たばこ産業 塩専売版  1989.07.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

身体の中の塩の働き(2)

 前回の@浸透圧を一定に保つ働きA体内水分の調整、に引き続き身体の中の塩の働きを続ける。

 B酸・塩基平衡を保つ作用

 酸性、アルカリ(塩基)性という言葉を聞いたことがあると思う。酸はすっぱい味を連想するが、食酢の成分である酢酸、胃液の成分である塩酸、ミカンのすっぱさの成分であるクエン酸のように、酸性物質はすっぱい味がする。それではアルカリからはどんな味を連想するだろうか。
 水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化アンモニウム等のように水酸化という言葉がつく物質はアルカリ性だが、アルカリの味を共通して表現する言葉はない。一番身近なアルカリの味は重炭酸ナトリウム。すなわち、重曹とかふくらし粉とか呼ばれているものだ。
 話のついでにアルカリ性食品という言葉があるが、これは味がすっぱくてもアルカリ性食品といわれるので、ややこしくなる。食品中に含まれている無機物質の成分割合によって酸性食品、アルカリ性食品となる。
 イオウ、リン、塩素などを含む食品は体内で代謝されると酸を生じる。1方、ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムなどはアルカリを生じる。一般に動物性食品の肉類、魚介類、卵黄などはイオウを含むアミノ酸やリン酸を多く含んでいるので酸性食品であり、米、小麦などの穀類もリン酸を多く含んでいるので酸性食品となる。
 野菜、果物は一般にカリウム、カルシウムなどにより、また牛乳はカルシウムによりアルカリ性食品。その他、卵白、とうふ、いも、きのこ、茶、コーヒーもアルカリ性食品に入る。
 この酸性、アルカリ性の度合いを表す言葉としてpH(ペーハー)が使われる。pH7といえば、酸性でもアルカリ性でもなく、中性といわれる。7より小さいpH値であれば酸性、大きいpH値であればアルカリ性となる。
 ところで人間の体は全般的に中性から弱アルカリ性の範囲で一定に保たれている。例えば、血液のpH7.37.4だし、筋肉などでは7.0付近となる。pHを一定に保つことが細胞の生命活動のために重要な条件となっている。体液の酸・塩基平衡が崩れて血液のpHを酸性側に傾けるような病気の状態をアシドーシスという。
 このような状態になると、脱力感、頭痛、意識障害、不整脈、低血圧といった症状が出る。

 食塩は水溶液中ではナトリウム・イオンNa+と塩化物イオンCl-になっており、それぞれのイオンは強アルカリ性と強酸性を示すアルカリと酸の成分だが、両方とも同じ量(当量)ずつあるので中性を示す。体内に入った食塩のナトリウムのかなりの部分は、重炭酸塩NaHCO3、あるいは第二リン酸塩Na2HPO4のようなナトリウム塩として存在する。タンパク質のナトリウム塩としても存在する。
 これらの塩(えん)は緩衝物質といわれ、水溶液の中ではイオンになる割合が少ないので、相対的に弱いアルカリ性を示す。例えば、血液のpH7.37.4の弱アルカリ性を保っており、酸やアルカリが入ってきてもあまり変化しないようになっている。これを緩衝作用という。
  細胞内の代謝では酸を生成する機会が多く、例えばエネルギー源のブドウ糖が分解すればピルビン酸や乳酸ができるし、タンパク質からはアミノ酸が、脂肪から脂肪酸ができる。細胞内ではカリウム・イオンなどがこれらの酸を中和するが、これらが細胞外液に出てきた場合には、前述のナトリウム塩が中和してpHを低下させないようにしている。
 特に血漿に含まれている重曹(NaHCO3)は最も有力な中和剤で、真っ先に反応する。その量が多い状態では「酸の侵入に強い状態にある」といえる。このようなことから、血中の重曹を中心とする炭酸系化合物の総和を特に「予備アルカリ」といっている。
 このような理由で、食塩のナトリウムは緩衝物質となって体液のpH調整に重要な役割を演じている。