たばこ塩産業 塩事業版 2003.11.25

Encyclopedia[塩百科] 28

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

にがりの組成について

 今、にがりが大変なブームで、生産が間に合わないようなことが聞こえてくる。これはイオン交換膜製塩にがりではなく、通常の海水濃縮による製塩にがりのことのようである。もともと、海水濃縮製塩にがりは製塩量が多くないので当然、製塩残留物であるにがりの量も多くない。その理由からか、にがりとは言えない製塩途中の母液をにがりと称して販売している商品まである。とにかく、通常の製塩法でもにがりの組成はかなり変化するし、イオン交換膜製塩法によるにがり組成は大きく異なる。その理由とミネラル摂取源として考えた場合どのような特徴があるかを考えてみよう。

海水→かん水→母液→採塩、そして「にがり」

 海水を濃縮するにつれて塩分濃度は上昇し、その濃度範囲によって図1に示すように海水濃度以上で塩が析出するまでをかん水、塩が析出し始めると母液、採塩が終了する以上の濃度になるとにがりと言う。

      海水が濃縮される過程で濃度によって海水、かん水、母液、にがりと名称が異なる。

濃度管理は通常、ボーメ比重(Be)で行う。にがりはボーメ比重で大体32度以上、密度で大体1.30以上である。

塩田・ろ過・加熱濃縮由来のにがり組成

 海水を塩田に取り入れて太陽熱と風の力で濃度する天日製塩法、海水を逆浸透法で2倍程度に濃縮し、得られたかん水を加熱濃縮する製塩法、海水を直接加熱濃縮する製塩法、昔、日本で行われていた入浜式製塩法で得られるにがりの組成は表1の上部に示すように硫酸マグネシウムがあり、塩化カルシウムがないという点で共通している。にがりの濃縮度、濃縮温度により、組成は異なってくる。このようなにがりを硫酸マグネシウム系にがりと称する。

表1 製法による各種にがりの組成 (g/kg)
に が り の 種 類 濃縮温度 にがりの種類 MgSO4 MgBr2 MgCl2 CaSO4 CaCl2 KCl NaCl 備考
流下式塩田にがり 10-31℃ 硫酸マグネシウム系にがり 41-87 2.3-3.6 130-210 22-32 19-81 変動幅
68 3.2 175 29 40 19点平均値
天日塩田にがり 温度記載なし 8.4-67.1 1.1-7.4 37-218.8 6.5-34.4 16.3-113.6 変動幅
53.1 2.6 163.2 22.6 56.1 23点平均値
某社海水にがり商品 63 100 0.27 21.0 106.7 国産品
某社天日塩田にがり (30.9度ボーメ) 53.1 163.2 22.6 56.1 輸入品
イオン交換膜電気透析にがり(原かん水D基準、KCl析出時) 大気圧濃縮(120.0℃) 塩化カルシウム系にがり 221.8 0.7 40 112.8 14.4
真空度440 mmHg濃縮(92.7℃) 194.5 1.2 37.3 97.3 27.4
真空度610 mmHg濃縮(77.9℃) 208.2 0.6 39.7 79.6 27.4
真空度710 mmHg濃縮(48.1℃) 152.6 0.5 27.8 152.6 56.2
某社製品2点以外は、海水利用ハンドブック、日本海水学会(1974)からのデータ

塩化カルシウムがない理由は次の通りである。図2に示すように硫酸イオンが多くあるので、カルシウムは全て硫酸イオンと結合して硫酸カルシウム(石こう)となる(この図には示されていないが、硫酸カルシウムが析出する前に炭酸カルシウムが析出するので、その分だけカルシウムは少なくなっている)

      海水濃縮と塩類濃度の関係

すなわち、にがりの領域になるまで濃縮された時にはカルシウムはほとんどなくなっているので、塩化カルシウムはない。残った硫酸イオンはマグネシウムと結合して硫酸マグネシウムとなる。
 にがりの濃縮度によって組成が異なるのは図2を見れば理解できよう。つまり製塩工程は硫酸マグネシウムが析出してくる前で終わり、残った物がにがりであるから、にがりの主成分である塩化マグネシウムや硫酸マグネシウムの濃度変化が急激に変わることが示されている。このデータは常温で濃度された場合であり、濃縮温度が異なれば硫酸マグネシウムの析出点が異なってくる。濃縮温度が高ければ硫酸マグネシウムの溶解度は高くなるので、析出はこの図に示す析出点よりも遅くなる(右側にずれる)。温度が高いと硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム、塩化カリウムはすべて濃度は高くなり、濃厚な組成のにがりとなる。
 入浜式製塩法は、砂に付着析出した塩を海水で溶かしてかん水を作り、それを濃縮するので、塩化ナトリウム濃度の濃いかん水(塩化ナトリウムは飽和濃度になっていない)を加熱濃縮することとなる。
  これはちょうど、輸入天日塩を海水で溶かして(この場合、塩化ナトリウムは飽和濃度になっているので、海水の量は少ない)加熱濃縮することと似ている。したがって、にがり組成は基本的に海水濃縮製塩法によるにがり組成となる。

にがりの成分は条件によって大きく変動

 昭和58年頃、当時の厚生省食品化学課は、にがりが豆腐製造用に食品添加物として使用されていることから、にがりの規格を定めたいと塩専売事業本部の技術調査担当の方へ相談にきた。
  当時、筆者はそのための検討をした。しかし、にがりの成分組成が条件によってあまりにも変動するため、規格として定めるのは無理である。製塩工程終了後に残った溶液としか言いようがないことを述べた。厚生省は豆腐製造者のにがりと表示したい要望に応えるために、にがり(塩化マグネシウム類似物)と表示するように指導した。
  つまり、にがりの組成は一概に決められないが、塩化マグネシウムが主成分であることは間違いなく共通していることから、苦肉の策として前記のように表示することにした、と考えられる。ところで、市場で販売されているにがりには海水にがりとして表1の中程に示す組成の商品がある。
  これは国産品であるが、マグネシウムよりもナトリウム含有量の方が少し多く表示されている(この表では化合物として計算し直しているが、塩化マグネシウムよりも塩化ナトリウムの方が少し濃度が高くなっていることが分かる)。これでは塩化マグネシウムが主成分とはならないのでにがりとは言えない。この商品は図1で示すと製塩工程中の母液に相当し、図2で示すと密度が1.26の辺りの組成で、にがりとは言えない領域にある。
 それに対して輸入品の某社天日塩田にがりの組成は、23点の平均値である天日塩田にがりの組成とまったく一致している。

イオン交換膜製塩はカルシウム系にがり

 イオン交換膜電気透析法による海水濃縮では、海水中のNa+, K+, Ca2+, Mg2+などの陽イオンは陽イオン交換膜を通過し、Cl-, Br-, SO42-などの陰イオンは陰イオン交換膜を通過することにより濃縮される。この時、2価イオンよりも1価イオンの方が陽イオン、陰イオンとも通りやすい。このことはCa2+, Mg2+, SO42-が少ないかん水が得られることを意味している。特に大きなイオンである硫酸イオンは通りにく
い。

  このような組成のかん水を濃度して行くと図3に示すように各塩類濃度は変化し、製塩工程は塩化カリウムが析出する前で終える。硫酸イオン濃度はうすいので製塩工程が終わるまでにSO42-Ca2+イオンとほとんど結合し硫酸カルシウムとなり、Ca2+が余ってくる。余ったCa2+は塩化物イオンと結合して塩化カルシウムとなって、表1に示すようににがり中に残ってくる。このようなにがりを塩化カルシウム系にがりと称する。

      イオン交換膜濃縮かん水の濃縮に伴う塩類濃度の関係

塩田製塩とイオン交換膜製塩との違い

 これまで塩田製塩にがりとイオン交換膜製塩にがりの組成の違いについて述べてきた。両者を簡単に比較して表2に示した。にがりブームは体重減量効果、調理効果、ミネラルのサプリメント(補給剤)などによって起こってきたようであるが、学術的に整理されたデータは数少なく、必ずしも評価が確定しているわけではない。

表2 にがりの組成 (%)
に が り の 種 類 NaCl KCl MgCl2 MgSO4 MgBr2 CaCl2
塩田製塩にがり 2 - 11 2 - 4 12 - 21 2 - 7 0.2 - 0.4 -
イオン交換膜製塩にがり 1 - 8 4 - 11 9 - 21 - 0.5 - 1 2 - 10
橋本壽夫・村上正祥:塩の科学、朝倉書店 (2003)

 にがり成分中の硫酸マグネシウムは下剤として使われるので、便の排泄が良くなるはずであるから、減量効果はあるのかも知れないが、表1を見て分かるように豆腐を凝固させる塩化マグネシウムの方が圧倒的に多く、便通を良くするにはどの程度飲めばよいか確たるデータはない。その上、にがりの組成は非常に変動し、例えば、夏場に採取したにがりは温度の低い冬場を越すと硫酸マグネシウムが析出し、にがり中の硫酸マグネシウム濃度は低くなる。このようなにがりを越冬にがりといい、下剤効果から言えば低くなる。イオン交換膜製塩にがりには硫酸マグネシウムは含まれていない。
  ミネラルのサプリメントとして考えるのであれば、イオン交換膜製塩にがりの方が塩田製塩にがりよりもカリウムが多く(通常、カリウム摂取量の何倍ものナトリウム摂取量であるが、高血圧予防の面からはナトリウムとカリウムが1:1の方が良いと言われている)、イオンとなるカルシウムを含んでいるので、ミネラル・バランスの点では優れている、といえる。日本人の栄養所要量によると、成人で1日当たりマグネシウムは300 mg、カルシウムは600 mg、カリウムは2000 mgとなっている。表2の各化合物をそれぞれ10, 20, 10%濃度とし、比重を1.3とする。このにがりを1日当たり1 mlの摂取すると、マグネシウムは約70 mg、カルシウムは約50 mg、カリウムは約70 mgの摂取量となる。これらの摂取量はそれぞれの所要量の23%, 8%, 3.5%となる。マグネシウム、カルシウムについては、かなりの補給効果になることが期待される。
  にがりブームの中で、にがりの組成表示がされていることの確認と、その組成とここで示した組成とを比べて、その商品がにがりとして妥当な物であるかどうか判断した上で購入することをお薦めします。