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たばこ塩産業 塩事業版  2006.09.28

塩・話・解・題 18 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

能登の揚げ浜式塩田製塩

3回 煮詰め作業のせんごう工程

 

2段階のせんごう工程

 塩田作業で苦労して収穫したかん水を釜で夜通し煮詰める。良い塩が収穫できるかどうかは偏に火加減に係っているという。火加減を誤ると製品がお釈迦になる。経験と勘で判断し、良い製品が出来た時の喜びは一入であろう。荒焚き、本焚きと二段階のせんごう工程に伴う作業について紹介する。

「荒焚き」で清澄なかん水に

 直径1.8 mの鋳物製鉄釜に18%のかん水を450ℓ入れて満杯にし、約3時間火を焚いて煮詰めると水位
17,8 cmほど下がり、石膏の結晶と塩の結晶が出てくる。この工程を荒焚きと称している。表面には大きなトレミーの結晶が出ており、底にも大きくざくざくとした感じの結晶が沈んでいる。
  8時間ほど冷やしてから写真1に示すように新しいかん水で塩を溶かし、釜を満杯にする。この時、新しく入れるかん水中のカルシウムの一部は石膏として析出するので、本焚きで析出する石膏量を少なくする効果がある。かん水で溶かした塩水をろ過槽に入れて石膏やゴミを除き、釜を空にする。釜の底に付着している石膏(土かすと言う)を金属のヘラで擦って丁寧に掻き落とし(写真2)これもろ過槽に入れる。ろ過槽の上には麻布が敷かれている。3釜毎くらいには麻布を取り出してたまった石膏を捨てる。

      荒焚きで析出した塩をかん水で溶かす

     写真1 荒焚きで析出した塩をかん水で溶かす。溶かしたかん水を
          左側のろ過槽
でごみ、土かす(石膏)をろ過し、清澄にして
          本焚きする。

      
      荒焚きで底に付着した石膏を金属製のヘラで掻き落とす

     写真2 荒焚きで底に付着した石膏(土かす)を金属製のヘラで掻き
          落とし、ろ過槽
に入れる。

入り浜式塩田製塩時代の平釜では荒焚きをせず、何釜も焚いた後で行っていたので、釜底に厚く着いた石膏はヘラくらいでは落とせず、金槌でたたき落としたようである。これを甲羅落としといった。
 この作業は、熱い釜を冷まして、また熱くするのであるから熱効率的に見ればマイナスである。しかし、釜の底に析出する石膏量を少なくして伝熱が妨げられることを防ぐし、かん水を清澄にし、良好な品質の塩を得る上では合理的である。

夜通し9時間の「本焚き」

 ろ過したかん水を釜一杯に張り込み夜8時半に火入れをして9時間をかけて本焚きを始める。
  かまどは耐火レンガで作られており、末広がりになった焚き口があるだけで火格子や煙突はない。焚き口は扇形になっており、奥の狭いところの間口は幅80 cmで高さが50 cmくらいで、煙は焚き口の上の方から出てくる。したがって、かまどの奥の方で燃やすように燃料の廃材を放り込んで、良く燃えるように中で廃材を重ねるように組み上げ、まるで囲炉裏で薪を燃やすような素朴な焚き方である。
  1シーズンで家屋一軒分の廃材を燃やすという。釜屋の屋根は茅葺きで煙り抜けがないので、焚き口から出た煙は屋内にこもり、出入り口から外に出る。したがって、屋内には煙が垂れ込み、柱や屋根を支える桁は(すす)だらけ。見学しているとき桁に擦りつけた筆者の頭は煤だらけになった。白髪の頭は黒くなり一見若返った状態。風呂で頭を洗うとまるで炭入りシャンプーを使ったようで笑ってしまった。
  屋根に煙り抜けがないのは、生活の知恵である。強い風が吹いたときに風が屋内に入り込み屋根を浮き上がらせて飛ばしてしまうことを防いでいる。台風時にはすき間から風が入らないように念入りにすき間を塞ぐという。

のようにしい』をるために

本焚きではかん水が蒸発して液面が下がると、バルブを開けてろ過槽からかん水を追加する。このようにすることで、かん水中の石膏を液中で析出させることができる。表面にあくや煤が溜まれば取り除くだけで、撹拌はしない。午前2時頃に最後の薪を放り込み、後は(おき)()とかまどの余熱で焚き上げる。何時までも薪をくべて強く焚き詰めると、塩が焦げ付き固まってしまう。そのような塩は焦げた臭いがして味が悪く、売り物にならないでお釈迦になってしまう。このような失敗を何回も経験して火加減、火止めの時期などを体得したとのこと。夜釜といって夜通し火の番をして経験と勘で火加減を調節して仕上げる。
  朝6時頃には液面が15,6 cmも下がり、かまどにはわずかな熾火が残っており、塩の結晶が液面から火山のように盛り上がり、余熱でプップッと噴火するように沸騰していた。塩を収穫する7時頃には噴火口のような形で一面に塩の結晶が顔を出し、所々にニガリが溜まった窪みがある状態となった(写真3)。焚き詰め過ぎると釜から塩揚げするとき重くなり、水切れも悪く、塩にニガリが多く残るため味が悪くなるという。ニガリを舐めてみるとまだ塩味が残っていた。

      夜通し焚き上げて、表面が潮で出来た火山の連なりのようになっている状態

     写真3 夜通し焚き上げて、表面が塩で出来た火山の連なりのよう
          になっている
状態。窪んだところにはニガリが溜まっている。

このことから煮詰めの終点はかなり薄い濃度としており、塩を若採りした状態でニガリを分離していることがこの塩の特徴で、製品の価値を決めているようだ。そのため、単位かん水量からの製塩量は少なくなっている。

2日間ニガリを落として

 塩の収穫は「塩揚げ」と称し、「柄振(えぶり)」で塩を掻き集め(写真4)、「すきはつ」で塩をすくって「イダシ場」に盛り上げる。イダシ場の底には()の子があり、その上にむしろが敷かれている。イダシ場で丸2日間ニガリを落として純度91, 92(湿物基準)の製品として袋詰めする。釜の底にはニガリが残り、それをひしゃくですくってニガリ桶に溜める。ニガリは豆腐屋に引き取られる。

      柄振で塩を掻き寄せる

     写真4 柄振で塩を掻き寄せる。掻き寄せた塩をすきはつと呼ばれ
          る木製の
スコップですくい上げ、うしろのイダシ場に積み上
          げ、ニガリを落とす。
収穫の喜びで顔がほころびる豊さん。

本焚きで得られた塩の粒形はザラザラとした細かいみぞれ氷のような結晶で、荒焚きで見られたトレミー塩や大きな粗い感じの結晶ではない。一回の煮詰めで900ℓほどのかん水から90 kg程度の塩が得られるという。
  夏の暑い最中に熱のこもった釜屋でまだ熱い塩を掻き寄せ、すくい上げ、にがりをバケツですくう作業は焦熱地獄の中での仕事である。全身から玉のように汗を噴き出させながら作業する。最盛期には3日に一度、釜焚きがある。激しい汗をかいた後で、手塩にかけて作った塩で作ったキュウリの塩もみやぬか漬け食べるときの美味しさは格別であろう。
 故菊太郎さんは「塩焼き小屋の夏はひりひりするほど暑いが、夜どおし火の番をして、波の花のように白い美しい塩ができるころにゃ、疲れも吹っ飛ぶちゅうもんや。」と記して仕事の達成感と収穫の喜びを表している。                                (おわり)