保健の科学 第35巻 第3  208-211ページ 1993

連載3 食塩と高血圧

インターソルト・スタディとその結果を巡る論議

       橋本壽夫
                                              日本たばこ産業株式会社
                                              海水総合研究所所長

食生活の中から高血圧の要因を推定する上では、疫学は一つの有力な手段である。この観点から、これまで多くの疫学調査が行なわれてきた。しかし、その結果は一貫しておらず、その概要については先に紹介した通りである。その中でインターソルト・スタディについても少し触れたが、大規模な国際共同研究で、この研究結果の重要性は他に例がなく、今後ともこのレベルの疫学調査は出てこないと思われるのみならず、結果の解釈についていろいろと議論があるので、少し詳しく取上げることとした。

インターソルト・スタディの背景

1982年にフィンランドのチュオヒランピで心臓病に関する国際団体連合の疫学および予防協議会の第一回高等教育セミナーが10日間開催された時、ダールの研究を組織的に実施する教育上の研究課題とし
2つのグループに分かれて、これまでの疫学調査の問題点を克服し、どのようにしたら完全な結果が得られるかについて検討したところ、両グループからほとんど同じ方法論が提案された。それではこの方法で実際に調査してみてはどうかという意見が出され、セミナーに参加した人々が研究者となり実行に移された1)。これで高血圧の要因を明確にでき、特に従来から言われている食塩摂取量と高血圧との問題には明確な結論が得られるはずで、長かった論争に決着をつけられるものと期待された。
 ロンドン大学衛生学熱帯医学部とシカゴのノ-スウェスタン大学医学部に協力センターが設置され、計画立案、資金調達、被験者募集に2年間を費やし、1984年と1985年で5地域別の訓練会議を開催し、調査員に手順を徹底させて1987年当初までに現地調査を終え、半ばまでに分析を終えて、1988年に主要な結果を発表した2)

インターソルト・スタディの目的

 インターソルト・スタディの主要な目的は、種々の母集団問および母集団内で血圧と尿中のナトリウム、カリウムおよびそれらの比との関係を調査する。これに影響を及ばす因子として年齢、性別、肥満度、アルコール摂取量についても調査することであった3)

インターソルト・スタディの方法論

 インターソルト・スタディを行なうについては、簡単に言えば、標準化された測定方法で、食生活を異にするできるだけ多くの測定箇所で、性別、年齢を異にする多くの被験者を対象にすることであった。具体的には次に方法によることとした3-5)
 1)研究者は全センターに共通の方法を学び、標準化された手順にしたがって調査した。すなわち、被験者は膀胱を空にし、5分間静かに座った状態の後、そのままではホークスレイ・ランダム・ゼロ血圧計を用いて2回測定した。臨床スタッフは24時間採尿の開始と終了を監督し、標準化された尋問、身長、体重測定を行なった。24時間採尿については無作為に被験者の8%を選び、反復採尿して軒個人の変動も調査した。アンケートにより7日間のアルコール摂取量を調査した。尿試料は20℃に凍結され、ベルギーのルーベン中央実験所に送られて分析された。データはロンドンの協力センターに送られ、解析された。
 232カ国から52カ所の研究センターから各地域の母集団を代表するように20歳から59歳までの年齢で200名の男女を、年齢、性別に10歳刻みで8等分に階層分けして被験者を選定した。

インターソルト・スタディの結果

 インターソルト・スタディで調査された解析可能な被験者数は10,648人であったが、尿採取、報告書の不備、血圧測定に問題があった569人を除き10,079人のデータを対象として解析した2)。結果を概略的に述べれば次のようになった。
152センターの分析でナトリウム摂取量と血圧との間に正相関が現れた。しかし、これらの相関関係は強いものではなかった。52センター間でナトリウム排泄中央値と収縮期血圧中央値との間に有意な正相関が見出された。年齢、性別、肥満度、アルコール摂取量で補正しても相関はなくならなかった。しかし、食塩摂取量の低い4カ所のセンターを除いた同様の解析では、ナトリウム排泄量と収縮期血圧中央値との間には何の関係も示されなかった。
2100 mmol/日のナトリウム摂取量低減は収縮期血圧を2.2 mmHg、拡張期血圧を0.5 mmHgだけ平均して下げると推定し、その程度の低下でも米国や英国では中年期の心疾患による死亡リスクを4%、脳卒中による死亡リスクを6%低下できる6)
3)加齢に伴う血圧上昇の傾向は52センター間でも48センター間でも食塩摂取量と正に相関していた。これらの結果は、生涯にわたってナトリウム消費量を100 mmol/日減らせば、2255歳の人々の収縮期血圧の増加を9 mmHg下げられると推定し、その結果、55歳の心疾患による死亡リスクは16%、脳卒中による死亡リスクは23%低下させられる6)
4)カリウム排泄量の効果はあまり明確ではないが、集団間では有意であり、Na/K比はナトリウムの結果とよく似ているが、それよりも強かった3)
5)肥満度は血圧と常に強く関連していた3)
6)高いアルコール摂取量も血圧と関連していた3)

インターソルト・スタディの結果を巡る議論

 インターソルト・スタディの結果をどう解釈するかについてはいろいろな意見があり、特に、高血圧疾患や心臓疾患予防の保健政策から一律に強い減塩政策が進められていることに対して賛否両論がある。たまたま筆者は1989年にアメリカの国立心臓.肺.血液研究所が主催してべセスダで2日間にわたって開催された食塩と血圧に関するワークショップに出席する機会に恵まれた。会場で食塩摂取量の規制に対して反対派と賛成派の激しい議論があったが、結論的には、この場は政策に囚われることなく、学問的、科学的に研究、発表、議論して行こうと言うことになった.この時の発表、議論の内容は19911月号でHypertensionの特集号として報告されている。
 とはいえ、保健問題に対して関心は高く、減塩政策についての議論をいくつか拾ってみよう。主催者はナトリウムの影響がわずかであるとはいえ、減塩の効果を死亡率の低下で強調していることについては前述した。一方、インターソルト・スタディの結果が発表された同じ号の雑誌でスウェールスはその結果を見て、食塩は高血圧についてはほんの僅かな重要性しか持っておらず、弱い疫学関係に基づいて処方的な忠告を与えることは警戒すべきである、として一律的な減塩政策の考え方に反対している7)
 ペッカーらは食塩制限が有効であることが証明された人々にのみ適用されるべきで、食塩制限で悪影響が出る可能性がある以上、国をあげて無差別的に食塩制限政策をとることは軽率であると述べている8)
 ダスタンは“母集団の中で高血圧を示す率が25%、その内の50%が塩感受性とすると、全母集団の12.5%が塩感受性高血圧症といえる。この12.5%の人達のために全体の人が食塩を減らすべきであるとの考え方は不合理である。”と述べている。
 ページは“健康への影響の判定は証拠資料の内容が十分整備され、矛盾がなく、信頼して結論の出せる状態を前提として利用できる確実なデータに基づいて行なう。方針決定は、障害をもたらさないこと、確実にある程度の利益の見返りがあることを指導原理とする。食塩摂取量と高血圧の発症にはいき値があるように思われ、少しでも低減することが望ましい。”としている9)
 カプランは高血圧症の治療に中程度のナトリウム制限が役立つことを支持してきた点から、ナトリウムの一日摂取量を100mmol減らすと、25歳から55歳までの平均血圧上昇幅を収縮期血圧で9.0 mmHg、拡張期血圧で4.5 mmHg減少させるであろうというインターソルト・スタディ結果からの推定を支持してい
10)
 マンツェルらは“食塩摂取量と血圧との関係はまだ完全には明確にされていない。低食塩摂取が高血圧を保護的に抑制したり調整する確かな証拠がない。低食塩摂取はある人々の血圧を下げるかも知れないが、集団規模で心疾患の発症を減少させるという証拠はないので、国民全体に食塩摂取量を低減するように推奨することは注意すべきである。”としている11)
 ルフトは弱い疫学的な相関を基に食事療法を勧めることには慎重でなければならないと言っている12)
 このようにインターソルト・スタディの結果が発表された以後、全員対象に一律的な減塩政策を進めることに対して反対、あるいは疑問視する意見が強く出されるようになった。食塩についてはインターソルト・スタディの結果はいわば期待はずれとなり、定量的に明確な結果が出なかった理由として主催者は次のように分析している13)
1)インターソルト・スタディは横断的な研究であって、現在の血圧とナトリウム、カリウムの排泄量との関係を調べたものである。ナトリウム、カリウムが本当に高血圧に関連しているとするならば、生後あるいは小児期からの調査が必要である。
224時間採尿中の電解質排泄量は同一個人でも変動が大きく、信頼性係数を用いて誤差を補正したが、過少評価した可能性がある。
3)採尿が不完全であった可能性があり、もしそうであれば真の相関を過少評価する要因となる。
4)多くの参加集団で高食塩摂取量を抑制する保健活動が行なわれており、真の相関を弱い方向に歪める可能性が強い。
5)多くの被験者は降圧剤を服用しており、測定された血圧は人為的に下げられた値である。これも相関を弱める方向に働く。
 これらの理由を読むと何となく言訳がましく思われるのは筆者だけであろうか。完全を期した方法論で行ないながら、期待した結果が出なかったことから、事実上不可能な何十年にもわたる経時的調査を示唆し、さも強い相関が隠されているのを、見逃したように思わせている。この他に、この調査では高血圧の発症率が高く、一番問題にしなければならない60歳以上の高齢者が含まれていないとの批判もある12)
 今後の疫学調査の結果は、この研究以上の難しい調査を行なわない限り、色あせて見えそうである。

引用文献

1Moore, T.J.: How doctors oversell the risks of high blood pressure. Washingtonian 25:64-67, 194-204, 1990.
2Intersalt Coorperative Research Group: Intersalt: An international study of electrolyte excretion and blood       pressure. Results for 24 hour urinary sodium and potassium excretion. BMJ 297:319-328, 1988.
3Rose, G. and Stamler J.: On behalf of the INTERSALT Co-Operative Research Group: The INTERSALT study:    Background, methods and main results. J Human Hypertens 3:283-288, 1989.
4) The INTERSALT Co-Operative Research Group: INTERSALT study: An international co-operative study on the    relation of blood pressure to electrolyte excretion in populations. 1. Design and methods. J Hypertens          4:781-787, 1986.
5Elliott, P. and Stamler, R.: Manual of operations for INTERSALT: An international co-operative study on the       relation of sodium and potassium to blood pressure. Controlled Clin Trials 9(Suppl):1-118s, 1988.
6Stamler, J., Rose, G., Stamler, R., Elliott, P., Dyer, A. and Marmot, M.: INTERSALT study findings: Public health     and medical care implications. Hypertension 14:570-577, 1989.
7Swales, J.D.: Salt saga continues: Salt has only small importance in hypertension. BMJ 297:307-308, 1988.
8Pecker, M.S. and Laragh, J.H.: Dietary salt and blood pressure: A perspective. Hypertension 17(SupplI):I-97    I-99, 1991.
9Kotchen, T.: Panel discussion: Session VII. Research and public health directions: Public health and clinical      perspectives: Is salt restriction for everyone? Hypertension 17(Suppl):I-216I-221, 1991.
10Kaplan, N.M.: New evidence on the role of sodium in hypertension. The intersalt Study. AJH 3:168-169, 1990.
11Muntzel, M. and Drueke, T.: A comprehensive review of the salt and blood pressure relationship. AJH 5:1s-42s,   1992.
12) Luft, F.C.: Salt and hypertension: Recent advances and perspectives. J Lab Clin Med l14:215-221, 1989.
13) Elliott, P., Marmot, M., Dyer, A., Joossens, J., Kesteloot,H., Stamler, R., Stamler, J. and Rose, G.: The           INTERSALT study: Main results, conclusions and some implications. Clin Exper Hypertens –Theory and Practice   All (5&6):1025-1034, 1989.