たばこ産業 塩専売版  1988.10.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩技術調査室室長

橋本壽夫

 

腎臓のナトリウム排泄

 

 前回は汗の中に排泄される塩分について説明したので、今回は腎臓で排泄されるナトリウムについて考えてみたい。
 通常の生活で汗をかかない人は、摂取したナトリウムのほとんどを腎臓から尿に排泄する。したがって、腎臓の働きがナトリウム排泄にとって重要なこととなる。腎臓の働きをする最小単位をネフロンといい、200万個以上もあるといわれている。ネフロンは腎小体と尿細管という器官からできている。
 さらに腎小体は、図1に示すように糸球体毛細血管網と、それを包むボーマン嚢からできている。糸球体毛細血管網は、この言葉が表しているように、細い血管が糸くず球のように絡まってできている。これは血管の表面積(ろ過面積)を大きくして、老廃物を外に出しやすいようにするためである。

腎小体の構造
     図1 腎小体の構造 (本郷利憲ら編集「標準生理学」より)

 血液が輸入細動脈から入り、毛細血管網を通り輸出細動脈へ出ていく間に、糸球体膜の内側と外側との圧力差により血漿(血液から赤血球、白血球、血小板といった細胞成分を除いた液体)成分は、大きな分子であるタンパク質を除き、ほとんど無選択にボーマン嚢にろ過されてくる。したがって、このろ液の組成は血漿の組成に近く、これを原尿と呼んでおり、尿のもとになる液である。
 ボーマン嚢の一方は尿細管とつながっており、糸球体でろ過きれた液である原尿は、尿細管を通る間にその中から水分を始め必要な成分が再吸収され、老廃物が濃縮されて残り、あるいは新たに分泌された成分が加わって最終的に尿として排他される。
 尿細管にも種々の部位がある。ボーマン嚢に近い部分から近位尿細管、ヘンレ・ループ、遠位尿細管、集合尿細管という構成になっている。糸球体でろ過されたナトリウムは尿細管でほとんど再吸収される。その様子を図2に示す。糸球体でろ過されたナトリウム量を100%とすると、各部位でナトリウムが再吸収される割合は、近位尿細管で7075%、へンレ・ループで2025%、遠位および集合尿細管で510%である。

各ネフロン部位のナトリウム再吸収量
       図2 各ネフロン部位のナトリウム再吸収量

 正常な大人の腎臓に入る血漿流量はおよそ500700ミリリットル/分といわれ、これを血液量に直すと1.21.3リットル/分となる。これは心臓で送り出される血液量のおよそ4分の1に当たる量である。糸球体でろ過される量はおよそ100150ミリリットル/分であり、腎臓への血漿流量は500700ミリリットル/分であるから、血漿量の約20%がろ過されることになる。
 ここで糸球体ろ過量と塩分排泄量から塩分の出入りを考えてみる。血漿中のナトリウム濃度を150ミリグラム当量/リットル(3.45グラム/リットル)とすると、糸球体でろ過されるナトリウム量は一日に497745グラムにもなり、塩分に換算すると12401860グラムとなる。すなわち、1日に1.5キログラム程度の塩分がろ過されて一度は体外に出ることになる。
 しかし、尿中には、塩分摂取量によっても異なるが、1日に約15グラム排泄されるとすると、糸球体でろ過された塩分の約99%以上は尿細管で再吸収されていることが分かる。水分についても同様で、ろ過量を1日当たりに換算すると144216リットルにもなり、家庭用の風呂水ほどろ過している勘定になる。尿としては1日に1.21.5リットルしか排泄されないから、ろ過量の99%以上は尿細管で再吸収されていることになる。
 このように、腎臓は老廃物を排泄するために毎日大変な仕事をしている。塩分が尿中へ排泄されるのは、大量の糸球体ろ過と大量の尿細管での再吸収のバランスによって成り立っている。このことは尿細管のほんのわずかな再吸収機能の変化によって、細胞外液(例えば血漿)のナトリウム量を調節できることを意味している。
 細胞外液のナトリウム濃度は一定であり、摂取されたナトリウム量とほほ等量が排泄される仕組みの中では、塩分摂取量の多少による排泄量は、尿細管でのナトリウム再吸収の多少によって調節される。塩分の摂取量が少なければ再吸収率が上がり、多ければ下がる。
 例えば、1グラム程度の塩分摂取量で生活している無塩文化の未開発民族99.9%以上の再吸収をしており、30グラムもの塩分を摂取している多塩文化の文明人は、30グラムを排泄するために98%程度を再吸収しているということになる。
 以上のことから、毎日25キログラム程度の塩分の出し入れを行っている健全な腎臓にとって、通常の生活で摂取する1020グラムの塩分負荷はまったく問題がないように思える。