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たばこ産業 塩専売版  1994.07.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

食塩と高血圧に関する海外の報道(8)

編集者宛ての手紙を通じて論争

 イギリスにランセットという医学専門誌がある。これには医学に関する論文が掲載されるが、論文発表者が編集者宛てに手紙という形で自分の意見を発表する紙面がある。この度は今年の初めから塩と高血圧の問題で戦わされた論争を紹介する。
 問題を提起したのはパリのネッカー病院にいる腎臓の専門家であるデュリュッケ博士である。ランセットの11日号に掲載された彼の手紙に対して226日号で5通の手紙で学者が反論し、さらにまた、57日号で彼が反論したものである。ちなみに、デュリュッケ博士は2年前に京都で行われた第七回国際塩シンポジウムで、塩と健康問題に関するセクションのヨーロッパ代表としてコマネジャーにお願いした人である。 

11日号でデュリュッケ問題提起

19931030日にドイツのフライブルグでナトリウムと高血圧に関する会議が開催された。多くの栄養学者が招待され、食塩摂取量と高血圧に関する最近の疫学研究介入研究について講演した。
 1日のナトリウム摂取量が平均250 mmol(塩として15グラム)と仮定して、減塩は血圧を下げ、高血圧患者だけでなく国民全員に高血圧の予防という意味で利益がありそうである、と全員で合意したことに驚いた。講演はすべて一方側だけの議論で、もっとバランスのとれた意見や反対事実の発表は注意深く回避されていた。
 食塩摂取量を6グラムに下げても収縮期血圧で2 mmHg、拡張期血圧で1 mmHgしか下がらず、そのような減塩は長期間、集団では達成できないにもかかわらず、そこまで減塩すべきであると全員で合意した。国民の食習慣を変え、食品産業界を変えようとしている。そのような厳しい減塩の可能性や利益を議論せず、権威主義者的アドバイスしかしていない。高血圧をよりよく管理できる食べすぎやアルコールの飲みすぎを減らすアドバイスについては何もされなかった。

225日号で5通の手紙で反論

 ロンドンのセント・ジョージ医科大学病院のマクレガー博士は手紙で、デュリュッケの手紙の目的は食塩摂取量と血圧との関係についてはまだ議論があることを世界に広く考えさせることのようである、と述べている。西欧諸国の食塩摂取量の主な給源は加工食品であり、減塩するには食品産業界の協力が必要である。栄養が十分取れないことなどから中程度の減塩は危険であるとデュリュッケは主張し、ヨーロッパ、アメリカの塩産業界によって資金援助されて論文を発表しているが、専門誌の論説で痛烈に反駁された。
 ヘルシンキ大学のエロ・メルバーラらの手紙では、デュリュッケが指摘した減塩による血圧低下効果は低すぎるとしており、減塩は心臓肥大の減少、喘息の緩和、骨粗鬆症の危険性低下にも役立つとしている。集団全体の減塩は食塩代替物によって容易に達成されるとも書かれている。
  ロンドン衛生・熱帯医学校のエリオット博士、シカゴのノースウエスタン医科大学のスタムラー博士らの手紙は、減塩効果の過小評価を指摘している。減塩の可能性について疑問視しているが、ポルトガルの大きな社会的介入試験のように成功した例もある。集団で減塩を達成するには食品工業界の生産協力や減塩加工製品の幅広い普及が重要である。
 オーストラリアのタスマニアにある人口保健研究メンシーズ・センターのベアードは手紙の中で、正常な人々が低塩食で高血圧を予防できるとの主張は確認されておらず、倫理的観点からも事実を確認することは難しいとしている。中国では人口の大部分は体重、アルコール摂取量、習慣的な運動量が変わっていないのに、脳卒中が死因の第1原因になっていることから、高ナトリウム摂取量と低カリウム摂取量を修正する効果を調べている。
  平均24時間尿Na/K比を対照区の7/3に対して、試験食グループでは1/0近くにして、最適な電解質バランスをとりながら、薬剤を使わないで全面的な介入で年齢に伴う血圧上昇をチェックできると期待されている。
 ロンドンのセント・バーソロミューズ医科大学病院のロウらの意見はデュリュッケの減塩効果の低さの批判と血圧に及ぼす食塩の影響を強調している。西洋では摂取量が高いので、減塩が可能であり、食品産業の協力で容易に減塩できる。

57日号でデュリュッケ反論

 私の手紙がきっかけで、何人かの減塩主義者たちから多くの敵対した意見が出された、として各人の意見に対して反論し、私の目的は、会議で発表された内容が減塩を公衆保健の大きな課題としている意見を持つ人々からだけの発表に限られていたことに注意を向けることであったと述べている。
 以上のように専門誌に意見の相違が掲載されているが、焦点は偏向した意図の下に開催された会議の行きすぎた結論を正当化しようとしているところにあるように思われる。
 結論の出ていない塩と高血圧の問題では、実験手法の相違による結果の相違、解釈の相違から学者の間でこのような論争がまだまだ続きそうであるが、フェアーな態度が望まれ、我々は両方の意見を知って判断したい。