たばこ産業 塩専売版  1996.05.25

「塩と健康の科学」シリーズ

(財)ソルト・サイエンス研究財団研究参与

橋本壽夫

神経伝達におけるナトリウムの働き

 ナトリウムの生理的な働きの一つとしてナトリウム・イオンが神経伝達に関与していることがあげられている。これはどういうことか、久保田競編「脳の謎を解くA」(朝日文庫)から紹介する。

神経細胞

 虫歯の治療では何ともいえない痛さや不愉快さを感じる。神経があるからである。麻酔をかけられて、その神経を細い針金に巻きつけて取られると、何をされても平気である。この神経は神経細胞(ニューロンといわれる)で構成されており、それには核のある細胞体の周りに多くの樹状突起と細長い軸索という突起がついている。その一番長いものは腰から足の先まで達しているもので1メートルほどもある。軸索の役割の一つは活性電位と呼ばれる電気信号を発生し、その情報を他の細胞に伝えることである。軸索が切れると電気信号である情報が伝わらなくなり、痛さを感じなくなったり、運動ができなくなったりする。
 神経細胞は通常、水やイオンを通さない細胞膜で仕切られている。しかし、この膜にはタンパク質でできた特定のイオンを特定の時だけ流す多くの小さな通路がある。この通路はイオン・チャンネルと呼ばれる。

イオン・チャンネルの働き

 このイオン・チャンネルは非常に速くイオンを通し、速いものでは一秒間に一億個ものイオンを通す。カリウム・イオンを通すものはカリウム・チャンネルと呼ばれ、カリウム・イオンは他のイオンの100倍も通りやすい。ナトリウムを通すものはナトリウム・チャンネルと呼ばれ、ナトリウム・イオンはカリウム・イオンの10倍から20倍も通りやすい。このチャンネルは情報を受け取る部分、通路の開閉を制御する扉の部分、イオンを選択するフィルターの部分からなっている。そして、伝える情報の種類からチャンネルは四種類考えられている。細胞内外の電位差を感じて開閉する電位依存性チャンネル、伝達物質と結合することで開閉する伝達物質依存性チャンネル、物理的な力で開閉するチャンネル、チャンネルを構成するタンパク質へのリン酸の結合によって開閉するチャンネルである。

細胞内外の環境

細胞の中と外には水があり、その中にプラスやマイスになったイオンがある。
 細胞内の液にはプラスのカリウム・イオン(K+)とマイナスの他のイオン(A-)があり、細胞外の液にはプラスのナトリウム・イオン(Na+)とマイナスのクロライド・イオン(Cl-)がある。     

活性電位の発生機構

 は、いろいろなチャンネルを持っている細胞膜が最初の状態から刺激を受けて最初の状態に戻るまでの様子を表している。Aは休んでいる時の神経細胞の膜の状態である。どのチャンネルも閉じている。この時、細胞内は細胞外に対して約60ミリボルト電位が低くなっている(静止膜電位)Bは他の細胞から神経伝達物質(情報)を受けた時の様子で、伝達物質依存性ナトリウム・チャンネルが開き、ナトリウム・イオンが細胞内に入ってくる。Cは細胞内の電位が約マイナス50ミリボルトに達すると、電位依存性ナトリウム・チャンネルが開きナトリウムが一気に細胞内に入り、活性電位が生じる。同時に電位依存性カリウム・チャンネルも開き、カリウム・イオンが細胞外に出て、細胞内の電位はすぐ下がる。Dは電位依存性ナトリウム・チャンネルがすぐ閉じ、カリウム・チャンネルからのカリウム・イオンの流出によって細胞内の電位.が静止膜電位に戻るまでを表しており、戻ったらAの状態になる。

活性電位の発生機構
       図 活性電位の発生機構

 活性電位はナトリウム・イオンとカリウム・イオンだけで発生するものではなく、他のイオンの出入りによっても発生する。イオンの種類によって平衡電位(濃度差によってイオンが移動する力と電位差によって反対側に移動する力がつり合った時の電位)が異なるので、発生電位の高さも様々に変わり、複雑な応答として現れる。

活性電位(情報)の伝達

 活性電位が軸索を伝わりその末端部に達すると、他の細胞にその情報を渡す。この情報の受け渡しのための神経細胞同士の接着部分(継ぎ目)をシナプスと称する。シナプスでは情報を渡す側の細胞と受け取る側の細胞が非常に接近しており、一億分の35メートルの隙間で、情報が伝わりやすくなっている。
 シナプスでの情報の受け渡し方法には、電気信号をそのまま電気信号の形で伝えるものと、電気信号を神経伝達物質(化学物質で数多くの種類がある)の信号に変えて次の細胞に伝える二つの方法がある。伝えられた神経伝達物質は電気信号に再び変えられ軸索を伝わっていく。この場合は複雑な情報処理が行われ伝達速度は遅い。電気信号だけで伝わっていく場合の伝達速度は速く時速350400キロメートルにも達し、瞬間的に応答する場合に使われる。
 このようにナトリウムは他のイオンと共働して神経伝達機構で重要な役割を果たしている。