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2018.02.01

書籍「長生きできて、料理もおいしい!すごい塩」の

フェイクな記載 1

 

 これまで塩に関する本について何回かコメントしてきました。この度、「長生きできて、料理もおいしい!すごい塩」なる本を読んで、多くの記述でかなり間違って認識されていることが分かりました。書かれていることについて逐次コメントしたいと思います。著者の白澤卓二氏については、20161125日発売の週刊ポストに記載されており、天然塩を礼賛してその成分を間違って認識していることを本記事で指摘したことがあります。

間違った認識は本書でも随所に見られます。本書のスタンスは自然塩礼賛で、減塩する必要はないが、精製塩(本書ではこの言葉をイオン交換膜製塩法による製品の食塩を指している)は悪い製品で減塩すべきとしています。

ファクトはないのに印象か願望からか、あるいはマスメディアの報道に倣った記載になっています。ファクトを確認せず、あるいはその認識不足から内容がフェイクになっている個所が多数あります。著者は著名な学者で著作も多く、マスメディアにも頻繁に出てきます。影響力の大きい著者によって読者や視聴者が間違って認識しないようにコメントしたいと思います。取り上げている件数が多いので何回かに分けたいと思います。

記載されている章見出し、中見出し()、小見出し()で整理し、ページ番号とそこにどう書いてあるかを「」内に示し、それに対して意見を述べます。

 

第1章 塩のすごい力

◎ 体にいい塩とは何か22ページ

「体にいい塩の基準とはいったい何でしょうか。私は海水と同じミネラル分の割合を持つ塩を摂ることが、健康維持に適していると考えています。

多くの方はおそらく、海水とは塩化ナトリウム分がほとんどで構成されていて、その他にミネラルなどの成分が少量のみ存在しているというようなイメージをお持ちではないでしょうか。とんでもない。 海水に含まれる塩の成分は、海の環境により若干変わるものの、塩化ナトリウム77.9%、塩化マグネシウム9.6%、硫酸マグネシウム6.1%、硫酸カルシウム4%という構成比で成り立っています。

これに加えて、様々なイオン類が含まれており、海水を乾燥して製造した自然塩であれば、それらの有効成分をそのまま摂取することができるのです。そのいっぽうで工業的に作られた精製塩には、ほとんどミネラルが含まれていません。成分比でいえば99.9%以上が塩化ナトリウムという構成です。」

コメント:白澤卓二氏は海水と同じミネラル分の割合を持つ塩を体にいい塩と考えています。しかし、図1に示すように通常、自然に塩が析出してくる天日製塩法ではこのような塩は存在しません。海水が濃縮されるにつれて、海水中の陽イオンと陰イオンが結合して溶解度の低い塩類から順に析出してきます。このような状態では、海水は約1/10の量になるまで、つまり約10倍の濃度になるまで濃縮されないと塩は析出してきません。それまでに硫酸カルシウムの約80%が析出し、硫酸マグネシウムが析出してくる前(海水は1/30以下の量になる)に析出してくる塩を収穫します。その時、塩はまだ15%以上残っていますが、製塩を止め残っている溶液をにがり(主成分は塩化マグネシウムです)として排出します。塩にはにがりが付着していますので、塩を積み上げて自然ににがりを落としてから塩製品とします。当然のこととして白澤卓二氏が体にいい塩の基準としている海水と同じミネラル分の割合を持つ塩にはなりません。例外的に海水と同じミネラル分の割合を持つ塩があります。それは海水を噴霧乾燥、あるいは鉄板上で海水を乾燥させて得られた塩製品です。

 塩の成分的な品質は下図に示すようになっています。左端のカラムが海水組成(ミネラルの割合)ですからそれと同じような組成の塩は「ぬちマース(噴霧乾燥塩)」です。昔の塩製品でも海水と同じミネラル分の割合を持つ塩はなく、海水の有効成分をそのまま摂取することはできないのです。

工業的に作られた精製塩が何を指すのか不明ですが、1972年以後に流下式塩田製塩法からイオン交換膜式製塩法に全面的に転換されてからの塩を指すように思います。図2に示しています1962年度の食塩でも工業的に作られていました。製法が変わった1988年度の食塩の組成を比べて見て下さい。ほとんど変わっていません。食塩の品質規格は純度99%以上となっております。この純度は、製法が変わっても変わっておりません。白澤卓二氏が書いている「工業的に作られた精製塩には、ほとんどミネラルが含まれていません。成分比でいえば99.9%以上が塩化ナトリウムという構成です。」と言う表現はフェイクであることが分かるでしょう。

紛らわしいことに塩事業センターが扱っていた商品の中に精製塩という銘柄があります。純度規格は業務用で99.9%以上となっております。この製品は輸入された天日塩を水に溶かしてカルシウム、マグネシウムを取り除くために精製し、再び煮詰めて(天日塩再製)塩商品としたもので、イオン交換膜式製塩法が導入される前から製法は変わっておりません。さらに純度の高い99.95%以上の特級精製塩という銘柄もあります。

 参考までに塩事業センターが発行している「市販食用塩データブック」によると表1に示す成分構成となっております。

 

1 市販食用塩の成分 % 

銘柄

塩化ナトリウム

塩化マグネシウム

塩化カルシウム

硫酸カルシウム

塩化カリウム

硫酸ナトリウム

硫酸マグネシウム

備考

食塩

99.67

0.067

0.035

0.028

0.109

-

-

 

能登のはま塩

90.05

0.79

-

1.07

0.17

-

0.56

揚げ浜式塩田製塩

精製塩

99.70

-

-

0.003

0.004

0.003

0.0001

天日塩再製

伯方の塩

96.48

0.103

-

0.247

0.052

-

0.206

天日塩再製

あらしお

90.10

0.063

-

0.097

0.040

-

0.019

天日塩再製

ぬちマース

72.44

9.30

-

1.94

2.61

-

7.69

海水の噴霧乾燥

ROCK SALT

98.56

-

-

0.76

0.18

0.13

0.16

ドイツの岩塩

イタリアの自然塩 岩塩

99.68

-

-

0.10

0.004

0.001

-

イタリアの岩塩

マリーノ

98.91

0.053

-

0.55

0.027

-

0.012

イタリアの天日塩

ゲランドの塩

91.07

1.26

-

0.53

0.23

-

1.10

フランスの天日塩

注:能登のはま塩、伯方の塩、あらしお、ゲランドの塩の純度が低い理由は乾燥されていないので水分が多いためです。従って塩類比較では塩化ナトリウム以外の塩類については乾燥した状態に換算してあります。

 

 表1には自然塩と言ってもよい岩塩、天日塩の商品も併せて記載しました。白澤卓二氏が岩塩、天日塩から海水と同じミネラルの割合を持つ塩を摂ることが、健康維持に適していると考えており、海水を乾燥して製造した自然塩であれば、それらの有効成分をそのまま摂取することができると誤解されているからです。この表を見れば一目瞭然で、白澤卓二氏の記述は全く出鱈目と言われても反論できないことが分かるでしょう。

 

〇 にがりが体にいいと言われる理由26ページ

「海塩や岩塩など正しい作り方をした自然塩であれば、必要な成分は取り除かれること

なく初めから含まれているため、あえてにがりを摂る必要はないのです。」

コメント:「海塩や岩塩など正しい作り方をした自然塩」と書いてありますが、白澤卓二氏は自然塩の正しい作り方をどのように認識しているのでしょうか?前述した表1に記載されているドイツ、イタリア、フランスから輸入された岩塩や天日塩は自然塩です。岩塩の正しい作り方などありません。岩塩は2億年ほど前に出来たものが多く、成分構成は産地によって大きく異なります。無色透明で光学プリズムに加工されて使用される非常に純度の高い岩塩から、色が着いている物が多く、土砂が混じった非常に純度の低い物まで様々です。白澤卓二氏は事実を調べないで、印象を膨らませて想像で、あるいは思い込みで書いているとしか思えません。

 

  塩はミネラルの塊

〇 ミネラルは「バランスよく」摂取することが大事31ページ

料理に精製塩としてナトリウムだけを加えると、人体にナトリウムばかりが増え、ミネラルバランスが崩れてきます。そのときに起きるのは、マグネシウムとカルシウム不足です。次にはカリウムも不足してきて、高血圧を始めとする様々な病気の原因となるのです。

だからこそ、塩を選ぶときには海塩や岩塩といった、ミネラルバランスを意図的に壊していない塩を選ばなければいけません。たとえば、日本の輪島で伝統的な技法で作られた海塩は、ナトリウムが3500mgに対してマグネシウムが295mg、カルシウムが527mg、カリウムが47mg含まれています。

マグネシウムに関しては、101に近い量が含まれていることがわかります。一方で他のミネラルを不純物として排出してしまいナトリウムだけを抽出した精製塩は、99.9%以上の純度です。こうして並べてみると、いかに不自然なバランス構成をしているのかが、わかるのではないでしょうか。」

コメント:なぜ海塩や岩塩を選ぶ方が良いかを解説していますので、少し長い引用になってしまいました。しかし、この解説は全く嘘です。輪島で伝統的な技法で作られた海塩とは本書で後ほど出てくる「わじまの海塩」という商品です。この塩はインターネットで調べますと、舳倉島で製造されております。室内で釜炊きしないで電灯で海水面を照らして低温で加熱する「室内低温自然蒸発結晶法」と自称している商品です。これは伝統的な技法ではありません。日本で伝統的な製塩法は揚げ浜式塩田(輪島市にあります)または入浜式塩田(伊勢神宮がお守り用の塩を製造するために持っています)で濃い塩水(かん水と言います)を作り、それを平釜に入れて木材で加熱して煮詰めて製塩する方法です。

 「わじまの海塩」を紹介しているホームページには成分を分析した値が出ています。どこで分析した値か分かりませんが、塩の分析表としてはあり得ない表現となっております。つまり塩100g中の値としてエネルギー、タンパク質、脂質、炭水化物がいずれも0で出ています。これは塩を食品として分析しているからです。その場合には成分表示にこれらの項目が記載されます。この記載に疑問を持ち、その謎については前に解説しました。

塩は輸入塩の取引価格を決定するために使われる塩試験方法で分析します。その場合には、先述の4項目は表示されません。元々ないのが常識だからです。

 分析表にはナトリウム、カリウム、マグネシウム、カルシウムが記載されています。これらの値はナトリウムを除いて白澤卓二氏の記載と一致しています。ナトリウムは一桁多い35000mgと記載されておりますので、著書では読み誤ったものと考えられます。このため「マグネシウムに関しては、101に近い量が含まれていることがわかります。」と言う記載は1001と正しい比率に訂正しなければなりません。

参考までに表1に記載されている能登のはま塩」のデータのマグネシウム、カルシウム、カリウムはそれぞれ315mg315mg89mgとなります。これを白澤卓二氏の数値と比率で比較しますと、それぞれ0.9371.8100.528となります。製造法の違いでこれくらいのバラツキはあるかと思います。「能登のはま塩」の場合、製塩途中で釜底に着いたカルシウム分を取り除きますので、塩製品中のカルシウムは少なくなって比率が2倍近くになることは理解できます。しかし、マグネシウムがほぼ同じ比率であるのに、カリウムが約半分になっていることの理由は分かりません。

参考までに塩商品では優良誤認表示は禁止されております。例えば、包装袋や箱にミネラルが多い塩、美味しい塩、自然塩、天然塩といった記載は出来ません。消費者にこの商品は優良な製品と誤って認識させるからです。塩専売制が廃止されてからこのような表示をした製品が数多く販売されました。表示に対して消費者から疑問の声が上がりましたので、公正取引委員会の指導で業界が食用塩公正取引協議会を結成し、公正競争規約を制定して自主規制するようになりました。