たばこ産業 塩専売版  1993.03.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社海水総合研究所所長

橋本壽夫

食塩と血圧について

10年間の研究レビュー

 昨年5月に、高血圧に関するアメリカの専門雑誌(AJH)に、ミュンツェルとデュルッケが、食塩と血圧に関する最近10年間の研究を、43ページにわたって総合的に検討した論文を発表した。著者の一人デュルッケは'昨年、京都で開催された国際塩シンポジウムにも来日し、座長や講演をしたパリにあるネッカー病院の先生である。この論文の中から、い-つかの話題を取り上げて紹介する。

高血圧との関係は未解明

 論文は次のような書き出しで始まっている。
 精力的に研究されてきたにもかかわらず、食塩摂取量と血圧との関係はまだ完全には解明されていない。食塩摂取量を減らしたときの血圧反応を種々の介入試験(減塩したときの反応をみる試験)で研究してきたが、結果は複雑で十分解明されていない。例えば、ミラーらは大勢の正常血圧者に食塩摂取量を19グラムから4グラムに12週間減らすように指示した。この減塩に対する血圧反応をに示す。

正常血圧成人の塩摂取量制限による平均動脈血圧の変化
 図 正常血圧成人の塩摂取量制限による平均動脈血圧の変化

 集団の平均値は1 mmHgだけ有意に減少したが、反応は様々で、ある者は食塩制限に対して血圧が下がり、ある者は変わらず、またある者は血圧が上がった。
 これは、各人に特有な生理学的、遺伝的特性によるものである。この自然に起こる生物学的多様性のため説明が大変難しくて、食塩と血圧との関係を述べている文献が矛盾していることがある(この図は82人の被験者に減塩をさせた結果で、右の数字は人数を示している。まったく血圧が変わらなかった人
5人、少しでも血圧が上がった人は24人、少しでも血圧の下がった人は53人いたことを表している。少なくとも29/82=0.35は減塩の効果はないし、血圧が10 mmHg以上17 mmHg上昇する人もいるので、すべての正常血圧者に減塩を強いることは危険であるという意見が出ている:著者注書)

食塩感受性も機構も未解明

 このようなことから、臨床的に必ず血圧降下を起こす人を見つけ出し、その人だけが減塩すればよい。しかし、食塩感受性の遺伝的あるいは生理学的標識を見つけ出す研究で、いくつかのおもしろい方向が示唆されているが、どうしてある人が食塩感受性で、他の人がそうでないのか、ということに対する簡単な答えはまだ得られていない。食塩感受性の反応機構もまだ解明されていない。
 食塩感受性の人は老人、肥満者、初めから血圧の比較的高い人に多いといわれている。しかし、低塩は高血圧者の30から60%にしか、そして正常血圧者の25から40%にしか有意な血圧降下を示せていない。

減塩は危険なこともある

 食塩感受性が判れば、その人たちは血圧を調整するための手投として低塩治療を施されるかもしれない。しかし、いくつかの研究によると、この食餌療法は血圧降下による利益以上の健康上の危険を伴うかもしれないことが示されている。例えば、不用意に急激な減塩をするとカルシウム、マグネシウム、亜鉛、鉄、ビタミンBを含めて他の栄養素を十分摂取できないことがある。また、塩分をかなり含んだパンを減らすと、それにより穀物や繊維の摂取量を減らすことになる。さらに、他の重要な食品類、特にセリアル、肉、乳製品を減らすことになる。
 厳しい食塩制限(0.61.2グラム/)では、疲労、食欲不振、悪心、筋肉痙れんを含めた逆の効果が出た。もっと重要なことは低ナトリウム血症、低塩素血症、特に食塩損失性の腎炎患者でしばしばみられる高窒素血症や食塩依存性尿毒症で示される腎機能の低下の場合である。動物試験では腎臓細管の壊死も起こった。
 低食塩では、血漿ノルエビネフリンとレニン濃度が増加することがある。高レニン自身は有害ではないかもしれないが、高レニンにより上昇したアンジオテンシンUは血管収縮と広範囲な血管損傷を起こし、平滑筋の増殖を促進するかもしれない。高レニン濃度はまた、心筋梗塞の危険性を増加することと関係があるが、この異常生理学的機構はまだ解明されていない。

工業化社会では減塩は困難

 食塩仮説を確かめようと思っても、西洋文化でみられる範囲内の食塩消費量の変化(612グラム/)では、血圧に全体的な影響を及ぼすことはないであろう。
 食塩摂取量を6グラム/日以下に下げることは、多分、西洋社会の集団レベルでは不可能であろう。西洋化された国々では、食塩摂取量の70から80%は加工食品から取られており、食塩摂取量を減らそうとする試みには大変な生活スタイルの変化が必要である。家族全員に適した低塩食を考え、用意できるほど両親には時間がない。低塩食はしばしば特別食として市販されているが、かなり高く容易に利用できるものではない。
 長期間の食塩制限は、個々人の強い意識と動機づけられた少数のグループだけに可能なように思われ、大集団のマスコミ利用による減塩は困難で、工業化された国では大規模な減塩を行うことは困難であろうと、いくつかの研究ではいわれている。

「複雑で不明確」を認識して対処

 人間の健康維持、特に心臓血管の危険性に食塩摂取量の重要性について議論が続けられることは間違いない。
 過去10年間にこの間題の複雑さに対する我々の理解は劇的に広がり、この分野の研究は我々の現在の知識に加えられ続けている。現在、決定的な結論、あるいは誰にでも当てはまる勧告は出せない。健康管理推進者、国民の健康基準を定める人々、食品工業界の人々、最終的には消費者のために、最も適正な対処法は血圧調整に及ぼす食塩摂取量の影響を理解するときに横たわっている複雑さと不明確さを認識することである、とこの論文は結んでいる。