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たばこ産業 塩専売版  1996.09.25

「塩と健康の科学」シリーズ

(財)ソルト・サイエンス研究財団研究参与

橋本壽夫

インターソルト・スタディのデータとその統計処理をめぐる論争

 研究結果が明確でない場合、その結果についての見方、解釈の仕方は立場によって正反対になることがある。その好例がインターソルト・スタディの国際的な疫学調査結果である。この研究を進めたグループと塩生産者の立場を代表したアメリカの塩協会とが、データの公開性とデータの統計処理法について論争しており、最近、その内容がイギリスの医学雑誌、ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル(BMJ)に掲載された。あわせて第三者の意見も掲載されているので、その概要を紹介する。

論 点

 インターソルト・スタディは10年ほど前に32ヶ国、52センターで合計一万人以上に及ぶ人々を対象にし、厳密な手順を決めて行われた大規模な国際疫学調査である。その結果は1988年に発表され、その一年後に、各センターについて年代別、性別に各測定項目の詳細なデータが発表された。
 この研究を進めたグループの結論は、塩と高血圧との関係は明確で、1日当たり6グラムの減塩をすれば、30年間(25歳から55歳まで)の間に最高血圧を平均9 mmHg低下させると推定されるので減塩すべきである、と主張している。
  一方、アメリカの塩生産者の団体である塩協会は、この調査の結果は塩と高血圧との関係を明らかにできなかった。この結果から、6グラムの減塩をしなければ、30年間で血圧が9 mmHgも上昇すると仮説を立てるのはおかしい。まだ発表されていないデータがあるのではないか。自分たちでデータ解析するからそのデータをもらいたい、と主張し別の推定をしたことで論争は始まった。

塩協会の解析と見解

 インターソルト・グループから追加データをもらって分析したところ、誕生時の最高血圧(グラフから推定)と加齢に伴う最高血圧の上昇勾配との間には有意な逆相関がある。つまり生まれた時の最高血圧が高いほど、年をとるにつれての最高血圧の上がり具合は小さい。食塩摂取量と生まれた時の最高血圧とも有意な逆相関がある。すなわち、食塩摂取量が多いほど生まれた時の最高血圧が低い。結局、食塩摂取量と年をとるにつれての最高血圧の上がり具合は関係ないか、あっても有意ではない正相関がある。
 したがってデータ処理に問題があり、インターソルトの全データを第三者が完全に利用できるようにし、再評価すべきである。

インターソルト・グループの見解

 塩協会の主張する主旨に沿って分析したが、結果は前とあまり変わらなかった。すなわち、食塩摂取量が6グラム高いと、30年間で最高血圧は1011 mmHg、最低血圧は6 mmHg高かった。
 塩協会の分析法は非論理的で、生物学に反した統計処理を行っている。第一に、2059歳で観察された結果をグラフから延長して誕生時の血圧を推定することは誤りである。第二に、この誤った血圧と年をとるにつれての血圧の上がり具合を関係づけたり、食塩摂取量と関係づけたりすることは間違っている。
 要するに、誕生時の食塩摂取量や血圧は測定されていないのであるから、それをグラフ上で推定することは実態の値とかけ離れており、その人為的な値を使って分析すると、ますます間違った結果となる。
 食塩摂取量の75%は加工食品からきているので、食品工業界は食品加工で添加する塩を減らすべきである。

第三者の意見

 右の論争に対してセント・バーソロミュー王立ロンドン医科大学のロウは、「塩に関する事実は首尾一貢しており、インターソルトの結果は他の研究結果とも一敦している。塩協会のデータ分析は奇怪で矛盾した結果をもたらす」と述べている。
 オスロ大学のテレは、「インターソルトの結果は食塩摂取量と血圧との因果関係の懐疑論者を納得させるまでにはなっていない。誰かが十分に大きな集団で食塩摂取量と血圧とを将来的にモニターする30年間の長期間調査を進めるまで、問題は解決されない。事実が減塩を正当化することに十分耐えられるかどうかは判断の問題であり、公衆保健活動は非常に弱い事実に基づいて行われてきた」と述べている。
 塩と高血圧に関するコンセンサス決定会議の主催者でありセント・ジョージ衛生医科学校のマクレガーは、「インターソルトの結果をさらに分析しても、複雑さが増すだけである。塩と血圧との関係をもっと明らかに示す別の事実、例えば新生児による6ヶ月間の減塩介入試験、移民の比較調査など、をみる必要がある。塩の有害な影響に関する事実があるにもかかわらず、イギリス政府は減塩政策に踏み切れない。加工食品に添加する塩を減らすことについて、食品工業界とコンセンサスに達したい」と述べている。
 BMJの副編集長デラモースは、「研究発表者と他の研究者とデータを共有できるようにあらかじめ患者の同意を得ておき、発表論文に疑義があればデータを公開できるようにしておく。そうすることにより論文の偏向問題は小さくなる。雑誌社は編集者や関心のある研究者にデータを提供できるように契約する。インターネットの発達によりデータ利用は容易になり、そうすれば万人の研究に役立ちたいという患者の意向に添える」と述べている。
 以上がインターソルト・スタディの結果について論争された骨子である。曖昧な結果はどうにでも結論づけられる。ここでは推定値が論点になっているが、推定値はしばしば確定値として考えられ、間違った結論で保健政策が進められ、塩生産業界も食品工業界(味つけの変化が売上げ低下になる)も被害を被るという危倶から必死に反論している。これを契機に研究データが公開され、いろいろな見方で検討される方向になることは喜ばしいことである。