日本海水学会誌、2005, Vol.59, 189-194
「日本海水学会西日本支部創立10周年記念特集」
記念シンポジウム テーマ:「塩・にがりと健康」
(解説)
ミネラル・サプリメントとしてのにがり
橋本壽夫
Bittern as a Supplement of
Minerals
Toshio HASHIMOTO
Bittern is a concentrate of seawater condensed from one thirtieth to one
fortieth by volume. It contains, therefore, most of the minerals dissolved in
seawater. But constituents and their contents are a little changed by depending
on producing methods. What kinds of constituents in bittern are useful for
human body as a supplement of minerals? Only major minerals such as magnesium,
calcium and potassium are useful as nutrients of minerals. Many other minor
minerals are not enough included to be useful for human body. Common bittern
has little calcium, but the bittern made by ion-exchange membrane electrodialysis
method has calcium and more potassium than common bittern. So the former is
superior to the later as supplement of minerals. One milliliter of the former bittern
can supplement twenty and ten percent of magnesium and potassium intake needed
in a day, respectively.
Key
words: Bittern, Mineral, Supplement, Magnesium,
Calcium, Potassium
1.はじめに
にがりは、その痩身効果、肌の保湿効果、化粧水、花粉症の軽減、等々のマスコミ報道、インターネット情報の氾濫などで、一躍人気商品に躍り出た。しかし誤ってにがり原液の誤飲による死亡事故が起こり、厚生労働省は素早くにがりの痩身効果には科学的根拠がないことを公表した。
にがりブームから市場には様々なにがり商品が氾濫している。しかし、にがりはそう簡単に製造できる物でもないし、製造数量も原料海水の1/30-1/40しか採れない。にがりになるまでには塩が析出し、塩の販売に苦労するよりも、手っ取り早くにがりと称して販売することにより高い利益率が得られると考えてか、市販されているにがりは大半がにがりとも言えない商品である。
しかし、にがりは大部分の塩が除かれた海水ミネラルの濃縮液でもあるので、海水中のミネラルが濃縮されている。したがって、にがりをミネラル・サプリメントとして考えた場合、どれだけの効果が期待できるかを検証することを目的とし、併せて海水からのにがり製造、市販にがり商品の成分実態、購入時のにがり製品の選び方などについても解説する。
2.海水濃縮による製塩
Fig.1は海水を27℃で蒸発濃縮し場合の容量減に伴う塩類析出の様子を表した図1)である。蒸発温度により塩類の溶解度は異なるので多少の変動はあるが、概略を理解するには便利な図である。塩化ナトリウム
(塩)の飽和溶解度は26%であり、温度による差はあまりない。海水中には全塩分濃度(ここでは3.35g/100ml)の78%(純塩率と言う)にあたる2.61g/100mlが塩であるので、液量が1/10になれば、濃度は10倍の26.1g/100mlとなり、塩の飽和濃度に近くなるので、塩が析出してくる。その前に析出してくる炭酸カルシウムや硫酸カルシウムなどの塩類もあるが、製塩工程で分離される。さらに濃縮を進め液量が2.5ml程度になると硫酸マグネシウムが析出してくるので、製塩工程は硫酸マグネシウムが析出してくる前に終え、残りの液をにがりとして排出する。つまり100mlの海水から3ml程度のにがりが出来る。
これを溶液の比重とその中の塩類濃度の関係で表すと25℃恒温濃縮でFig.2 2)のようになる。海水の濃縮につれて比重が増加し、かん水中の塩類濃度は上昇する。濃度上昇は通常ボーメ比重(Bé)で管理され、図中に比重とボーメ比重との関係を示す線が描かれている。
この図では炭酸カルシウムは省略されているが、硫酸カルシウム濃縮は次第に上昇し、比重が1.1程度に達すると低下し始めている。つまり、硫酸カルシウムが析出し始めていることを表している。同様に塩化ナトリウムの線を見ると、比重が1.215付近で屈折し、ここで塩化ナトリウムが析出し始めていることが判る。ここまでの溶液をかん水と称し、塩化ナトリウムが析出してくると、呼び方は母液と変わる。塩化ナトリウムと硫酸カルシウムの線は低下を続け、同時に析出していることが判る。両者は後に浮遊沈降法により分離される。塩化ナトリウムの析出が始まると塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウム等の濃度が急上昇してくる。
この中で硫酸マグネシウムは比重が1.305付近で析出し始めていることが判る。硫酸マグネシウムが析出すると塩化ナトリウムの品質が悪くなるので、製塩はこの段階で終了し、これ以後の溶液はにがりと称して排出する。海水蒸発濃縮では硫酸マグネシウムがあり、その析出により製塩工程が影響を受けるので、このかん水を硫酸マグネシウム系かん水、にがりを硫酸マグネシウム系にがりと称する。
にがり中の成分は塩化マグネシウムが一番多く、次に硫酸マグネシウム、塩化カリウム、塩化ナトリウムの順で少なくなり、硫酸カルシウムはほとんどなくなる。つまり、にがり中にはカルシウムがほとんどなくなる。市販されている多くのにがり3)中にはカルシウムが含まれていることから、にがりと称してはいるが、にがり領域まで濃縮されておらず、母液の段階で止めてにがりと偽称して販売していると言える。
製塩工程では比重が1.215から1.305までの範囲で採塩されるが、比重がどの時点で採塩されたかにより、採塩された塩に付着している母液の組成は大きく異なり、塩の品質(純度)は安定しないので、遠心分離の際に飽和食塩水で洗浄して母液を洗い流し、品質をほぼ一定にする。
海水を逆浸透膜法によって濃縮する方法がある。これは海水淡水化に使用される方法であるが、同時にかん水ができる。Fig.1を見ると解るように逆浸透膜法では炭酸カルシウムの析出があるので、海水の2倍濃縮程度までしか濃縮されない。酸添加により炭酸カルシウムの析出を抑えることにより、硫酸カルシウムが析出するまでさらに濃縮することが出来るが、いずれにしてもかん水の組成は蒸発濃縮で得られるかん水組成と同じである。
3.海水濃縮中の各種元素の比率変化
海水を濃縮しても塩類の析出がない限り、元素間の比は一定である。例えば、マグネシウムとカリウムは製塩工程中には析出してこないので、Fig.3に示すように、直線関係にあり、その比K/Mgは0.15で一定である。
この関係を市販されているにがり中の組成で整理するとFig.4に示すようになり、K/Mg=0.15の線上にある製品はほとんどなく、多くはK濃度が高く表れており、また、著しく逸脱している製品がかなりの数見られる。この原因として考えられることは分析法が違うことによることと、分析値の計算違いである。海水、かん水、塩、にがりの分析法はJISでも定められておらず、塩事業センターが定めている塩試験方法4)が標準となっている。しかし、市販にがりの分析方法3)の詳細は不明で各製造者が試験機関に依頼して得た分析値である。著者に問い合わせたところ、例えば、鹿児島県薬剤師会、鹿児島県工業技術センター、高知県食品衛生会、石川県予防医学協会、日本食品分析センターによる分析値で、値の転記ミスはないとのことであった。こうなると、にがりとして判断する場合、組成ではなく比重に頼らざるを得なくなる。
塩化ナトリウムとして析出してくるナトリウムと析出してこないマグネシウムとの比Na/Mgを縦軸に、濃縮度を表す比重を横軸に取って表すとFig.5に示すようになる。塩化ナトリウムが析出してくる比重1.215までは、Na/Mg比は4付近であるが、塩化ナトリウム析出し始めるとその値は急速に低下し、硫酸マグネシウムが析出し始めてにがりとなる比重1.305辺りでは0.2程度になっている。
この比を市販にがりについて整理するとFig.6に示すようになった。この図で見る限り、市販のにがりは比重が1.3付近で、Na/Mg比が0.2付近にある製品は極めて少なく、40%位の製品はその比が1.0以上である。つまりマグネシウムよりもナトリウムの方が多い。このようなにがりはなめると塩味がすることで見分けられる。また、比は0.4でにがりに近い領域まで濃縮されていても、比重が低い製品が何点かある。これは濃縮液に水を加えて薄くした製品であることを示している。
4.にがりの主要元素組成
先にFig.2でにがりの主要成分を述べたが、化合物としてではなく元素としてMg, K, Naの3成分の組成比をFig.7に示す。3成分を合わせると100%になる。にがりはマグネシウムが主成分で80%前後を占めている。マグネシウム化合物の中でも塩化マグネシウムが主成分であることはFig.2からも判る。したがって、食品添加物の呼称としては海水粗製塩化マグネシウムとなる。豆腐業界は豆腐の凝固剤としてにがりと表示したいので、その場合にはにがり(海水粗製塩化マグネシウム)とかっこ内に食品添加物名を記載するようになっている。
この3成分図に市販にがりの成分をプロットするとFig.8のようになった。これまでの説明でも市販にがり組成の異常さを理解されたと思われるが、この図からより明確ににがりと言える製品の少ないことが判ろう。マグネシウムが80%前後を占めている製品はわずかな数しかない。
5.イオン交換膜製塩法におけるかん水濃縮製塩
イオン交換膜電気透析法で海水を濃縮する場合には、一般的に二価のイオン(Ca2+, Mg2+, SO42-)に比べて一価のイオン(Na+, K+,
Cl-)の方がイオン交換膜を通過しやすい。その上に塩化ナトリウムの濃縮効率を向上させるために膜に選択透過性を持たせ、二価のイオンを出来るだけ通さないようにしている。したがって、純塩率(全塩分の中の塩化ナトリウム分)が78%の海水が濃縮されたかん水の純塩率は92%前後になって塩類組成は異なってくる。また、イオン交換膜透析法で濃縮するかん水は燃料費と買電費との関係で経済的な最適濃度を決められる。
Fig.9の例では16%程度の少し薄めの濃度である。横軸には濃縮中に析出してこない塩類である塩化カルシウムと塩化マグネシウムの合量(カルマグ合量と略称する)を用いている。イオン交換膜透析かん水は塩化ナトリウムが未飽和であるので濃縮され、カルマグ合量で20辺りから析出が始まり、急激に濃度は低下してくる。硫酸カルシウムを除き他の塩類は上昇してくるが、塩化カリウムは、カルマグ合量が180付近で析出し始め低下してくる。したがって、製塩工程は塩化カリウムが析出し始める前に終了し、後はにがりとして排出する。この時のにがり成分の組成は塩化マグネシウムが一番多く、次に塩化カリウム、塩化カルシウムの順となっており、硫酸カルシウムはほとんどない。
海水の蒸発濃縮にがりの塩類組成とは大きな差がある。すなわち、Table 1に示すように、海水の蒸発濃縮にがりでは硫酸マグネシウムがあるが、塩化カルシウムはない5)。一方、イオン交換膜濃縮にがりでは硫酸マグネシウムはなく、塩化カルシウムがある。したがって、このような組成のかん水を塩化カルシウム系かん水、にがりと称する。
この理由は次に述べる通りである。蒸発濃縮法ではカルシウムは炭酸イオン、硫酸イオンと結合してCaCO3,
CaSO4となってにがりになるまでになくなり、硫酸イオンが残るので、その一部はマグネシウムと結合し硫酸マグネシウムとなる。一方、イオン交換膜濃縮法では硫酸イオンが膜を通りにくいので、かん水中の硫酸イオンは少なく、製塩の段階で硫酸カルシウムとして析出して硫酸イオンはなくなり、カルシウムが残る。残ったカルシウムは塩化物イオンと結合して塩化カルシウムとなる。
6.ミネラル・サプリメントとしてのにがり
ミネラル・サプリメントとしてにがりを考えると、にがりは海水が30~40倍に濃縮されて大半の塩化ナトリウムが除かれた物と大雑把に考えられる。したがって、Table 2に示すように海水中の微量ミネラルが35倍に濃縮されてにがり中にあると考えられる。
Table 1 Composition of bitterns (wt.%) |
Kind of bitterns |
NaCl |
KCl |
MgCl2 |
MgSO4 |
MgBr2 |
CaCl2 |
Bittern made in salt field |
2-11 |
2-4 |
12-21 |
2-7 |
0.2-0.4 |
- |
Bittern made by electrodialysis |
1-8 |
4-11 |
9-21 |
- |
0.5-1 |
2-10 |
Table 2 Trace minerals intake from bittern |
Element |
Intake per day* (mg) |
Intake per day** (mg) |
Concentration in seawater (mg/100 ml) |
Concentration in salt field bittern (mg/100 ml) |
Iron |
10-12 |
9.8-12.2 |
0.001 |
- |
Zinc |
8-12 |
7.6-11.42# |
0.001 |
0.035## |
Copper |
1.4-1.8 |
1.0-2.5# |
0.0003 |
0.0105## |
Chromium |
0.020-0.035 |
|
0.000005 |
0.000175## |
Iodine |
0.15 |
|
0.006 |
0.21## |
Selenium |
0.040-0.060 |
|
0.00004 |
0.0014## |
Manganese |
3.0-4.0 |
|
0.0002 |
0.007## |
Molybdenum |
0.020-0.030 |
|
0.001 |
0.035## |
* From nutrition necessaries for Japanese, 6th ed. Figures are for over
12 years. |
** Present condition of nutrition intake for Japanese. Results in 2000. Figures
are for over 7 years. |
# Y. Itokawa et al, "Metal elements in human body", Koseikan (1994) |
## Figures are 35 times concentration in sea water. |
比重1.3程度のにがりには7000 mg/100 ml程度のMgが入っている。Mgの1日当たりの必要摂取量は300
mgであるから、1日当たり1 mlのにがりを補給すると70 mg位は摂取され、必要摂取量の20%程度補給できる。イオン交換膜製塩にがりではさらに50 mg位のCaも補給されるので、必要摂取量600 mgの10%弱を補給でき、さらにNaよりもKの方が多いのでイオン交換膜製塩にがりの方がミネラル・サプリメントとしては優れている。
にがり成分中の化合物の薬理・生理作用について医学大辞典6)で記載されている内容を示すと、主要成分である塩化マグネシウムについては記載なく、硫酸マグネシウムについては、排便を促す代表的な塩類下剤、塩化カルシウムについては、電解質補液の電解質補正、低カルシウム血症の改善、テタニー関連症状に使用、塩化カリウムについては低カリウム血症や低クロル性アルカローシスに使用、とある。元素についてミネラル辞典7)によると、マグネシウムについては細胞や骨に広く分布しており、細胞核の三次元構造の維持、膜電位の維持、物質取込エネルギーやエネルギー代謝など、細胞の基本的役割に関与、カルシウムについては、その99%は骨と歯に存在、骨の間質を形成、神経筋興奮、血液凝固、生理活性物質分泌、膜構造と形質膜輸送、酵素反応、ホルモンや神経伝達の放出反応、およびホルモンの細胞内情報伝達作用など、多くの生物機能を調節、カリウムについては、細胞内浸透圧の維持、細胞内の酸塩基平衡の調節、筋肉の伸縮、糖代謝、エネルギー代謝、膜輸送、細胞内外電位差の維持などの機能や役割を担う、塩素については、一連の消化に塩酸の形で関与、とある。
にがりには原則的に海水中の全ての微量ミネラル(析出結晶に付着・共沈する物を除き)が濃縮されてくると考えられる。Table 2 はにがりからの微量ミネラルの摂取量を推定するための表である。1日当たり1 mlのにがり摂取量からは、必要摂取量と比較して桁違いに少ない量しか摂取できず、にがりからの微量ミネラルの摂取量は期待できないことが判る。
にがりの主要成分はマグネシウムであるので、市販にがりにつてマグネシウム100 mg当たりの価格を示すとFig.10のようになる。にがり製品の包装形態、充填量によって価格はかなり変動することは考えられるが、図が示すように桁違いに高価な商品があることに消費者は十分な注意を払う必要がある。
結論としては、にがりはMg, Ca, K等の主要成分のミネラル・サプリメントとしては有用であるが、微量ミネラルの摂取量については期待できない。にがりを購入するときには、比重が1.3程度で、組成を見てMgが6500 mg/100 mlまたは5000 mg/100 g程度の商品を選ぶ。MgよりもNaの方が多い商品、Caがある商品(イオン交換膜製塩にがりは除く)、なめて塩味がするにがりは二度と購入しないことである。
References
1) T. Hashimoto, “Processes of Salt Manufacture and Quality of Salts”, Nippon Shokuhin Kagaku Kogaku Kaishi, 49, pp. 437-446 (2002) (Japanese)
2) Soc. Sea Water Sci.
Jpn., (Ed.), “Handbook of Sea Water Utilization”, p. 199 (1974) (Japanese)
3)
M. Tamai, “Sio to Nigari ga Yokuwakaru Hon”, Tokyo Syoseki, Tokyo (2004)
(Japanese)
4)
The Salt Industry Center of Japan, “Methods for Salt Analysis, 2nd Ed.” (2002)
5)
T. Hashimoto and M. Murakami, “Sio no Kagaku”, p.125 (2003) (Japanese)
6)
M. Ito et al. (Ed.), “Igaku Daijiten”, Igaku Syoin, Tokyo (2003)
(Japanese)
7)
Y. Itokawa (Ed.), “Dictionary of Minerals”, Asakura Shoten, Tokyo (2003)
(Japanese)
平成17年3月30日受付
Received Mar 30, 2005
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