保健の科学 第35巻 第6  420-422ページ 1993

連載6 食塩と高血圧

介入試験

       橋本壽夫
                                              日本たばこ産業株式会社
                                              海水総合研究所所長

「食塩が高血圧の原因となっている」と言うのは厳密に言えば「なっているのではないか」と言うひとつの仮説にすぎない。その食塩仮説を証明するために、あるいは減塩の効果を見極めるために介入試験が行なわれる。つまり実際に減塩させたとき、あるいは食塩負荷をかけて増塩させたときに、どのような応答が血圧に現われるのか?ヒトについて調べた結果をいくつか紹介する。

高血圧者の食事介入研究

 Langfordらは高血圧老を無作為に設定したナトリウム制限食群と通常食群とに分けて比較した1)。この研究はすでに5年間以上の薬物投与を受けている高血圧者を対象としたものであるため、初めて高血圧症と診断された軽度高血圧者にはこの結果を適用できない。研究は食事介入開始前に薬剤投与を中止して、ナトリウム制限食によってどのくらい薬剤投与の中止を続けられる期間を延ばせるかを調べたものである。
 結果をみると、ナトリウム制限食群患者の約60%が尿中ナトリウム排泄量を100 mEq(5.9 g食塩の摂取量)以下に減らすことができ、ナトリウム摂取量を減らすのに成功した患者の54%が少なくとも56週間にわたって薬剤投与されないでも血圧は良好であった。しかし、ナトリウム摂取量をこの程度まで減らせなかった患者でも、ほぼ同じ率である56%が薬剤投与を必要としなかった。多変量解析の結果、ナトリウム制限に良く応答し、薬剤が不要となる患者を選定するのに役立つ要因を見い出せなかった。介入群と対照群との比較では、ナトリウム制限の成功、不成功にかかわらず、ナトリウム制限食に対する血圧応答にはほとんど差がなかった。このことから、ナトリウム制限食群ではナトリウム制限以外の要因により血圧が改善された可能性がある。肥満者の場合、ナトリウム制限は効果がなくても減量は効果的であった。
 この結果とStamlerらの高血圧制御プログラムの結果2)から、ナトリウム制限の有効性に対する完全な答えは臨床試験では得られず、その後の臨床試験からもナトリウム制限が有効な治療法であることを示す臨床データは得られていない、とWassertheil-Smoller and Lamportは述べている3)

ナトリウム制限食に対する正常血圧者の血圧応答

 高血圧症成人のナトリウム制限効果を厳しいナトリウム制限によって調べた介入試験は多くあるが、ゆるやかなナトリウム制限による正常血圧者の血圧応答についてはほとんど何も分かっていないことから、Millerらは正常血圧老成人のナトリウム摂取量制限に対する血圧応答効果を調べた4)。対象者は82(男子36、女子46)175 mEq(4.4 g食塩)以下のナトリウム制限食を12週間食べさせた。全体ではナトリウム制限食期に平均動脈血圧がわずかながら有意(p<0.01)に低下した。血圧変化は年齢と有意に相関していた(r=0.23p<0.05)。対象者を40歳以上と以下に分けると、ナトリウム制限食期に血圧低下が起こる可能性は40歳以上の人々の方が高く、40歳以下の人々は集団としては血圧変化を示さなかった。個々にみると血圧応答はまちまちで、血圧が上昇した人々も何人かいたことから、ナトリウム制限食は正常血圧者成人にとっては必ずしも無害ではないことを示しているのではないか、と述べている。

減塩効果の試験

 オーストラリアではChalmers委員長の下で食塩摂取量の研究管理委員会が減塩効果の研究を行なった。拡張期血圧が90から100 mmHgの未治療患者88(平均年齢58.6±1.1歳、男子73、女子15)1日ナトリウム摂取量80 mmol(4.7 g食塩)以下をベースとして、それに80 mmolの徐放性錠剤食塩を追加して与えた場合とプラセボ錠剤食塩の入っていない偽薬)として与えた場合を途中で入れ替えた結果によると、低ナトリウム期と高ナトリウム期の収縮期血圧と拡張期血圧の差はそれぞれ3.6±0.7 mmHg2.1±0.4 mmHgであった(p<0.005)。ナトリウム制限による降圧効果を収縮期血圧で3.5-5.5 mmHg、拡張期血圧で23.5 mmHgと推定している5)
 また、同様の試験方法による別の研究では、食事介入前の血圧、体重、年齢で補正した後に多変量解析を行なったところ、ナトリウム制限による収縮期血圧は5.5 mmHgから4.8 mmHgに効果が減少したが(p<0.005)、拡張期血圧に対する効果は有意でなかったと報告している6)

都市単位の介入試験

 Staessenらはベルギーの2つの都市のあいだで、1つの都市はマスコミを通じて減塩を呼び掛け、もう1つの都市は何にもしないでコントロールとして観察するだけの介入試験を5年間にわたって2,211人の被験老で行なった7)。介入した都市の20歳以上の女性では、ナトリウム摂取量が25 mmol(1.5 gNaCl)減ったが、収縮期血圧と拡張期血圧は両都市とも同程度の減少(-7.5から-7.9-2.3から-3.0 mmHg)を示した。男性では、介入した都市が12 mmolの減少で、血圧は収縮期血圧で-5.6と拡張期血圧で-2.4 mmHgとなり、有意差はなく、結論としてマスコミによる減塩は困難であった、としている。

食塩負荷試験

 減塩により血圧が下がるのであれば増塩(食塩負荷)によって血圧は上昇するはずである。Luftらは黒人と白人の間で尿中ナトリウム排泄量(食塩摂取量)と血圧との問の関係に人種的な差があるのかどうかを調べるために3日間という短期間ではあるが、過酷なナトリウム負荷試験を行なった。14人の健康な男子の正常血圧者(黒人、白人7人ずつで平均年齢32)に一日10, 300, 600, 800, 1,200, 1,500 mEq(それぞれ0.6, 17.6, 35.1, 46.8, 70.2, 87.6 gの食塩)のナトリウム負荷を行なった。ただし、1,500 mEqまでの負荷をかけられたのは8(4人ずつ)であった。ナトリウム摂取量が10 mEqの時の収縮期血圧/拡張期血圧は113±2/69±2 mmHgであったが、1,500 mEqのナトリウム摂取量になると131±4/85±3 mmHgに上昇し(p<0.001)、白人よりも黒人の方が血圧が高くなったと述べている8)。食塩負荷により血圧はかなり上昇しているが、常識的には考えられないような大量の食塩負荷であり、300 mEqの負荷時の血圧値は117±2/70±2 mmHgでわずかに上昇している程度であるが、個別に見ると血圧がかえって下がっている人もいた。
 Kirkendallらは8人の正常血圧者に一日10, 210, 410 mEq(それぞれ0.6, 12.3, 24.0 gの食塩)のナトリウムを4週間与えた後の血圧に何の変化も認めなかった9)

まとめ

 以上、ヒトについて行なわれたいくつかの介入試験について述べてきたが、減塩は必ずしも血圧低下の効果を示すものではないし、害になることもあり得ることが示唆され、また、常識的な増塩は必ずしも血圧上昇の害があるものではないし、血圧低下の効果があり得ることも示唆された。

引用文献

1) Langford HG, Blaufox MD, Oberman A, Hawkins CM, Curb JD, Cutter GR, Wassertheil-Smoller S, Pressel S,     Babcock C, Abernathy JD, Hotchkiss J and Tyler M: Dietary therapy slows the return of hypertension after      stopping prolonged medication. JAMA 253:657-664, 1985.
2) Stamler R, Stamler J, Grimm R, Gosch FC, Elmer P, Dyer A, Berman R, Fishman J, VanHeel N, Civinelli J and     Mc-Donald A: Nutrition therapy for high blood pressure: Final report of a four-year randomized controlled trial-    The Hypertension Control Program. JAMA 257:1484-1491, 1987.
3) Wassertheil-Smoller S and Lamport B: Epidemiology of nutrition and hypertension. In: Langford H, Levine B and    Ellenbogen L (Eds), Nutritional Factors in Hypertension, Alan R. Liss, Inc., pp.17-34, 1990.
4) Miller JZ, Weinberger MH, Daugherty SA, Fineberg NS, Christian JC and Grim CE: Heterogeneity of blood       pressure response to dietary sodium restriction in normotensive adults. J Chron Dis 40:245-250, 1987.
5) Australian National Health & Medical Research Council Dietary Salt Study Management Committee: Effects of    replacing sodium intake in subjects on a low sodium diet: A crossover study. Clin Exper Hyper-Theory and      Practice All (5&6):1011-1024, 1989.
6) Australian National Health & Medical Research Council Dietary Salt Study Management Committee: Fall in blood   pressure with modest reduction in dietary salt intake in mild hypertension. The Lancet 25:399-402, 1989       February.
7) Staessen J, Bulpitt CJ, Fagard R, Joossens JV, Lijnen P and Amery A: Salt intake and blood pressure in the     general population: A controlled intervention trial in two towns. J Hypertens 6:965-973, 1988.
8) Luft FC, Rankin LI, Bloch R, Weyman AE, Willis LR, Murray RH, Grim CE and Weinberger MH: Cardiovascular and    humoral responses to extremes of sodium intake in normal black and white men. Circulation 60:697-706, 1979.
9) Kirkendall WM, Connor WE, Abboud F, Rastogi SP, Anderson TA and Fry M: The effect of dietary sodium
  chloride on blood pressure, body fluids, electrolytes renal function, and serum lipids of normotensive man. J Lab   Clin Med 87:418-434, 1976.