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2016.09.01

塩がなぜ悪者にされたか?塩は本当に悪者か?

 生命の維持に必須な塩が何時の間にか悪者にされ、万人一律に減塩を勧める保健政策が政府により進められている。しかし、塩は本当に悪者なのだろうか?筆者の考えでは塩が悪者になる人々は少数で、大多数にはそれほど悪者ではなく、摂取量を全く気にする必要はない。塩が悪者にされ始め、減塩政策が採られ始めた経緯を述べ、塩と高血圧罹患率との関係が否定され、減塩の危険性が指摘される研究報告が出されると、塩悪者説を支持しない人々と、減塩推進者との間で塩戦争が始まった。

 

塩が悪者にされた経緯

 原始社会では塩は手に入れにくい貴重な物で、海岸近くに居住する民族は海水から塩を得ていたのであろうが、内陸に居住する民族は塩そのものを食べることはなかった。狩猟で捕獲した動物の血肉に塩の摂取を頼っていた。稀に塩を含む土壌や泉の水から得ていたところもろう。現在でもブラジルの奥地で孤立した生活をしているヤノマモ・インディアンは1日当たり1g以下の塩摂取量で生活している。それに比べると文明社会におけるその10倍以上もの摂取量は過剰摂取で有害であるに違いない、とする基本的な考えを減塩推進者は持っている。彼等は塩摂取量の少ない民族の寿命が短いことには無視をしている。

 塩によって高血圧が発症するのではないかという塩仮説が本格的に立てられたのは1954年に発表された図1に示すダールの疫学調査の結果からであった。この図がきっかけとなって塩が悪者にされ始めた。塩摂取量が多いほど高血圧のバラつきもなく発症頻度が高くなっている非常に相関性の高い、強く印象付けられる結果であった。しかし、この結果については条件設定が不明確なため、現在では信頼性がない。現実の姿は後に記す厳格な条件設定で大規模に行われ、大きなバラつきを示したインターソルト・スタディの結果である。

     図1 塩摂取量と高血圧発症率  ダールの発表より

 図1からダールは塩が高血圧の原因物質でないかとの塩仮説を立て、それを証明しようとラットに対して塩を食べさせる負荷実験を行った。その結果、塩負荷により高血圧になる塩感受性ラットと高血圧にならない塩抵抗性ラットがいることを1962年に発表した。翌年の1963年に岡本・青木は高血圧ラットの交配から自然発症高血圧ラットを選抜した。塩摂取量とは関係なく高血圧になり、高血圧は遺伝性疾患であることが分かってきた。さらに彼等は自然発症高血圧ラットの交配により、自然に高血圧になって必ず脳卒中で死ぬ脳卒中易発症自然発症高血圧ラットを選抜し1973年に発表した。

 1978年に川崎はラットで起こる現象は人でも起こることを発表し、その後、藤田は塩感受性の人達では、減塩で血圧が下がる具体的なデータを示した。塩と高血圧との仮説は証明されていないが、塩を負荷すると血圧が高くなる人もいるので、1977年にアメリカ議会は塩の目標摂取量一日当り8 gと設定した。日本では1979年に目標摂取量一日当り10 gとされた。ここで一律の減塩が勧められるようになり、塩が悪者にされた。後の1998年にトーブスは塩が悪者にされる根拠はなく、減塩が勧められるようになった経緯を科学雑誌サイエンスに「(政治的な)塩の科学」)と題して論文を書いた。

塩が悪者にされるきっかけとなったダールの疫学調査では条件が曖昧であったので、厳密な条件設定の下に日本を含む32ヶ国52ヶ所で、1ヵ所当たり200人以上の被験者で、述べ10,000人以上による国際的な大規模疫学調査で必ず明確な塩と高血圧との因果関係を示そう、との意気込みでインターソルト・スタディが行われ、図2に示す結果が1988年に発表された。結果は非常にばらついており、全体的には塩摂取量と高血圧発症率との間にはわずかに相関があるように見えるが、左下にある塩を摂取しない無塩文化を持つ4ヶ所を除くと相関はなく、塩摂取量と高血圧との関係についての明確な結論は得られなかった

  図2 塩摂取量と高血圧発症率

 しかし、研究推進者たちはこれでは納得できないので、塩摂取量と加齢に伴う血圧上昇を推定した結果には強い相関があるとした。その結果を出したデータ整理にアメリカの塩生産者団体である塩協会が疑問を呈すると、研究者達はデータを再整理してより大きな減塩効果があるとインターソルト・スタディの結果を再発表した。

 

減塩の効果と危険性

減塩には血圧を低下させる効果があると思われており、減塩すればするほど効果があり、減塩には危険性がないと考えられていた。しかし、減塩にはそれほど効果はなく危険性があることが分かってきました。1987年にミラーらは減塩による血圧応答は正規分布で現れることを示し、減塩で血圧が低下する人々がいる比率と同程度に血圧が上昇する人がいることが分かった。後者の人達にとって減塩は危険である。また、減塩で血圧低下の効果があるのは塩感受性の人達で、塩感受性の人達は全体の30%程度、高血圧者で50%程度であるが、今のところ塩感受性を簡単に判別できる方法がない。アメリカ国民の健康・栄養調査で、塩摂取量は全ての死因の死亡率と心臓血管疾患による死亡率では、いずれも逆相関を示した。1995年にオルダーマンらは減塩には心筋梗塞を起こす危険率を高くすることを発表した。他には減塩で熱中症、下痢、高熱、出血に対する抵抗力が下がり、睡眠障害を起こす場合があり、塩味が薄いと食欲不振となり、必要な栄養素の摂取量を満たせない。

減塩の効果は少なく危険性もあることが分かってきた。高血圧の原因とする塩仮説は未だ証明されてはいないが、減塩政策は続けられ、依然として塩は悪者にされている。2015年には日本の目標摂取量を一日当り男性8 g、女性7 gと設定された。

 

減塩を巡る論争

 塩摂取量と高血圧発症率とは関係なさそうだというインターソルト・スタディの結果を契機として、減塩にはそれほどの効果はなく、危険性があることが分かってきてから減塩政策の適否について論争が始まり、一律に減塩させる保健政策は次第に劣勢になってきたように見える。日本では論争の内容が紹介されないので、国民は減塩についての適否を判断ができない状態に置かれている。

塩論争の経過を簡記する。1982年に雑誌タイムの表紙では「塩:新たな悪者か?」としたカバー・ストーリー論文が掲載され、減塩の根拠は医学的には不明としながらも、減塩に対する学者・業界の賛否両論が報道された。当時、減塩の危険性を発表した論文はなかった。1985年にイギリスの高血圧学会会長のスェールスは、減塩を勧める証拠はないと述べた。その後、前述したインターソルト・スタディが行われ、塩摂取量と高血圧発症率は関係ないという結果が1988年に発表された。しかし、論文発表者らはデータを再整理し、1996年に減塩で加齢に伴う血圧上昇を抑えられると推定した結果を発表した。

1996年に医学雑誌BMJは、インターソルト・スタディという厳密な疫学調査の結果が曖昧であったにもかかわらず、従来通り勧められている減塩政策に対する論争を特集した。1998年に前述したアメリカの有名な科学記者であるトーブスはサイエンスに「(政治的な)塩の科学」と題する論文を発表し、一律の減塩政策に対する不当性を述べた。その中で塩論争の鍵となる研究を表1に示した。

表1 塩論争の鍵となる研究

研究者または

プロジェクト研究名

論文発表年

論文の概要

ダールら

1972

塩と血圧の関係を支持する臨床的・生態学的・ラットによる研究。

グライバーマンら

1973

生態学的研究27件のレビューは塩と血圧との直接的な直線関係を示唆。

クーパーら

1979

数百人の生徒による集団内研究は塩と血圧との関係を完全に否定しないことを示唆。

マッカロンら

1984

国民保健栄養試験調査のデータベース解析は、塩は無害で、カルシウムとカリウムは高血圧から守ることを示唆。

スミスら(スコットランド心臓保健研究)

1988

7,300人のスコットランド人男性による研究は塩摂取量と血圧との間に関係はないことを示す。

インターソルト

1988

52,200人による研究は塩と血圧との弱いまたは何の関係も示したが、塩と加齢に伴う血圧上昇との関係を推論している。

インターソルト再訪

1996

インターソルトの元データを統計的に再解析して、塩と血圧との間に強くて一貫したポジティブな研究を明らかにする。

カトラーら

1991

臨床試験27件のメタアナリシスで、減塩は高血圧者と正常血圧者の両者の血圧を下げることを明らかにする。

ロウら

1991

生態学的研究24件、集団内研究14件、臨床試験78件のレビューで、塩と血圧との関係は一般的に評価されているよりも実質的に大きく、加齢に伴って増大して行くことを明らかにしている。

ミッドグレイら

1996

臨床試験56件のメタアナリシスで、減塩による利益は小さく、現在の食事勧告を支持しない、との結論になる。

カトラーら

1997

臨床試験32件のメタアナリシスで、減塩の利益は比較的大きく、現在の食事勧告を支持するとの結論になる。

高血圧予防共同研究グループの試験

1997     TOHP Ⅱ)

2,400人の臨床試験で、長期間の減塩は難しく、血圧低下はわずかかあるいは全くないことが示される。

エイペルら

1997     (DASH)

459人による臨床試験で、ナトリウム以外の食事因子が血圧に大きな影響を及ぼすことを示す。

グラウダルら

1998

臨床試験114件のメタアナリシスは全体的な減塩勧告を支持しない。

Gary Taubes、 Science Vol.281 898-907 14, August 1998 より

 2000年にはアメリカ高血圧学会誌やアメリカ臨床栄養学会誌でも減塩政策に対しての論争内容が公表され、2002年には国際疫学雑誌でも塩仮説に基づいた減塩政策が進められ

ているとの論文が掲載された。2012年にニューヨーク・タイムズの日曜レビュー版で、トーブスは、減塩推進学者が塩仮説を事実であると認識させるようにしたこと、減塩には危険性があること、また、政府は根拠のない減塩政策を頑なに進めていることを述べた。

2013年にアメリカの医学研究所は、減塩で心疾患の危険率は下がらず、過度の減塩は心臓血管疾患になる危険因子を増加させる可能性があり、減塩のメリットはないと発表した。この発表があって以来、医学専門誌において学者間で一層の激しい塩論争が始まり、その様子をニューヨーク・タイムズロサンジェルス・タイムズ他でも報道している。

 2014年にアメリカ高血圧学会誌でグラウダルらは、塩摂取量と血圧との関係ではなく、全ての死因や心臓血管疾患の罹患率、死亡率との関係で現状の塩摂取量が適正であると発表した。