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たばこ塩産業 塩事業版  1999.02.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

高血圧と減塩について

 

 先日、NHKのテレビで「塩と血圧−−高血圧と減塩」についての特集を見ました。人には「食塩感受性」がある人、ない人があって、塩分を取っても食塩感受性がない人は血圧にあまり影響がないとのことでした。しかし、番組では「(高血圧の人には)食塩感受性の有無にかかわらず、減塩は必要である」として、1日の塩分摂取量は7〜10グラムを目標に、とまとめていました。塩に限らず何でも取り過ぎはいけないと思いますが、1日7〜10グラムという数字にはどんな根拠があるのでしょうか。また、食塩感受性と高血圧について、改めて分かりやすく教えていただきたいのですが。 
                                    (埼玉県・塩販売店)

「食塩感受性」とは

 食塩摂取量と高血圧の問題で重要なことは、体質が食塩感受性であるかどうか、ということです。残念ながら現在のところ簡単にはこの体質を見分けることはできません。食塩感受性の体質の人は食塩摂取量が多いと血圧が上がります。
 高血圧症の原因は食塩摂取量ではないかと考えたダールは、ラットに沢山の食塩を与えられれば、ラットは高血圧症になるはずであると考え、ラットに食塩を与え、高血圧症になるラットは食塩感受性ラットと名付けましたが、いくら与えても高血圧症にならないラットがいることもわかりました。このラットを食塩抵抗性ラットと名付けて1962年に発表しました。この性質は遺伝することも発見しました。その後、川崎は人間でもラットと同じように食塩感受性の人と食塩抵抗性の人がいることを1978年に明らかにしました。
 食塩感受性の定義は研究者によって異なりますが、一般的には減塩して血圧が10%以上下がれば食塩感受性であるとされています。食塩感受性である人の割合は、正常血圧者で1553%、高血圧者で20から74%と言われています。非常に値の幅が広いのは食塩感受性の定義が曖昧であることの表れであると思います。
 食塩感受性は老人、肥満者、黒人に多いと言われます。アフリカ系のアメリカ人(黒人)に食塩感受性の割合が高い理由は、不幸な奴隷貿易の歴史を背負って生き抜いてきた人々の性質とされています。食塩の摂取量が少ない状態で、暑さと過酷な労働という劣悪な状態で生き延びられたのは、摂取した食塩をできるだけ排泄しないで体内に溜めておく腎臓の機能のおかげでした。
  腎臓は老廃物を尿の中に出す働きをします。その働きを受け持っているところは腎糸球体で、ここに血液が流れ込み濾過されて尿ができます。尿を作るところは尿細管ですが、血液から1日に約200リットルもの水分が濾過されて尿細管の中に出てきますが、ほとんど全てと言って良いほどの水分は再吸収されて、結局、1.5リットル位の水分が尿として排出されます。食塩も同じように約1.5 kg位が濾過されて出ますが、ほとんど再吸収されて、結局、尿の中には摂取した量である13 g位の食塩だけが排泄されます。黒人は、この再吸収能力が高い、といえます。
  したがって、食塩を排泄する能力が弱いため、十分に食塩が食べられるようになると、食塩が体内に溜まり血圧が上がるというわけです。 

「1日当たり10 g」は特に根拠なし

 毎年、厚生省は国民栄養調査で塩分摂取量を発表しています。減塩運動が始められた頃の塩分摂取量は1日当たり14gぐらいでした。それが次第に低下して11.7gまで下がりましたが、その後上がりはじめ現在では13gぐらいであまり変化しなくなっています。厚生省は目標摂取量として一時間当たり10gを定めています。この値には特に根拠があるわけではありません。食塩の取り過ぎが問題になるのは、世界で1日当たり1g程度の摂取量でも生きている民族がいるからです。しかもその民族は未開の地に住んでいますが高血圧症がなく、年を取っても血圧が上がらないことが分かっています。
 その民族と比較して取り過ぎといっておりますが、文明社会で生活してきた人々にとっては、現在の摂取量で身体が維持されるように遺伝的に適応して来ていますので、単純に比較することが正しいことであるかどうか疑問です。また、そのような民族の寿命が短いことは問題にされなくて、血圧が上がらないことだけが強調されています。塩分摂取量と高血圧症の発症頻度は図−1のように予測されています。このことから取りあえず7〜10gのレベルに減塩するように勧めているものと思われます。

食塩摂取量と高血圧発症率との関係
     図−1 食塩摂取量と高血圧発症率との関係

減塩の効果と危険性

 それでは減塩をしてどれくらいの効果があるのでしょうか?
 まず減塩をして効果があるのは、前述しましたように集団全体の中でごく一部に当たる食塩感受性である人達だけです。大半の人々は食塩抵抗性であるので減塩の効果はありません。したがって、すべての人々が減塩をしなければならないような言い方は適切ではないと言えます。食塩感受性は10%以上の血圧低下と一応定義されていますので、血圧の高い人ほど下がる値が大きくなります。
 減塩で血圧が下がれば、降圧剤を飲むことが軽減されますので、薬の副作用を押さえられることからも減塩が勧められています。

減塩で血圧が上がる人も?!

  しかし、減塩には危険性がないのでしょうか?食塩は食べ物を美味しく食べられるようにする食欲強化剤です。したがって減塩食では不味くて食べられません。食べられなければ必要な栄養素を十分に取れません。時間をかければ減塩食には慣れるとはいえ、慣れるには1ヶ月、2ヶ月とかかります。その間に栄養のバランスを崩して体調を悪くすることもあるでしょう。
 それよりも減塩の効果は逆に現れることもあるのです。図−2を見てください。正常な血圧の人も、高血圧症の人も、正常な血圧の子供でも減塩によって血圧が下がる人と変わらない人、逆に上がる人がいることが分かります。減塩による血圧の変化はこのようにベル型(正規分布)で現れます。減塩によって血圧が上がる人では、減塩が危険な行為になるのです。
 その他にも最近の研究では、減塩によって悪玉のコレステロールが増えるとか、心筋梗塞になる危険性が高くなると言った報告もあります。減塩が必ずしも良いことばかりではなく、マイナスに働くこともあることを認識しておく必要があるでしょう。むやみな減塩は考え物です。
減塩した場合の正常血圧者と高血圧者の血圧応答分布
      図−2 減塩した場合の正常血圧者と高血圧者の血圧応答分布
減塩した場合の正常血圧児童の血圧応答
       図−3 減塩した場合の正常血圧児童の血圧応答