設定されています。
 またアメリカでは食品医薬品局FDA)が、19821984年にナトリウムの情報表示のような形で、ナトリウムの摂取量を減らしたほうがいいということを出しています。その中では、ナトリウムが高血圧を引き起こす原因になるものだという証拠が、まだ十分ではないという整理はしていますが、ナトリウムを減らしても健康を害することはないという考え方です。そしてなおかつ減塩することが国民全体にとって有益であるという強い示唆があるので、摂取量を減らしましょうということをいっています。

複雑な高血圧のしくみ

──「減塩」は治療の補助手段として登場

 橋本 減塩の風潮の背景には、いろいろなことが関係し、また強力な推進者がいたようですね。
 ところで高血圧のしくみは、たいへん複雑なものとお聞きしていますが・…‥。
  ダールがこういう問題を提起する前後だろうと思いますが、高血圧を研究していたほとんどの人が関心を持ったのは、腎臓の働きとの関係です。それに関してはゴールドブラットのモデルというのがありますが、これに本態性高血圧の成因を解く一つの大きな問題があるのではないかというので、多くの人がそっちの方に気を取られて研究をずっとやっていたわけです。
 そのほかに本態性高血圧には神経説といって、神経が非常に関係があるという考え方があります。だいたい高血圧の患者は病院に来てちょっと休ませると血圧が下がります。それぐらい神経の要素が非常に強いわけです。また利尿剤がない時は精神安定剤を使っても血圧が下がります。
 もう一つは内分泌説といって、内分泌系に異常があるのではないかという考え方です。実際に副腎にでき物ができたりすると高血圧になることははっきりしています。
 食塩と高血圧の関係については、食塩が直接高血圧に関係するという考え方は、臨床の先生であっても持っていなかったと思います。ただ補助的には、食塩を制限することは重要なことだろうと、一般のお医者さんは考えていたに違いないと思います。
 それはなぜかと言いますと、食塩は体液量や血液量を保つのに非常に重要ですが、食塩を減らすと血液量が減って心臓から出て行く血液畳も少なくなりますから、当然ながら血圧も下がるわけです。これは例えば利尿剤を与えると血圧が下がるのと同じ理屈です。ただ正常の血液量や体液量を保つにはどうしても食塩を摂らなければいけませんから、そこをどういうふうにコントロールしたらいいのかというのは、なかなか難しい問題です。
 先ほどお話したケンブナーの療法は、極端に食塩を減らす療法で、12グラム以下になりますからほとんど無塩食です。食べ物の中にちょっと入っている程度のものが体に入っていくくらいで、普通の人はとても耐えられない。ベッドに寝かせられている状態でないと耐えられないようなものです。またそういうことをしないと血圧が下がってくれないわけです。
 減塩の風潮が一般に広まってきた背景には、お医者さんが相当関与していると思います。なぜかというと、強力な降圧剤とか利尿剤をしょっちゅう使うわけにいかないので、何か補助的な、非薬物的療法をどうしても導入せざるを得ない。その時にまず飛びついたのが減塩なんです。これは日常生活で規制できるものですから、補助的な療法としては非常にいい方法だろうと思ったわけです。ですから高血圧の患者さんが来ますと、降圧剤を与えると同時に減塩を推奨していたのだと思います。それを一般の人は、減塩をすれば血圧が下がるというように直結して考えたわけですが、決してそんなに単純なものではないのです。
 減塩をすると血圧が上がる人もいれば下がる人もいますし、変わらない人もたくさんいます。高血圧の専門家の話をうかがいますと、たとえば1日に9グラムぐらい食塩を採っていた人が6グラムぐらいに減らしても、臨床的にはほとんど血圧は下がらないというのが一般的な考え方です。ですからこの間題は非常に難しいと思います。
 しかし、いま橋本さんが言われたような背景がいろいろあったり、同時にどうしても補助的な何かが必要だという意識がお医者さんの中に非常に強いものですから、そういうものと一緒になって、食塩がいかにも血圧を上げる原因そのもののような印象すら与えているわけです。
 橋本 薬物の副作用みたいなことがあって、減塩すれば薬物投与量を減らせるとか、投与しなくてもすむようになるということから、補助的な意味での減塩が、どこでも勧められるようになったのでしょうね。

世界規模で優れた調査

── インターソルト研究の結論は?

  ピッカリングという有名なイギリスの高血圧の大家がいます。その人の書かれた『ハイブラッドプレッシャー(高血圧)』という本で私も若い頃は高血圧を勉強したのですが、この人は最初から、高血圧というのは複雑な因子が絡まって起こるものだということを言っています。
 生活文化が違うと、日常の生活にかかわるいろいろな因子が非常に違ってくる。例えば未開発地域に住んでいる、アルコールも飲まないし多様な輸入食品なんかも食べない。日が沈めば寝てしまうといったように、ほとんど草食動物的な生活をしている人達がいる。当然、私達現代の世の中に住んでいる人とはかけ離れた生活をしているわけで、そういうふうに生活様式が非常に違う人の血圧を比較しても高血圧の解明には役に立たないということを、ピッカリングはしょっちゅう言っているわけです。
 数年前にインターソルト研究といって、世界的な規模で食塩などの摂取量と血圧などの健康状態との関係が共同研究されました。ピッカリングはその火つけ役をなさった方ですが、そういうわけですからこのインターソルト研究では、単純に血圧だけを見るのではなしに、できるだけ多様な範囲の、たとえば体格指数とかアルコールの問題も全部ひっくるめて調べようという調査になったわけです。
 橋本 世界の32カ国52カ所、1万人を対象にした疫学的調査のインターソルト研究にも、いろいろ経緯があったようですね。
  食塩と高血圧の問題の発端になったダールの疫学的調査、それからしばらく遅れてからグライバーマンという人の疫学調査がありますけれども、これらはみんな調査対象の人達の間の生活文化がかなり違っています。生活文化の同じ人、例えばアメリカ人ならアメリカ人だけの中で調べたデータでは、まったく違った結果が出るのです。そこでもっと食塩摂取量だけに注目して、ほかの条件がなるべく同じような人で比較しなければいけないという、より洗練された疫学的調査もたくさんその後行われてきています。
 そういう疫学的調査のほかに臨床で介入試験というのをいろいろやっています。食塩摂取量だけを変えてみて、どう反応するかということです。さらに食塩摂取量だけ違う人を選んで、その追跡調査を20年にわたってやるといった調査もやっています。そうしてきますと食塩摂取量の考え方に面白いものがいっぱい出てきて、単純ではないということがだんだん分かってきたわけです。
 橋本 疫学調査でいろいろなデータがあるけれども、文化の違いのほかに、食塩摂取量や血圧の測り方そのものにも問題があったようですね。測定条件がバラバラで全く合っていない。したがって同じ項目でも文献値を比較できないといったような・…‥。
 そこでインターソルト研究の関係者が、ある研修の中で、疫学調査をいかに精密にやるかということを、2つのグループに分けて別々に考えさせてみた。それで出来上がったものを見たら、この2つが大体似通っていたので、それをまとめてこうやったらほぼ完全だという方法が提案されたわけです。
 そこで、そういう方法が出たのなら、その方法を使った疫学調査を実際にやってみたらどうかということを、アメリカの減塩論者の急先鋒として知られているスタムラー・ローズなんかが言い出したわけです。
  私はインターソルト研究というのは近来にない、非常に優れた研究だと思います。まず方法論を検討して、実際に調べる人を1カ所に集めてトレーニングをやって……。
 橋本 測り方なんかもですね。
   そしてサンプルは──ベルギーだったと思いますが──1カ所に集めて、そこで全部同じ方法で測っています。しかもあれにはブリティッシュ・エアラインが相当協力して、24時間の尿を採れるような工夫をしたとか、いろいろなエピソードがあるようです。
 そして出てきた生のデータを全部「ジャーナル・オブ・ヒューマン・ハイパーテンション」という高血圧の専門誌に発表していて、そのデータを使って、私達が自分のアイデアでいろいろ調査できるようにしてくれているわけです。私も今いろいろ調査をやっていますが、面白いことがいっぱい出てきます。
 この調査の結論を言いますと、普通の生活文化の中で生きている人達の多くは、比較的狭い範囲の食塩を摂取している。大体1912グラムの間で、それはわれわれから見れば、近代文化の中で生活している人間の生理的な摂取量だと思います。
 これはある一定のグラム数でなければならないということは絶対ないのであって、そこには幅がなければならないわけです。そして912グラムというのは、生理学的に見ると驚くべき狭い範囲だと思います。世界の32カ国で1万人の人について調べた結果が、大体どこの国でも同じくらいの食塩を摂っているということは、生理学的に極めて重要なことだと思います。だから私達が知らず知らずのうちに食べている食塩の量は、生理的に正しい量だと思います。この量を中心に考えていれば、生理学的に数倍の範囲の間は、体が知らず知らずのうちに調節してくれていますので、何も心配はいらないと考えるべきだと思います。
 余談になりますけれども、インターソルト研究のデータからカリウムの排泄とか、カルシウムやマグネシウムについて調べてみると、実に面白い情報がいっぱい出てきます。これはいずれ調べがもっと進みましたら、ご紹介したいと思っています。
 いずれにしてもあの調査で分かってきたことは、食塩の摂取量と血圧との間にはわずかな相関しかない。ことに未開拓の文明の所に住んでいる人達のデータ、これは4カ所だけですが、それを先ほど言いましたように生活文化がかけ離れているということで除外しますと、全く相関がない。拡張期(いわゆる低い方)の血圧に至っては逆相関である。そういうことが分かってきたほかに、むしろ肥満とかアルコール摂取量の方が……。アルコール摂取量はある意味では社会の機構とか生活文化に非常に関係がありますので、むしろそういうことの方が重要だということがだんだん分かってきたわけです。
 橋本 インターソルト研究のデータは、私も少し調べてみました。先ほどお話のあった4カ国、これは塩をほとんど摂らない国ですが、これを除いた48カ所のデータでは、最大と最小でも614グラムの間に入っています。いちばん少ない6グラムはアメリカの黒人です。塩の摂取量と高血圧の発症率のデータがありますけれども、この摂取量の少ないアメリカの黒人の高血圧の発症率は27%で、摂取量がいちばん多いのは中国のある所で14グラムですが、発症率が15%です。614グラムの間に高血圧の発症率にどのくらいのばらつきがあるかというと、633%です。その中に日本は大阪、栃木、富山の3カ所が入っています。塩の摂取量は大阪で97グラムで、日本は9712グラムの間に入っていて、高血圧の発症率は10%と割合に低いところにあります。
 一方先ほど除いた4カ国の中で、極端なのはヤノマモインディアンの所で、摂取量はほとんどゼロに近く、高血圧もない。ケニアは3グラムぐらいですが、ケニアの発症率は5%ぐらいです。
  あの調査の解析についての意見は、人によっていろいろ違います。4カ所の食塩摂取の非常に少ない、しかも高血圧の発症率の低い所の人のデータを非常に重視する人と、高血圧の発症のメカニズムから考えて、ああいう所の人たちは例外的である。むしろそういうのは除外して考えるべきだという考え方と、いろいろ立場があります。
 一般的な疫学とか公衆衛生に携わっておられる方たちは、それを含めて全体的に考えなければいけないと言っています。そうすると私の記憶では1日の摂取量を6グラムぐらい減らすと、収縮血圧(いわゆる高い方の数値)が22ミリメーターぐらい下がる。これは血圧測定をやった人ならすぐ分かりますけれども、私達の血圧は1日の中でもものすごく変動していますので、これは誤差範囲ということになります。それでもこれは多くの人の平均値だから重要な意味を持つという考え方と、そういうのはあまり意味がないという考え方の両方あります。
 4月のシンポジウムで招待講演をしたスウェルズに代表されるような高血圧の臨床家の人達は、スウェルズはどちらかというとピッカリングに近いのですが、実際に患者に食塩の量を変えてみてもほとんど変化しないので、ああいうのはあまり意味がないという考え方です。私ども生理学の立場から見ると、あれだけ多くの人がわれわれがとやかく言わなくても、1日ちゃんとあれぐらいの代謝をしているということは、やはり生理的に必要な量が代謝されているのであろうということになり、立場によってみんな解釈が違います。

血圧とストレス・体質

──「健康」とは何か?

  こういう考え方を持っている人がいます。原始時代の人達には食塩が商品として供給されることはありませんでしたから、普通には非常に欠乏していたに違いない。そういう時代の人は血圧も低くて、脳卒中も少なかったのではなかろうかというわけです。
 しかしそういう時代の人の健康状態を、われわれは知らないわけです。寿命も幾つまで生きたのか分からない。そういう古い時代には、食塩も充分には供給されなかったかも知れないが、そのために非常に健康だったという証拠は一つもない。またヤノマモインディアンとかパプアニューギニアやケニアの人たちの健康状態、健康というのはいったい何かというと、ただ血圧が低いのが健康だとは思わないわけです。
 私などは、元気発らつとしていい仕事もでき、いい社会生活が送ることができるのが健康だと思っていますので、そういう観点からすると果たしてパプアニューギニアのような生活をするのがいいのか、そうでないのか、これはその人の考え方次第で何とも言えませんので、それはそれぞれの人の解釈に任せるより仕方がないと思います。
 橋本 確かに血圧などのデータで年齢と共に血圧が上がる加齢の問題でも、ヤノマモインディアンは加齢による血圧上昇はないという話ですが、高齢者のデータがなくて、60歳ぐらいで終わっているんです。日本なんかでは80歳ぐらいまであるんですが。(笑)
  その問題に関連して、この間の京都の塩シンポジウムの招待講演で、面白い研究例が紹介されました。
 それはイタリアの修道院で、一方が修道院の女性、他方は一般社会に出て働いている女性を集めて、同じ条件の20代から血圧を測っています。同じイタリアの人で、食塩摂取量はほとんど同じ筈ですが、何年聞かにわたって血圧をずっと調べていきますと、修道院にいる人は年齢的な上昇はないのですが、社会に出て働いている人たちは年齢とともに少しずつ上がってきています。
 この場合に年齢によって血圧が上がるという現象は、食塩摂取量との関係だけでは説明できません。それは同じ民族で同じ食生活を送っている人ですから、やはり修道院の生活と社会生活との差であると判定せざるを得ないわけです。だからもし年齢的に血圧が上がるのはいやだという人は、修道院かお寺に行くべきだということになるわけでしょう。(笑)したがって、「食塩は普通に摂って差し支えないということになる」というのがこのイタリアでの調査の結論で、たいへん面白いと思います。
 私もずっと血圧を測っていますが、朝起きてすぐの時間帯では、若い人と同じくらいの120ぐらいです。それが日中お客さんが来たりいろいろな仕事をして忙しく働いて、夕方くらいかあるいは私は8時ごろに大学を出るのですが、その頃になると160くらいにまで上がります。だから私の血圧はどのくらいですかと言われると、どれを取っていいか分からないので困るわけです。ところが家へ帰ってきてほっと寛いで夕食を摂りますと、ストーンとまた120ぐらいにまで下がるわけです。そして寝ている間はずっと低値を保っているようです。
 もちろん血圧がいつも高いままで、それなりに安定しているという人もいないわけではないけれども、そういう人であっても病院に入れて静かにして、社会からの刺激を絶つと、血圧はほとんどの人が下がるんです。ですから血圧というのは社会生活、あるいは神経の緊張を度外視しては論じられないわけです。
 橋本 ストレスの多い社会だと必然的に血圧は上がるということになりますね。極端な場合、お医者さんに診察をして貰うのに、白衣を着た人を見ると血圧が上がるという、ホワイトコート・ハイパーテンションという言葉まであるくらいです。たしかに気にしているとし、血圧を測ってもらう時にドキドキすることが、血圧が上がることにつながっているんでしょうね。
  そういうふうにいろいろな条件の影響も受けますけれども、また遺伝的に血圧が上がりやすい人とそうでない人があることも事実です。
 年をとっても血圧が上がらない人もいますし、年とともに上がっていって、60歳ぐらいで160ぐらいになっている人もいます。これも先ほどのピッカリングの本に出ていますが、大体普通の場合年齢に90を足したぐらいの血圧になっていくそうです。これについてはピッカリングがロンドンに住んでいる人2000人を、保険会社と協力して測ったデータが代表的なものですが、大体それぐらいの率で年齢と共に上がっていくわけです。ただその上がり方は人によっていろいろ差があるわけです。
 遺伝的に血圧が上がりやすい人は、食塩に感受性があるのではないか。先ほどのダールの話でも食塩感受性のネズミと、いくら食塩を食べても血圧が全然上がらないネズミとがいる。もともとネズミとか、犬もそうですが、いくら食塩を食べさせても血圧が上がらないのが普通です。特に犬は食塩排泄能力が強い動物で、食塩を食べさせてもたちまち排泄してしまう。人間は時間がかかって、全部出すには24時間とか36時間ぐらいかかりますけれども、犬はものすごく速い。犬が精神的に緊張した生活をしているかどうか分かりませんが、(笑)犬はあまり高血圧にはならないんです。

大切な食塩感受性研究

──「逆反応」にもメスを

  それはともかくとして、例えば年齢的に血圧の上昇が激しかった人の子孫について介入試験をいろいろやってみると、やっぱり血圧が上がる人が多いというデータもいくつか出てきています。だから人間にも遺伝的に、食塩感受性の人がひょっとしたら居るかもしれないという考え方がありますが、その食塩感受性をどうやって決めるかということが、現在ではいちばん大きな問題になっています。
 食塩感受性の人をどうやって見分けるか。もしそれが見分けられれば、その人達だけが食塩を注意したらいいだろうという論法になって、あとの人達は食塩のことはぜんぜん気にしないで、塩辛でも何でもたっぷり召し上がりなさいと言えますけれども、まだそこまで言えない状況にあるわけです。
 そういうことに関連してワインバーガーという人とか、あるいはアメリカの人たちもたくさん調べていますけれども、アメリカの黒人には食塩感受性の人が多いらしいということが分かってきました。それはいったいどうしてだろうという解釈がいくつかの論文に出されていますけれども、それはこういうことです。
 アメリカにいる黒人は中世期に奴隷で連れてこられた子孫が多いわけです。奴隷というのは生活状況が悪くて死亡率はものすごく高かったと思われますけれども、恐らく下痢だとか脱水で死んだ人が多かったと思われるわけです。ですから食塩を摂ったらそれを体から出さないような特別な体質を持っている人だけが、生き残ったのではないか。犬はパーツと出してしまうけれども、いつまでも出さない人が食塩を食べるとそれだけ体内に溜りますから、そういう体質の人が現在のアメリカの黒人には多いのではないだろうかという解釈がなされています。実際にそうだとすれば、非常に不幸な過去の歴史を引きずっていると言わざるを得ないと思います。
 橋本 その食塩感受性のことは、現在一生懸命に研究されていることと思いますけれども、まだ定義そのものがまちまちで、研究者によって違うということが一つ問題なのではないでしょうか。

  ダールは食塩感受性のネズミとそうでないネズミを分離したのですが、どこが違うかということは、その後いろいろな人が調べています。いちばんの違いは、腎臓に濾過器があるわけですけれども、それが食塩感受性のラットですと小さくて、十分に濾過して尿を作ってくれない。だから食塩の排泄能が悪い。そしてそれは腎臓の構造ですから、遺伝的に決まってしまうというわけです。
 もう一つは、われわれは毎日毎日食塩を摂っているけれども、普通の血圧を維持してくれています。だけど食塩をちょっとでも余計に摂ると血圧が上がる人がいるとすれば、それはいったいどういうメカニズムで上がるのかということになるわけです。これにはまだ決定的な説明がなされていなくて、いろいろな仮説があるだけです。
 これからはちょっと専門的な話になりますけれども、その第1の仮説は、食塩を摂ったらその分だけ尿で出してくれれば、いくら摂っても心配ないわけですけれども、排泄能の悪い人がいる。あるいは排泄能に対して影響する因子がたくさんありますが、たとえば交感神経ストレスといったものの反応が特別に強い人がいたとすると、摂った食塩を十分出してくれないから、どうしても体に食塩が残ってしまう。そうすると体液が増えるわけですけれども、そうすると体は何とかしてそれを体の外に出そうとして、腎臓で尿を作るときに一旦血液を濾過して、それを99%は再吸収しているわけですけれども、その再吸収を抑制しようとする機構が生まれてくるだろう。それはつまりナトリウムが体の細胞の中を通って移動するのを抑制する物質が、体の中に出てくるのだろうということです。
 ナトリウムの移動を抑制する代表的な物質でたいへん有名なのは、心不全のときによく使うジギタリスという薬です。そのジギタリスと似たような作用を持った物質が、体の中のどこからか出てくるというので、ジギタリス様物質と最初は言ったわけです。
 そういうものが出てくると、今度は腎臓以外の、体のほかの細胞でもナトリウムの移動が抑制される。血管平滑筋にそういう物質が作用すると、細胞に入ってきたナトリウムが出ていかなくなりますから、細胞の中にナトリウムが多くなるわけです。そうすると別のメカニズムが働いて、細胞の中にカルシウムが増えてくる。カルシウムが増えると平滑筋は収縮しますから、血管が全部収縮して血管の抵抗が高くなる。血圧というのはちょうど電圧と同じで、電流が流れるところの抵抗が血管に相当する。血管の抵抗が高くなると血圧が上がっていく というわけです。
 そういう一つの仮説があるわけですが、残念ながらその物質は、多くの人が追究していますけれども、実はまだ同定されていないわけです。
 もう一つの考え方は、やはり腎臓での再吸収に関連しているのですが、ナトリウムと一緒にカルシウムも一旦血液からi慮過されて、再吸収されているわけです。その再吸収のところで、ナトリウムを余計に摂ると、ナトリウムが余計に運ばれなければならないから、相対的にカルシウムが運ばれなくなる、つまり再吸収されにく くなる。そのためにカルシウムがどんどん尿の中に出てきて、血液のカルシウム濃度が減ってくるだろう。そうすると体の中では、なんとかして体液のカルシウムのレベルを一定に保とうという何かの機構が働くわけです。そうすると細胞のなかのカルシウムの濃度が上がって、先ほどお話したようにして血圧が上がる。そういう仮説が一つあるわけです。
 この機構では上皮小体ホルモンとかいろいろなものが腎臓に働いて腎臓から活性ビタミンDなどが出てきます。そしてこの上皮小体ホルモンとかビタミンDなどが細胞に働いて、細胞の中のカルシウムの濃度が上がるわけですが、この場合も上皮小体ホルモンとかビタミンDそのものを動物に与えても、細胞の中のカルシウムは上がらないし血圧は上がってこない。だからそのものではないということで、まだよく分かっておりません。
 そしてそのほかにも、まだわれわれの知らない何かがあるらしいという現象があります。それはどういうことかというと、私達の血液から細胞を採る。特に調べやすいのは血小板という細胞ですが、正常の人の血小板を採ってきて、正常の人の血液の、血球を除いた血渠に入れて培養すると、血小板のカルシウムの濃度は上がってこない。ところが高血圧の人の血祭を採ってきて、正常な人の血小板を入れて培養すると、血小板のカルシウム濃度が上がってきます。血小板のなかのカルシウム濃度が上がるということは、平滑筋の細胞の中でも一緒に上がっているに違いないし、肝臓の細胞でも、腎臓の細胞でも上がっているに違いないということになるわけです。ですからまだよく分かっていないけれども、何かそういう因子があるらしい。
 ところがそういう研究をやってみると、血小板のカルシウム濃度を上げるものは、高血圧ばかりではないんです。たとえばおいしいものを食べて楽をしているような人、糖尿病になっているような人の血液の中にも、そういうものがあるらしいということになってきています。文化的な生活をするというのは、やっぱりおいしい物を食べて楽をしているわけです。単にも乗っているし、ケニアみたいに裸足で動物を追いかけて駆けめぐるなんていうことはやっていない。
 野性動物には糖尿病はありませんが、野性動物を実験室へ連れてきて、われわれの作った食事を与えて楽をさせると、やっぱり糖尿病になって死んだりするのが出てきます。そういうことを考えると、だんだん話がみんなつながってくるようになります。肥満がいけないとか、アルコールとか……。アルコールといってもアルコールそのものが毒というわけではないと思います。アルコールにまつわる生活様式とか、ストレスが余計にあるとついアルコールも余計飲むようになるだろうし、そういった多くの要因がみんな絡んでいる問題です。
 だから高血圧と食塩の問題は、これからは多くの要因との絡みで解釈していかなければいけない問題の一つではなかろうかというところへ、現在来ているのではないかと私は思います。

 橋本 今のお話では、例えば高血圧患者と正常者とで、血漿の組成に違いがあるということなのでしょうか。
  トータルの濃度も大方の成分も、ほとんど差は有りません。したがって微量の何かが違うと解釈せざるを得ないですね。例えば人工血漿みたいなものをわれわれは作ることができますが、私の感じでは、人工血渠でやってもおそらくカルシウム濃度は上がってこないと思います。やっぱり高血圧患者の血漿の中の「何か」を採ってこないと、上がってこないだろうと思います。
 橋本 それが食塩感受性のマーカーを見つけだそうという研究につながるわけですね。
  食塩感受性のマーカーはいったい何だということになるわけですけれども、一つは血漿の中のカルシウムの濃度が、常時普通の人より低い人は、食塩感受性があるのでないか。つまり食塩を摂るとカルシウムを排泄しやすい人ではないだろうかということです。
 第2点は、昔はこう考えたわけです。ゴールドブラットの研究以来、腎臓の血流を悪くすると血圧が上がり、やがて血圧が高値に固定されますが、その初期に、レニンという血圧を高めたり、腎臓でのナトリウムの排泄を抑制する機構に関係がある物質が、腎臓からよけいに出る。高血圧に維持されてしまうとそれに血管が慣れて、レニンがだんだん下がっていくけれども、少なくとも高血圧を最初に起こすメカニズムには、レニンが関係しているであろうと考えていた時期があります。
 ところがヒトの本態性高血圧でいろいろ調べてみますと、高血圧に2つのタイプがあることが分かりました。レニンが高い人と低い人がいます。そして黒人に食塩感受性の人が多いと先ほど言いましたが、黒人の高血圧の人はレニンの低い人が多い。そしてこのレニンが低いということは、カルシウムと関係があるらしい。細胞のなかのカルシウムが上がっているのか下がっているのか。私はたぶん上がっているのではないかと思いますが、このように食塩感受性の人は、まず血中のカルシウムとかレニンがどうなっているかということを考えなければならないと思います。
 それともう一つ、できるならば血小板の中のカルシウム濃度を測る。これにはマグネシウムとも関係が出てきます。細胞の中のマグネシウムの濃度が下がるとカルシウムの濃度が上がっていきますし、ナトリウムの濃度も上がっていきやすくなる。いわゆる細胞のなかの環境が非健康的な状態になっていく。それが高血圧と関係があるのではないかということになります。
 橋本 いま食塩感受性の人は、大体どれくらいの割合で居るんでしょうか。これはあまり統計に出ていないんですね。
  食塩感受性を決めた論文は、現在までにすでに20以上は出ていますが、その中にどういう方法で調査して、どういうふうに考察をして、何パーセントだったという論文があります。
 従来の判定基準はこうなんです。少なくとも1週間ぐらい高いかあるいは低い食塩摂取量にしておいて、ある時点で急に逆の低いほうか高いほうの食塩摂取量に切り換えるわけです。例えば先ず150ミリモル(3グラム)ぐらいにして、安定するまで1週間ぐらい、毎日毎日血圧を測る。そして安定したら1250ミリモル(15グラム)に切り換える。
 そうやって調べますと、もともと血圧が正常だという人、140かそこらぐらいまでは正常とみなすのだろうと思いますが、そういう人でやってみると、食塩の摂取量を上げても下げても反応は正規分布を取ります。つまり「変わらない」という人が多くて、血圧が上がる人と下がる人が半々ぐらいに分かれます。それがもともと高血圧の人、ことに先ほどお話したレニンの低い人を集めてみると、食塩摂取量を上げた時に血圧が上がる人の方が少し多くなる傾向が見られます。
 食塩感受性に関する判定基準としては、例えば食塩摂取量を上げたときに、血圧値が10%以上上がった人、あるいは10ミリメーター以上上がった人、極端な場合は3ミリメーター以上上がった人をレスボンダー(反応者)としている研究者もいますし、これはいろいろです。いろいろな報告を総合してみると、食塩感受性の人の割合は、正常の人ですと1530%でしょうか。高血圧の人ですと2550%という判定が出てくるわけです。
 しかしこれに関しては非常に批判もあります。どういう批判かと申しますと、まず第1番目に正規分布を取っていますから、どっちに行くかわからない偶然の分布である。最初に血圧の上がった人が、次にもう一度同じ条件でやると、今度は変化がないかもしれないし、逆に血圧が下がるかもしれない。そういう再現性の問題があるというわけです。
 もう一つは、正規分布になるということは、例えば減塩をした時に、血圧が下がる人がいる半面、血圧が上がる人が半分いるわけです。こういう人をリバースレスポンダー(逆反応者)と言いますが、これをどう考えるべきかという問題が残されているというわけです。
 これまで食塩感受性を一生懸命研究してきた人は、この道反応者を無視していて、その機構も考えようとしなかった。それは人間の体の機構を考える上ではまずいわけで、やはりきちんと整理されなければならないと思います。ことにこの逆反応者の問題は、減塩のリスクの問題と関係があって、非常に大きな問題であるにもかかわらず、それが今までほとんど扱われていないというところに問題があるわけです。
 橋本 食塩感受性であることが簡単に見分けられれば、その人達だけが塩について気をつければいいのかなと理解していたのですが、今おっしゃったように再現性が問題だということですと、食塩感受性の人がなかなか見分けにくいということになり、これはどういうふうに考えていけばいいのかなと思って、ちょっと混乱してきました。
  私の感じでは、遺伝的に食塩感受性の人は、黒人などに見られるように、やはり現実に居るのだろうと思います。そしてそれは、腎臓の排泄能の悪い人だと思います。ですからそういう人たちはこういう分布からはちょっとずれてくるだろうと思います。
 また食塩感受性の人は、高血圧の人には何パーセントかはいるだろうと思いますが、正常の人に本当の意味の食塩感受性の人がいるかどうかは疑問だと思います。高血圧学会の発表で言われていることは、正常の人にも10数%から30%の範囲で居るのではないかということですが、それはまだまだはっきりとは言い切れないと思います。
 そういうことよりも減塩の問題点としては、リバースレスポンダーが居ると言う問題があると思います。また減塩をすると血中にレニンなどが増えてきまして、腎臓はナトリウムを排泄しない体制に変わって、できるだけ体の中に保とうとするわけです。そんな時に偶然に食塩をドンと摂ったら一体どうなるのだろうという問題もあります。
 それから減塩をすることによっていちばん大きな問題は、私どもは多様な食品を摂り、多様な栄養を摂らないと体がもたないわけですけれども、たとえば微量元素にしても微量の栄養素にしてもビタミンにしても、減塩に伴う食欲減退によってそれらを摂る機会が減ってくると、それが今度は逆に作用して体の細胞が不健康の状態になりはしないかという問題があります。
 これは将来に向けての話になるかと思いますけれども、今言いましたリバースレスボンダーのこととか、減塩をした場合の体の防衛反応と申しましょうか、そういうことから、一概に減塩がいいということはとても言えないと思います。やはり150200ミリモル(912グラム)ぐらいを摂っているというのが正常であって、増やしてもいろいろなことが起こってきましょうし、減らしてもいろいろなことが起こってきましょうから、両方の体に対する影響をもう少し明らかにしていかなければいけないと思います。
 減塩した場合にどういう防衛反応が起こるのか。これを近ごろ非常に心配している人に、循環生理学者でたいへん有名なフォルコウという人がいますが、この人がその間題を折りがあるごとに主張しています。しかしなかなかそっちの方はだれもやってくれないので私も非常に心配していますが、ソルト・サイエンス研究財団などは、そういうところの研究を大いに活性化していただきたいと思います。
 橋本 今お話のあったリバースレスボンダーとか、減塩によって身体の中の仕組みが変わるといつた、いわゆる減塩のリスクについて、最近今のお話以外にも具体的に分かってきていることがあるのでしょうか。
  報告は沢山出てきていますが、これからしっかり確認をしなければならないことが多いと思います。もっとはっきりすれば、社会的に警告しなければならないことが出て来るかも知れません。
 先ほどもっと研究が必要だと申しましたが、そういった意味もあるのです。
 たとえば7月の財団の研究発表会の時にも、妊娠中毒症は減塩をすると大体悪くなるけれども、それはなぜだろうということで専売病院の本田先生とも議論をしましたが、この問題ももう少し取り上げなければならないと思います。だけど今の妊婦は一般的に減塩、減塩で教育されてきていますから、どうしても減塩しようとするわけです。しかしそのような単純な考えは危険なことです。
 老人の健康状態について、ごく最近平山さんという方が、非常に面白い統計を出されました。近ごろ若い娘さん達が減塩、減塩といってお年寄りにあまり味噌汁を飲ませない。毎日味噌汁を飲んでいる人と飲まない人の死亡率を見ると、飲まない人の方が倍ぐらい高いわけです。それはどういうことを意味するかというと、味噌汁をきちっと飲んでいる人は食塩もきちっと摂っているでしょうが、そのほかの栄養素も摂っているわけです。そういう問題がありますので、食塩摂取の問題は栄養の問題との絡みの面からも、見直していかなければいけないのではないかと思います。

厳しい米、気にしない欧

── 正しい理解と前向きの生活が正解?

 橋本 なかなか結論は出しにくいかと思いますけれども、通常の今のような食生活のなかで塩の問題を、特に高血圧との関係では皆さん関心を持っていますが、どう考えて生活をしていけば良いとお考えでしょうか。
  フランスのネッカー病院のドゥルッケさんなんかといろいろ話してみたり、あるいは先ほど話の出たスウェルズさんなんかといろいろ話してみると、ヨーロッパの人は一般的にあまり食塩のことを気にしていません。アメリカはたばこにしろアルコールにしろ食塩にしろ、非常にきつい考え方を持っています。黒人に循環機能の激烈な障害を持った人がいっぱい居ますし、しかもその人達の食塩摂取量が多いということになりますと、アメリカの社会では公衆衛生的に見ても、食塩の問題もますますきつく見ざるを得ないという傾向がありますが、ヨーロッパのほうは非常にのん気です。
 もともと肉やミルクをたくさん食べたり飲んでいる人たちは、補完的な食品はいらない。ところが農耕民族はそうはいかない。農耕民族は、お米にしても野菜にしても植物性蛋白の大豆にしても食塩はほとんど入っていませんから、どうしても食塩を補完的に使わざるを得ない。それが多いとか少ないとか言って、農耕民族ほどこういう問題に過敏になるわけです。
 橋本 アメリカでは非常に問題になって、ヨーロッパではなぜ問題にならないのでしょうか。
  ヨーロッパでは、彼らは世界一良いものを食べて、世界一良い文化を形成しているという自負を持っているからでしょう。食塩に対する考え方もヨーロッパの人たちは、アメリカとは非常に違うように思います。
 橋本 ヨーロッパには、日本やアメリカのような食塩摂取量のガイドラインのようなものは有りませんね。78グラムぐらいにしたいという意見は有るようですが‥…・。
  ヨーロッパには、ガイドラインはないと思います。有るのはアメリカと日本だけだと思います。
 日本は非常に揺れ動くんです。例えば食生活にしても、西洋人は鼻が高くて皮膚が白い。あれはパンを食べてミルクを飲んでいるからだと。(笑)とんでもない話ですけれども、ああ、パンとミルクは良いんだという憧れを持ってしまう。それと同じで、自分が食べている食塩は多すぎるのではなかろうかと思い悩むわけです。
 たしかにダールが秋田県などを調べた頃は、私も東北の事情はよく知っていますが、雪に埋もれたあの農村地帯では土を掘って野菜を埋めたり、秋になると塩で野菜を漬けて、それで一冬過ごさなければならない。お米を食べられることは有難いことで──米産地帯ですからお米はあったのでしょうが──たいへん粗末な食生活が続いていた。
 そういう生活をしていると、いちばん問題なのはアミノ酸の不足です。アミノ酸が不足すると、われわれの血管や体のいろいろな構造を保護してくれる細胞外マトリックスというものがありますが、そういうものが健全でなくなってくる。つまり血管が弱くなって、破れやすくなったりするわけです。血圧は運動をしても上がりますし、便所にいって気張ったりすると上がりますから、そんな時に弱くなった血管が簡単に破れてしまうといった状態だったのでしょう。
 ところが今は農村地帯に行っても、スーパーに行けば刺身など新鮮で多様な食品が、どこにでも置かれています。私は、今の日本人は世界一立派な食生活をしていると思います。だから今言ったような、栄養が原因で血管が弱くなって起こる脳出血などは減ってきている。また脳梗塞は、これは血管の老化で起こる病気ですから、老化した人口が増えれば当然多くなるわけですが、アメリカもドイツも日本もほとんど差がありません。
 日本の食生活が立派だからと言って、欧米の食文化が悪いとは言いません。しかしいろいろな病気を予防をするためにということで、欧米でも日本食に近づけようという指導をやっているようです。
 橋本 塩の問題をいろいろ読んでみますと、減塩だ、減塩だと言ってまずいものを辛抱して食べながら、不幸な生活を送ることはないのではないかと思うんです。(笑)塩なんてものはたくさん食ベようと思ってもそんなに食べられるものではないし、体が要求している以上には食べられませんから……。
  これは国民の健康に関する問題でもありますし、また皆さんの非常に関心の高いところですから、「食塩と健康」の問題とか「食塩と高血圧」の問題は、学問的にもきちっとしていく必要があると思います。同時に減塩の弊害も、きちっとしていくべきだと思います。それから食塩感受性のマーカーも大いに研究して明確にしていかなければいけない。ことに農耕民族には食塩はなくてはならないものですから。
 それからもう一つなくてはならないものは、いわゆるアジノモトなんです。(笑)グルタミン酸は肉には多いけれども、植物性の食品には少ないんです。よくチャイニーズレストラン・ディジーズ(中華料理店病)なんて言われるけれども、アジノモトを食べてもべつに頭力言悪くなるわけではない。あれも騒がれ過ぎの一つの典型だと思いますけれども、要するにおいしく食べればいいんです。
 それから重要なことは、やはりしこしこ運動をすることです。そしてかつかつの食事を摂る。野性動物のごとく野山を駆けめぐってとは言いませんけれどもしこしこ駆けめぐり、あまりたっぷり食べるということではなしに、必要な物、欲しい物を食べるという生活をしていることが大切だと思います。
 アメリカのボルチモアに老人医学研究所がありますが、そこのサクターというたいへん熱心な研究者が調べたレポートがあります。それには血圧が年とともに上がっていく人も、運動をするようになるとずっと安定してくるというデータが出ています。これはかなり多くの人が認めていることですし、今後の研究でもこの方向に力が注がれるのではなかろうかと思っています。
 大切なことは体を動かし、海のものも山のものも家畜のものも野のものも多様なものを食べることです。味噌汁を食べている人が長生きをするという理由は、我田引水になりますが、(笑)味噌くらい多様なものを受け入れるスープの素はないんNo141992です。つまり貝を入れてもいいし魚を入れてもいいし、肉を入れて豚汁にしても成り立つし、タケノコを入れてもいいし何を入れてもかまわない。味噌自体に蛋白がありますから蛋白栄養としては充分です。しかしリジンなどは足りない。そういうものをちょっとほかで補ってやれば立派なものです。
 もちろんそればかり食べていれば良いというわけではありません。たくさん食べる必要はありませんが、品を替えておいしいものをいろいろ食べる。それには味付けも重要です。
 私の存じ上げている方で、奥さんを早く亡くされまして、娘さんの所に居られるんですが、味噌汁がまずくてねと言われる。どうにも味がなくて、もうおれは生きている心地がしないというわけです。今の娘さんは育った時からずっとそういうことで教育されてきて、お父さんの健康のためを思って薄味にしている。刺身にも醤油をできるだけ使わせないし、アジノモトも使わせてくれない。そういうことだとお年寄りは早く死んでしまう、生きていけないと思います。
 お年寄りは、食わされ族になってしまって、じっとして旨いものを食べていては良くないと思いますが、その方なんかはまだ社会的にも働ける人ですから、そういう人にはおいしく食べてもらっても問題ないと思います。しかしそういう人は年とともに血圧は上がるかもしれません。(笑)それは社会で活動しているから仕方がないんです。
 橋本 いつも食塩の心配をして減らせ、減らせと言って長い間虐げられて、罪悪感を持ちながら食生活をしている人も居るということは、非常に惨めな話のように思います。やっぱりおいしいものを食べて、運動をして、活発に……、平均寿命は上がっていますし……。
  そういう観点からしても、アメリカでは一方で強力な減塩主張がある半面、強力なアンチ減塩を主張している人も居まして、極端から極端な人がかみ合って大いに議論をしていますが、日本はその点は非常にマイルドです。皆さん非常に関心は持っているけれども、そんなに強く、たとえば減塩を強力に唱えているわけでもない。しかしやっぱり減塩がいいでしょうと言う程度です。また食塩はそんなに気にする必要はないと言う人でも、ひょっとしたら食塩感受性の人もいるかも知れないので、まあまあ気を付けておいたほうが良いぐらいに、日本は非常に柔らかい。
 アメリカは両極端でぶつかり合っている。その代表的な学者はララーとかマッカロンという人達で、彼らは非常に強硬な減塩反対論です。しかしアメリカでもヨーロッパでも、減塩論は高血圧食塩原因説がピークだった1970年代の勢いはなくなっていると思います。
 橋本 インターソルト研究の結果が出てから、風潮が変わってきましたね。あれが出てから、みんなに減塩を押しつけるのは、たいへん問題だということになってきたようですね。
  ただアメリカは心臓血管病が国民病ですから、日本とはお家の事情がかなり違います。彼らは何としても、少しでもリスクがあるということに対しては、これを極力排除するのが、正しい公衆衛生的あり方であるとの主張が強いように思います。だからたばこと食塩に対しては、米国では相当強くやっています。ヨーロッパはその点は非常にのん気なものです。「かつては高血圧食塩原因説に加担した人も居たかも知れないけれども、そういう人は何処かに居なくなっちゃった。」なんていう話を平気でしています。(笑)
 橋本 今日はいろいろと貴重なお話を有難うございました。
  こちらこそ有難うございました。