たばこ塩産業 塩事業版  2009.3.25

塩・話・解・題 48 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

食用塩の表示に関する公正競争規約

その概要と技術的背景

 

 昨年、食用塩の表示に関する公正競争規約(以下公正規約と略称)が発効し、本紙でもこれに関する記事がたびたび報道されてきた。先日開催された国際的な食品開発展でも「このマークがお買い求めの目印です」と「しおの公正マーク」を大々的に訴えるパンフレットがいくつかの塩出展ブースに置かれ、周知活動をしていた。この制度の概要はあらかた理解されていると考えるが、ここではその裏付けとなる技術的な背景を解説する。

消費者保護のための規約

 この制度が生まれたのは、塩専売制度の廃止から派生して消費者に誤解を与える問題が生じたからだ。それまでにも問題がなかったわけではないが専売制度がある程度ブレーキ役を果たしていた。
  しかし、海水からの製塩が自由になったことから数多くの特殊製法塩が販売されるようになり、それらの商品とも併せて、行き過ぎた海洋深層水利用商品の販売表示活動から消費者を保護する必要が出てきた。
  例えば、公正取引委員会は表1に示す表示事件を平成16年度に処理した。この中で塩に関する事件は警告の5件だ。内容はいずれも景品表示法第4条第1項の「商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示し、(中略)不当に顧客を誘引し、公正な競争を阻害するおそれがあると認められる表示」に違反したことによる。  

表1 平成16年度の景品表示法違反事件処理状況
事件 排除命令 警告 注意 合計
表示事件 3 5 11 19
(公正取引委員会HPより抜粋)


海水濃縮による塩の品質

 海水を蒸発濃縮させて塩を作る場合、海水中に溶存している塩類の中で溶解度の小さい化合物から順に析出してくる。その順序は炭酸カルシウム、硫酸カルシウム、塩化ナトリウム()、硫酸マグネシウムとなる。一部の硫酸カルシウムの析出と塩、硫酸マグネシウムの析出は重なる。通常の製塩では、硫酸マグネシウムの析出が始まる前にその工程を終える。
  したがって、塩に含まれる塩以外の析出ミネラルは硫酸カルシウムであり、それと塩に付着する母液またはにがり中の塩類(塩化マグネシウム、塩化カリウム)に由来するミネラルである。
  これらの量はほぼ決まっており、人体に必要なミネラル摂取量から考えて商品間の優位性を主張できるほどの差はない。
 イオン交換膜法で海水濃縮を行った場合には、濃縮された海水の組成は異なってくるが、塩類析出順序は硫酸マグネシウムの代わりに塩化カリウムになる他は変わらず、塩化カリウムが析出する前に製塩工程を終えるので、塩の成分的な品質は変わらないと言ってもよい。 ここで海水を全て蒸発させた乾燥海水(理論上海水中の総ての塩類が含まれる)とも言える特殊な塩がある。このような塩の理論的な純度は78(海水の純塩率に等しい)である。公正規約では塩化ナトリウム以外の成分が25%以上の場合は低ナトリウム塩と記載する。したがって、このような塩は低ナトリウム塩ではない。国際的な食用塩の規格であるCODEXでは添加物を除き純度97%以上でなければ食用塩としないので、乾燥海水は食用塩とはならない。

海洋深層水優位性は?

 海洋深層水利用商品には塩に限らず優良誤認をさせる物が多く、公正取引委員会でたびたび問題となってきた。塩については公正規約で海洋深層水を原料として製造した塩に例えば、ミネラルが多いなどの表示をする場合には、その合理的根拠も表示しなければならない。これは表層海水使用の場合でも同じ。
 海洋深層水は南極海や大西洋の北部グリーンランド沖の表層海水が冷やされ比重が重くなり、さらに氷生成による濃縮で比重が大きくなった海水が沈んで海底を循環している。産業上利用されている海洋深層水は水深200 m以下の海水。海水中の生物が死ぬと沈みながら生体構成に分解されていく。したがって、表層海水に分解成分の窒素、燐、珪素などが加わるのでミネラル豊富という表現が使われる。これらのミネラルは植物の成長に必要な物であり、健康にも有用な効果がある。
 しかし、海洋深層水は前に示した海水濃縮過程の途中段階と同様の海水であり、表層海水に加わった窒素、燐、珪素などの溶存量から考えて、製塩工程でそれらの元素に関わる化合物が析出してくることはない。つまり、海洋深層水を原料とした塩の中には付着母液またはにがりに含まれている量以外に海洋深層水に特徴的な成分が析出して加わることはない。加わる量はわずかで優位性を表示できない。

岩塩、原塩溶解の商品は?

 岩塩由来の塩は輸入された商品である。通常、岩塩をそのまま粉砕して食用にすることは少ないが、稀に品質のよい物が食用にされる。通常は溶解して不純物を取り除いたのち再結晶させた物であるため純度は高い。
 天日塩を粉砕した製品が食用として輸入されている商品があるが、前述した海水濃縮からの塩の品質と同等と考えてよい。原塩(輸入天日塩)を海水や淡水に溶解させて溶存不純物を取り除き、または取り除かないで再結晶させた塩の品質は海水濃縮からの塩と同じ水準であ
る。

優良誤認防ぐ「公正マーク」

 塩を香草などともに融点の800℃以上に加熱して融かし、冷やして固めた塩を粉砕した商品が輸入されている。このような塩は黒く(ハーブの炭素によるものと考えられる)、イオウ臭(硫化水素)があり、マイナスの酸化還元電位を示すという特徴がある。香草の代わりに竹に詰めて加熱溶融させた竹塩も同様の特徴を持っている。明らかに通常の塩とは品質が異なる。中には塩の公正マークを取得している商品もあるが、公正規約で使用できる製造工程用語の中に溶融がないので、溶解、高温焼成と表示されている。見掛けは岩塩であるが、自然の物ではなく加工品。岩塩にはイオウ臭がないので、なぜイオウ臭がするのか理由が分からない。水に溶かしてよく観察すると微細な泡が出てくるのが分かり、硫化水素の臭いがする。硫化水素と有機炭素があると酸化還元電位が低くなる。
  なお用語例がない場合には食用塩公正取引協議会の承認を得れば適切な用語を使用できるので、そのうち表示が変わるかもしれない。事例にない用語としては粒径を揃えるための篩別(しべつ)などがあるが、該当商品が申請された段階で用語が検討されるのであろう。
 以上、製塩技術から考えて意図的に添加物を加えない製品に関しては、優良誤認される表示はできないにもかかわらず、これまで優良誤認される商品が氾濫していた。その状況を改善する塩の公正マーク表示により消費者は適正な商品を選択できる。

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