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たばこ塩産業 塩事業版  2009.5.25

塩・話・解・題 50 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

厚生労働省 特別用途食品制度 見直しの影響

 

 厚生労働省は昨年、特別用途食品制度のあり方に関する検討会を開催し、対象食品範囲の見直しを行った。その中で病者用食品の低ナトリウム食品が除外されることが提案され、41日から実施された。1年間の経過措置があり、現在の表示が変わるが、それに伴ってどのような影響が生ずるかを考えてみたい。

「低ナトリウム食品」を対象から除外

「食塩摂取制限」のための食塩?

 病者用特別用途食品の低ナトリウム食品は厚生労働省の許可を必要とし、主に高血圧、腎不全、糖尿病性腎症、心疾患などの場合、医師の指示のもとに利用される食品だ。廃止直前の3月末では128点の商品があった。ほとんどは減塩しょうゆで、一部、減塩みそと塩化カリウム入りの塩である。許可基準の一つには、通常の同種食品のナトリウム含有量の50%以下とされていた。同省はこれらの製品に対して許可責任を負っていた。
 この食品に許容される特別用途の表示範囲が定められており、「ナトリウム摂取制限を必要とする疾患(高血圧、全身性浮腫疾患(腎臓疾患、心臓疾患)に適する旨)」を商品に記載しても良いことになっていたので、例えば、「健康な方の健康管理用に、又医師に食塩(ナトリウム)摂取制限を指示されている方(高血圧、全身性浮腫、心臓・腎臓疾患、妊婦、肥満体など)におすすめする食塩です。」と表示されていた。
  この文言の中で「食塩」の代わりに「しょうゆ」、「みそ」となっておればまったく問題はないが、「食塩」となると塩化ナトリウムの代わりに塩化カリウムが入っているので、次に述べるように問題となる。

味覚を誤魔化す「塩化カリウム」

最近、商品数が増加してきた塩化カリウムが50%添加された塩の低ナトリウム食品についてはその危険性についてこれまで再三述べてきた。
 減塩しょうゆと減塩みそについては減塩による塩辛さの低下を旨味で補っている。とは言っても全体的には旨さに欠けることから、塩化ナトリウムの代わりに塩化カリウムを使って醸造を行う開発研究が行われているが良い結果は出ていない。微生物が発酵醸造で旨味成分を製造する増殖条件、代謝条件は決まっているからだ。微生物は塩化ナトリウム、塩化カリウム両者の違いを見極めており誤魔化せない。したがって、通常の製法で製造されたしょうゆをイオン交換膜透析法で脱塩し、旨味を残し減塩しょうゆとしている。みそではこの技術が使えないので商品は少ない。

 人間の味覚はある程度誤魔化せる。塩化カリウム入りの塩の商品と販売量が増えているのはそのことによる。しかし、塩化カリウム100%となると誤魔化せない。塩化カリウムが食品添加物に指定された時期に販売されたそのような商品はほとんど売れなかった。
 心臓に及ぼす生理的な作用は塩化ナトリウムとは異なる。そのことを生体は厳格に認識する。血中の塩化カリウム濃度は低いので、塩化カリウムの摂取により血中濃度は上昇して高カリウム血症になりやすい。そうなると心臓の鼓動が停止する。これが塩化カリウム入りの低ナトリウム食品が危険であるとする理由だ。海外の医療専門家達は使用すべきでないと警告している。

「栄養強調表示で対応」

低ナトリウム食品除外の論拠

 低ナトリウム食品を除外するための検討会では、以下の考え方が示された。
  低ナトリウム食品は病者用単一食品であり、『病者に適切な栄養管理という観点からは、単一食品だけでは必要な栄養摂取が達成できないとともに、栄養成分の含有量が低い食品であってもこれを大量摂取することは不適切なことから、栄養成分表示に基づく的確な摂取量の管理自体が必要と考えられる。
  他方、栄養表示基準においては(中略)低ナトリウムに関する栄養強調表示の基準が既に定められており、代替的な機能を果たし得ることから、特定用途食品の許可の対象から除外すべきもの考える。これは生活習慣病の予防が重要な国民的課題となる中で、一般的な保健対策として(中略)ナトリウム摂取量の減少が取り組まれているが、こうした取組は専ら病者に限定されるべきものではなく、広く栄養強調表示において対応すべきものと考えられることとも整合的である。』

比較検討できぬ商品の強調表示

 栄養表示基準制度は、食品の栄養成分に関する適切な情報を広く提供することにより、食を通じた健康づくりを推進するために制度化された。加工食品の栄養成分等の表示に一定のルール化を図り、消費者が食品を選択する上で適切な情報を提供することを目的としている。 はその事例を示したものである。表題は「標準栄養成分(1食分○○ g当たり)」としても良い。商品では何らかの栄養成分を強調して表示することにより販売促進を図るのが通常である。その時、事例に示した項目の一つでも表示したいときには、この5項目すべてをこの順序で表示する義務がある。その後に任意の栄養成分を記載することができる。
 虚偽・誇大表示は禁止されているが、強調表示はできる。しかし、それにはその裏付けとなるデータ表示が必要。しかし、そのデータを見て消費者が的確に判断できるかどうかは疑問だ。消費者がよほどの情報を持っていないと比較検討できない。

栄養成分表示(100 g当たり)
エネルギー ○○ kcal
たんぱく質 ○○ g
脂質 ○○ g
炭水化物 ○○ g
ナトリウム ○○ mg

 歯止めなくなり事故の危険性が

 これまで減塩と表示できるための減塩の程度が決められていたが、対象食品から外されたので「減塩しょうゆ」との謳い文句は残るであろうが、減塩の程度はゆるやかになるかもしれない。減塩みそは製造しやすくなる可能性が出てくる。
 問題は塩の場合である。海外ではこのような低ナトリウム塩については健常者用として医者の監督下で用いるように記載されている。日本では病者用としてこれまで医師、管理栄養士等の相談・指導を得て使用することが適当である旨を表示しなければならなかったが、その必要がなくなる。つまり使用に当たっての歯止めがなくなり、危険性が増大する。その上、厚生労働省の許可製品として、これまで政府お墨付きの強調表示とも言える「減塩を指示されている人にお勧めの塩です」などの表示が残るとすればますます危険となる上に、同省の許可責任はなくなる。栄養表示基準に基づき製品100 g中ナトリウムについては19,700 mgと書き、その下に強調表示できるカリウムについては26,200 mgと書くことになるだろう。
 消費者はその危険性を理解しないまま、良い商品として受け入れる可能性があり、事故が起これば製造者の責任は重い。もちろん塩化カリウムを食品添加物として許可し、使用制限を設けていない厚生労働省の責任も免れない。