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たばこ塩産業 塩事業版  2010.4.25

塩・話・解・題 61 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

ナトリウムとカリウム 働きと血圧に及ぼす影響

 

 ナトリウムとカリウムは体内で重要な働きをしている。それはどう言うことか?血圧との関係でナトリウムは摂り過ぎが問題となっているが、カリウムは摂取量が少なくて問題となっている。しかし、腎機能との関係でカリウムは摂り過ぎると致命的な問題を引起す。摂取比率を改善しようとの考えもある。これらの背景を考えてみよう。

kg当たり3 gの塩 体内ではどこにあるか

 ヒトの体にはkg当たり3 gの塩が含まれている。体重70 kgの人では210 gの塩が含まれていることになる。
  これをナトリウムに換算すると83 gとなる。血液を舐めると薄い塩味がすることで分かるように、ナトリウムは血液中にもあるが、骨の中にもあり、細胞を取り囲んでいる間質液にもある。これらの液は細胞外液と言われる。細胞外液中のナトリウム濃度は腎臓の働きにより一定に保たれている。
 一方、カリウムはkg当たり2 g含まれており、塩化カリウムに換算すると3.8 gとなるので体重70 kgの人では266 gの塩化カリウムが含まれていることになる。
  カリウムがあるところは細胞内液で、消化管から吸収されたカリウムは先ず細胞外液に入り、そこから細胞壁にあるカリウム・チャネルを通して細胞内に取り込まれる。

細胞内外の浸透圧を調整 互いに拮抗的に作用

 ナトリウムとカリウムは体の中で拮抗的に働いている。ナトリウムは細胞外液で濃度が高く(カリウム濃度は低い)浸透圧を支配し、カリウムは細胞内液で濃度が高く(ナトリウム濃度は低い)浸透圧を支配している。ナトリウムとカリウムよって細胞内外の浸透圧が等しくバランスしているので、正常な細胞形状を維持でき、細胞は正常な機能を発揮できる。
 ナトリウムは細胞外液量を調節している。摂取されたナトリウムを排泄できないほど腎臓のナトリウム排泄機能が低下していると、細胞外液中のナトリウム濃度が上昇し、ナトリウム濃度を下げようと水が入って血液量が増えるので、血管内の圧力が上がり、血圧が高くなる。この状態が続くと高血圧症になる。
  この他にナトリウムとカリウムは酸・塩基(アルカリ)平衡を維持する。体液の酸・塩基状態を表すpH値は非常に狭い範囲内に維持されており、そこからpH値が酸性側、アルカリ性側にずれると、身体に重要な障害が現れるので一定に維持することが重要となる。また、いずれも神経刺激を伝達させる。神経細胞内へこれらのイオンが出入りすることにより細胞膜を挟んで膜電位という電位差が生じて刺激が伝わっていく。筋肉運動が起こる仕組みである。カリウムは心筋の収縮運動を支配する機能を持っており、一定に維持されている細胞外液中のカリウム濃度が何らかの原因で高くなる現象が起こると、高カリウム血症となり心臓が停止することもあるので、腎臓機能との関係で摂り方には注意が必要だ。
 腎臓の糸球体でナトリウムとカリウムは血圧によりろ過されるが、ほとんどのナトリウムは再吸収されて、摂取量に見合った量だけ排泄される。このときカリウムはナトリウムの再吸収を抑制する働きがあるので、結果的にナトリウムの排泄に寄与し、血圧を下げる効果がある。

ヒトの腎臓では Naは保持、Kは排泄

 ナトリウムもカリウムも食事から摂取しなければならない。自然界にはナトリウムやカリウムと結合した化合物が多く、それらの化合物を摂取することにより腸壁から体内に取り込まれる。ナトリウムは主に塩化ナトリウム(食塩)として摂取される。食塩は食欲増進剤で、後天的に獲得される味覚の塩味が好まれるからだ。カリウムは果物や野菜、海藻に多く含まれている。化合物としては塩化カリウムであると思われる。塩化カリウムはカリ鉱石として岩塩同様に産出されるが、食用には使われない。塩味がしないからだ。塩化カリウムの味については「苦味のある塩辛さ」と表現されている。果たして塩辛いか?塩化ナトリウムに塩化カリウムを半分加えた塩が減塩用の塩として販売されているので舐めてみるとよい。経験したことのない味で、少し冷たい感じの刺激的な表現しようのない味とわずかな塩味がするが、後口が悪い。つまり不味い。
 日本人の食事摂取基準」の2010年版で、ナトリウムの1日当たり目標摂取量は男性で3.54 g(食塩換算で9.0 g)未満、女性で2.95 g(食塩で7.5 g)未満と定められた。カリウムについては男性で2.8-3.0 g(塩化カリウム換算で5.35-5.73 g)、女性で2.7-3.0 gとなっている。
  海外の論文によると、加工食品は劇的に自然食品中の陽イオン含有量を変化させ、ナトリウムを増加し、カリウムを低下させる。塩化ナトリウム摂取量の約12%だけが自然食品に起因し、一方、約80%は加工食品からの結果で、残りは調理中や食卓で自由に加えられるものとされている。
  ヒトの腎臓はナトリウムを保持し、カリウムを排泄するように維持されている。ナトリウムが少なくカリウムの多い食事をしていた有史前の人類はこの機構をよく働かせていた。そのような食事では、ナトリウム排泄量は無視できるほどで、カリウム排泄は高く、カリウム摂取量と一致していた。腎臓では90%以上のカリウム損失があり、残りは便から排泄される。しかし、この機構はナトリウムが多く、カリウムが少ない近代的な食事には向いていない。高血圧患者では、この食事に適応するために最終的に腎臓の機能不全になってナトリウムの過剰とカリウムの欠乏が生じ、高血圧になることを図1に示している。

現代の欧米食が腎臓との相互作用で高血圧を発症させる機構

高血圧の予防と治療に向け Na制限とK補給を提案 米国高血圧教育プログラム

 ナトリウムとカリウムの摂取で、それらの摂取比率を改善しようとの考え方がある。狩猟採取生活で自然食を食べている孤立した集団は150 mmol/d以上のカリウム摂取量とわずか20-40 mmol/dのナトリウム摂取量(K/Na比は3>で、通常10に近いカリウム摂取量)である。
  対照的に、工業化された諸国の人々は多くの加工食品を食べ、それによって30-70 mmol/dのカリウムと100-400 mmol/dのナトリウムを摂取している(通常のK/Na比は<0.4である)
  高血圧は孤立した社会の人々の1%以下、工業化された諸国では成人の約1/3に影響を及ぼす。
  これらの集団の高血圧発症率の差は通常、消費されるナトリウム量の差に帰されてきたが、カリウム摂取量の差も反映している。孤立した集団が都会へ移住すると、必ず加齢に伴う血圧上昇が起こり、新しい土地でK/Na比が低下するにつれて高血圧発症率は上昇したという結果もある。
  インターソルト研究では尿中のK/Na比は血圧と有意に逆相関していた。この比はナトリウム排泄量またはカリウム排泄量のいずれかだけよりも血圧と統計的に強い関係を生み出した。
  血圧に及ぼすカリウム摂取量の増加効果を評価した33件のランダム化された試験のメタアナリシスでは、高血圧被験者ではカリウム補給が平均して収縮期血圧を4.4 mmHg、拡張期血圧を2.5 mmHg、それぞれ低下させ、正常血圧被験者では収縮期血圧を1.8 mmHg、拡張期血圧を1.0 mmHg、それぞれ低下させると言う結果であった。また、カリウム補給は降圧剤治療の必要性を低下させた。
  アメリカは2002年の食事勧告で、高血圧を予防し治療する方法として国民高血圧教育プログラムの共同委員会はナトリウム制限とカリウム補給の両方を提案した。
  医学研究所の勧告は約0.2から約2.010倍にK/Na比を上昇させることであり、それは古代食の標準にずっと近い。ヒトの祖先の食事で高いK/Na比に近づける改善された食事は高血圧の一次予防や治療のための重要な戦略であると認識されている。果物・野菜の摂取量を多くする高血圧予防食(DASH)が勧められている根拠でもある。

 CODEXについて 先月号について読者から認識違いの指摘があったのでお詫びし、CODEXの取扱いについて追記する。CODEX規格(国際食品規格)は国際貿易の円滑化を図るために制定された判断基準であり、受諾を要請されるものではない。食品貿易の障害を世界貿易機関(WTO)の場で審議する際の判断基準である。自国内の規格はCODEX基準に基づくよう加盟国に求めているが、強制ではない。規格内容に異議があれば、修正提案できる。