たばこ産業 塩専売版  1993.08.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社海水総合研究所所長

橋本壽夫

介入試験(3)

集団社会単位の減塩介入

 減塩には実行の難しさと効果の不明確さがある。小人数の介入試験で減塩が有効であるという結果が出ても、それを全体にまで拡大して適用するには問題がある。これらのことから、大規模な介入試験の必要が叫ばれ、それを行った報告があるので紹介する。

ベルギーの町の介入試験

 ベルギーの東北部にある二つの町で、住民9,000人の町を対照区とし、住民12,000人の町を介入区としてマスメディアを使って減塩の介入試験を5年間行った結果が発表された(1988)。二つの町は50キロ離れており、食塩摂取量は比較的少なく、男子で11グラム/弱、女子で約8グラム/日であり、言語学的、人口続計的、社会経済的に類似しており、あまり費用をかけないで一般的な保健意識を高めるように介入することを目的としていた。介入手段としてはポスター、ステッカー、4ページのリーフレットなどのマスメディアを使い、過剰な食塩摂取量からくる健康障害を特に婦人や社会の中心となる人々に知らせるようにした。リーフレットには食塩摂取量を下げるために次の三点が説明されていた。
 @食卓に食塩振りかけ器を出さない。
 A家庭で調理する時、食塩を使わないようにする。
 B食塩が加えられていない食品を購入する。
 また、地方のラジオ局からインタビューやメッセージが放送され、地方の新聞にも掲載された。
 その結果、食塩摂取量は女子で平均1.5グラム/日、男子はその約半分の0.7グラム/日の低下であった。血圧については、女子で両方の町ともほぼ同じ程度(最高血圧で7.57.9 mmHg、最低血圧で2.33.0 mmHg)低下した。男子では介入区の町でわずかに低下したが、対照区の町でも食塩摂取量が低下(0.8グラム/)し、血圧にも変化があった(最高血圧で4.8 mmHgの低下、最低血圧で0.11 mmHgの上昇)ので、有意とはならなかった。
 結局、このマスメディア法による介入試験で減塩を達成するのは困難であるが、女子と50歳以上の人々では、ある程度減塩することができた。しかし、血圧に影響を与えることはできなかった、という結論であった。

ポルトガルの農村試験

 成人人口が約800人の小さな二つの農村で、一方を対照区とし、もう一方を減塩区として2年間の介入試験が行われた結果が発表された(1989)。これらの農村はリスボンから約90キロ離れたサンタレム郡部にあり、いずれも食塩摂取量が多く、約21グラム/日であり、住民の30%が最低血圧95 mmHg以上という高血圧であった。したがって一般的に高血圧に対する関心が高く、村の指導者との対話が良好な農村の方を介入区として選んだ。血圧はランダムに被験者を選んで測定された。
 食塩摂取量の半分は主婦が調理の時に加える塩からのもので、30%は塩漬け鱈からきており、調理、鱈、パンとソーセージの四種類の食塩供給源だけで全食塩摂取量の95%を占めていた。このことから、減塩指導は次の三点とした。
 @調理に使用する食塩を減らすこと。
 A鱈とソーセージの摂取量を減らすこと。
 Bパン作りに使う塩を減らすこと(2分の1の家庭でパンを作っている)
 試験チームのメンバーは定期的に介入区の農村に行き、集会で話し、家庭を訪問して主婦と話し、主婦の小グループで減塩調理の指導を行った。介入は農村の指導者、医師、看護婦によって強く支持された。
 その結果、食塩摂取量は2年後に12グラム/日となった。一番の低下原因は鱈を食べなくなったことで、次が調理に食塩を控えるようになったことである。血圧については、最高血圧で13.3 mmHg、最低血圧で6.1 mmHg低下した。このように介入によって高度に有意な結果が得られた。

介入試験の効果の相違

 二つの大規模な介入試験の結果を紹介した。最初のベルギーの試験ではマスメディアによる減塩は困難であり、効果もなかったというものであるが、二番目のポルトガルの試験は、介入が非常に有効に行われ、大きな効果があったというものであった。
 このように効果が大幅に違う理由は、設定された集団のベースラインの違いによるものと思われる。ポルトガルで効果が大きかったのは、もともと食塩摂取量が21グラム/日と非常に高く、高血圧になる率も高いため介入によって減塩しやすい状況にあったからである。一方、ベルギーでは既に食塩摂取量は10グラム/日前後まで下がっており、介入によってそれ以上に下げる余地はあまりなかったためと思われる。このことは12グラム/日以下に下がらない日本の減塩の状況とよく似ており、介入の効果は最初の状況に左右されるように思われる。今後いくつかの状況下で大規模な介入試験が行われれば、介入の意義が一層明らかになるであろう。