たばこ塩産業 塩事業版 2004.10.25
Encyclopedia[塩百科] 39
(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事
橋本壽夫
様々な形に変化する塩の結晶
塩の結晶形は通常立方体である。しかし、製塩法や結晶の成長方向、結晶の形を変える性質のある物質(媒晶剤)の添加により様々な形に変化する。市場で販売されている塩商品はこれらの結晶形のごく一部である。
なぜ立方体になるのか イオンが順序よく並ぶ
塩の結晶はイオン結合と呼ばれる結合法で成長する。塩(NaCl)は水溶液中ではプラスに帯電しているNaイオン(Na+)とマイナスに帯電しているClイオン(Cl-)に分かれて存在している。飽和溶液になると、NaイオンとClイオンが図1に示すようにプラスイオンとマイナスイオンが引き合って交互に順序よく並んだ結晶となる。したがって全方向に一様に成長すると立方体となる。
図2はその塩の結晶が水に溶け出す様子を表しているが、Na+の周りを水分子が取り囲んでNa+を運び出し、Cl-の周りを水分子が取り囲んでCl-を運び出していく結果として結晶が溶けていく。塩の飽和溶液から塩の結晶が出来るのは、この工程が反対に進むことで、それぞれのイオンを取り囲んでいる運び屋の水分子がNa+とCl-を運びきれなくて、イオン同士を結合させて積み上げ塩の結晶となる。
塩の結晶に例えばカミソリの刃を当て、力を加えてショックを与えると、NaとClのイオン結合が切れて平らな面となってきれいに二つに割れる。
ちょうど大きな氷のブロックを少し鋸で切り、その隙間に鋸の背を入れてたたいてショックを与えると、スパッと二つに割れるのと同じである。
いろいろな形の結晶 柱状・板状・四角錐など
塩の基本的な結晶形は立方体の正6面体であるが、面の成長方向によっていろいろな形の塩ができる。それを村上は図3のように示している。
一方向に成長すれば柱状塩となる。この形状の商品はない。二方向に成長すれば板状になる。この結晶は液表面で成長する。フレーク塩として商品となっており、塩の花とも呼ばれている。この結晶過程で塩の重さで沈みながら右側に示すように液面で接している縁(辺)が成長していくとトレミー塩というミラミッド型の四角錐の塩ができる。中は空洞になっており、四角な酒杯のようである。完全な形の物は飾りとしての価値がある。トレミー塩を作るときに回転運動を与えると円錐形になる。三方向に成長すれば立方体の塩になる。これは撹拌された液中で製造され、通常市販されている塩である。あまり撹拌されない平釜で製造されると、立方体の塩が接着しあって全体としては無定形の塩(凝集晶)となる。メキシコ等の気象条件の良い塩田で作られた天日塩の結晶(写真1)は巨大な凝集晶である。液中で成長中に回転状態で撹拌すれば、立方体の角が取れて一時的には14面体の塩となるが、やがて丸くなった球状塩となる。一般的に粒径が大きくなると球状になる。下には特殊な場合で稜方向の成長を示している。この方向の成長で樹枝状となり、全稜方向に成長すれば骸晶(立方体の骨格)となる。
天日塩や岩塩を粉砕すると、鋭利な角を持った無定形の塩となる。立方体の塩粒子を錠剤やペレット、円柱、四角注等に成型加工した商品もある。写真2にはいろいろな形状の塩を示した。
結晶の形を変える物質 媒晶剤による形状変化
塩の結晶の形を変える物質を媒晶剤という。媒晶剤には表1に示すように無機物、有機物として数多くの物質がある。
表1 媒晶剤と塩の結晶形 |
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媒 晶 剤 |
分 子 式 |
結 晶 形 |
無機物 |
塩化マンガン |
MnCl2 |
八面体 |
塩化カドミウム |
CdCl2 |
八面体 |
塩化亜鉛 |
ZnCl2 |
八面体 |
塩化水銀 |
HgCl2 |
斜方十二面体 |
塩化ビスマス |
BiCl3 |
ピラミッド状と星状 |
フェロシアン化ソーダ |
Na4[Fe(CN)6] |
樹枝状、八面体、等 |
有機物 |
尿素 |
CH4N2O |
八面体 |
グリシン |
C2H5NO2 |
斜方十二面体 |
ギ酸アミド |
CH3NO |
八面体 |
酢酸ビニルと無水 |
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凹面立方体 |
マレイン酸の共重合 |
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ポリ酢酸ビニル |
-(C4H6O2)n- |
柱状 |
システイン |
C3H5O2(NH2)S |
八面体 |
グルタミン酸ナトリウム |
C5H8NNaO4 |
八面体 |
ヘキサメタリン酸NaとAl塩 |
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十四面体 |
ポリビニルアルコール |
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柱状、多孔質立方体 |
Cooke E..G., 2nd Symposium on Salt, p.259 (1966)より抜粋 |
図4には媒晶剤による塩の形状変化を示した。前に述べた塩の形状以外にも様々な形がある。立方体の6面体から角が取れて14面体になるが、取れる程度で形が変化し最終的には8面体になるという面白い現象がある。斜方12面体はどの様にして出来るのか不明である。
骸晶に相当する凹面立方体とは反対に凸面立方体の塩もあるようであるが、表1の中には媒晶剤が示されていない。
いずれも商品化されて入手できる物はないが、中学、高校の理科実験でこのような形の塩を作ることも楽しいのではなかろうか。
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