たばこ産業 塩専売版  1993.02.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

第七回国際塩シンポジウムにおける塩と健康問題

 第七回国際塩シンポジウムは、昨年(平成4)4月、京都で600人以上の参加者を集めて三日間開催された。
 外国からも約300人の参加があり、会議の概要は終了直後に本紙でも紹介された。また、講演の一部についても、その後から編集者がこれまで毎回紹介してきた。
 私は、このシンポジウムの事務局長、プログラム委員長として多忙であり、シンポジウム後もその論文集の編集、出版で忙しかったので、長らく続けてきたこの欄も、昨年2月以来休んできたが、ようやく、その仕事も一段落着いたので、また少しずつ書こうと思っている。
 シンポジウムでは、大きなテーマの1つとして塩と健康問題が取り上げられ、招待講演1件を含めて37件の発表があった。そのうち、日本からは18件が発表された。
 このテーマは、もう少し細かく分類されて、次のようになっていた。
 食塩摂取量と高血圧の関係(11)、急性ナトリウム負荷と血庄応答(7)、細胞膜中のイオン移動と病態生理(5)ヨード欠乏症とヨード添加塩(5)、栄養問題(3)、ナトリウム・バランス制御ホルモン(5)。内容はいずれも専門的で難しく、私たちに馴染みやすく興味を持ちやすいテーマは、減塩政策と疫学調査に関する発表であった。それらを二、三紹介する。
 塩と健康問題は、アメリカでは日本以上に関心が高く、アメリカ政府は食塩の過剰摂取からくる高血圧を予防し、これにより冠状動脈心疾患による死亡率を低下させようとして厳しい減塩政策を進めている。これに対してアメリカの塩生産者の団体である塩協会(ソルト・インスティテュート)は、この政策が科学的根拠に基づいたものではないと反発し、いろいろな場で科学的根拠に基づいて政策を進めるよう政府に働きかけている。
 この度のシンポジウムでも、理事長のハンネマンはアメリカの減塩政策〃という題で講演した。その内容に触れてみる。
 〃医学専門家は、全体的な減塩が安全であるとも、公衆の保健政策に効果的であるとも言っていないけれども、アメリカや他の工業国は高血圧でない他の健康な人々を含めて、全員が高血圧になることを予防するためにナトリウム摂取量を減らすように勧めてきた。しかし、それは科学的根拠に基づいたものではない″として、食塩摂取量と血圧応答に関する研究の結果を歴史的に解説し、そのどこにも減塩を勧めるべき根拠がみられないことを強調した。そして、コンシューマー・レポート(消費者向けの雑誌)が塩と血圧の問題について、経時的にどのように報道してきたか、次のように述べた。
 "1979年の報道では、どのようにナトリウムが血圧に影響を及ぼすかについては、正確にはまだ分かっていない〃という内容であった。1984年の報道では、最近までナトリウムを減らすという忠告は高血圧の人だけか、または高血圧になる危険性のある人々だけを対象としていた。しかし、現在の忠告はアメリカ人全体を対象としている。過剰なナトリウム摂取量が実際に高血圧の原因になる、あるいはナトリウム摂取量低減は高血圧を予防するという証拠はないので、議論が白熱している≠ニいう内容であった。1990年の報道では、ほとんどのアメサカ人にとって食塩摂取量は多分それほど健康障害とはならない。異なった文化間よりも同一集団内で高血圧発症率が研究されたとき、食塩摂取量と高血圧との関係はなくなった。同じ社会に住んでいる人々の間の研究では、塩と高血圧の関係は繰り返し否定されてきた″と発表した。
 このように、この雑誌は絶えず減塩に対して批判的な報道をしてきたのである。

 そして、ハンネマンは最後に、隔離された原始民族が塩を食べないで高血圧にならないことを知っているが、発育が悪く、野蛮で短命な生活を送っている。アメリカ人にとってより良いモデルは、世界一高い食塩摂取量でありながら、世界一長寿を楽しんでいる日本人ではなかろうか≠ニ講演をしめくくった。
 東京大学の柏崎教授はボリビアの高地住民アイマラ族の血圧と塩摂取量〃という題で講演した。高地住民は、低地住民より血圧が低く、高血圧発症率も低く、冠状動脈疾患の危険率も低いといわれてきた。最近の研究では、これと反対の結果も出ている。しかし、これらの現象を説明する情報が少ない〃として、アンデス山脈の海抜4,000メートル以上の所と、低地に住むボリビア人について比較研究した

 調査した内容はに示す通りで、″sxの変化による血圧の変化には有意差がなかった。高地住民はナトリウムとカリウムの尿排泄量が予想より高く、低地住民の2(食塩15グラム)を示した″という発表であった。

表 ボリビアにおける居住地域別食塩摂取量と血圧
高地住民 低地住民
男子 女子 男子 女子
被験者 111 111 200 192
塩摂取量(g/日) 16 14 7.6 6.4
年齢(平均、標準偏差) 47.7、15.5 47.0、15.5 41.9、15.2 36.2、11.3
拡張期血圧(mmHg) 70-80 68-80 68-79 66-73
収縮期血圧(mmHg) 112-124 102-122 110-123 108-139

年齢とともに血圧が上昇していく傾向はみられたが、食塩摂取量が高いにもかかわらず血圧値は正常であった〃
 九州大学の川崎教授はネパールの丘陵地帯と都市近郷のそれぞれの村との間の高血圧発症率の差に影響する要因〃と題して講演した。丘陵地村男子206人、女子212人、都市近郷村男子265人、女子244人を調査し、同じ食塩摂取量1113グラム/日でありながら丘陵地住民には高血圧者が少なかった。このことから、血圧は運動、脂肪量、栄養消費量に影響されるのかもしれない。特に激しい作業と体脂肪が少ないことが高塩分摂取の逆効果を弱めるのかもしれない″という発表であった。
 塩と健康問題について新しい事実が発見されるにつれて、この間題の複雑さが増してきており、単純な考え方で対処できなくなってきている。つまり、全員が減塩すべきであるという考え方は後退しつつある。