保健の科学 第35巻 第12  867-870ページ 1993

連載12 食塩と高血圧

食塩と高血圧に関する海外の報道

      橋本壽夫
                                              日本たばこ産業株式会社
                                              海水総合研究所所長

はじめに

 日本では食塩は悪者で国民全体に減塩至上主義的な考えを押し付けるような論調が続いているが、外国では新しい研究結果による事実に基づいて、かつての食塩は悪者と言う考え方から、食塩が悪者となる人々は少数で大半の人々は関係ないと言う考え方に変りつつある。そして、現在のところ両者を容易に見分ける手段がないので、その開発の研究に期待が寄せられている。一年間の連載を終えるに当たり、海外報道の紹介をして食塩は悪者と言う考え方が批判されている様子を紹介する。

食塩:新たな悪者?

 これは1982315日号のタイムに記載されたカバー・ストーリの表題である1)。この時期、ダールの疫学的統計で食塩と高血圧発症率との関係が明確に示されていることを根基として、それまでの10年間、食塩は有害食品と言われてきた。食塩が悪者、毒物であるかのような見出しで書かれた本が10万部も売れ、食品工業界は低塩、食塩代替物を入れた新商品を出して消費者の恐怖心につけ込み、食塩問題に敏速に対応した販売戦略を取っ ている。医師と栄養学老は食塩の過剰摂取に反対する行動を起こそうと騒いでいる。食品医薬品局長官は加工食品にナトリウム表示をさせようと考えている。それに対して塩協会はナトリウム表示だけをすることは脅迫表示であると反対している。レーガン大統領は政府の過剰な規制に反対である。雑誌の減塩調理法講座や料理講習会の盛況、薄味レストランの出現、食塩摂取量の管理機器といった内容で食塩摂取量を巡る話題を色々な角度から客観的に紹介している。

塩分警告

 これはインターソルトスタディの調査結果が発表された2)翌年にニューヨーク・タイムズ・マガジンの記事に使われた見出しである3)。内容の一部を次に示す。ほぼ20年近くアメリカ人は塩分低減により高血圧から身を守るように忠告を受けてきた。栄養上の禁止令は長引く傾向がある。権威者は一度禁止した場合、その証拠がどのような状態にあろうと、禁止を解除したがらない。これまで主として文化的な国境を越えたグループを比較して減塩が主張されてきた。しかし、塩分摂取量だけが2つのグループ間の唯一の相違ではない。他の因子であるアルコールや脂肪の摂取量、あるいはガソリン消費量だけでなく、数値化できないが宗教的慣行や社会的な相互作用がある。身体活動低下の現われとしてガソリン消費量の上昇は高血圧発症に影響する因子のひとつであるかも知れない。
 以上のような前半の論調から後半にはインターソルトスタディの結果を紹介し、次のように述べている。塩分と高血圧に関して今世紀に我々が期得できる最高のデータをもたらした。高血圧に対する塩分の影響はかなり小さいもので、減塩を高血圧防止の手掛かりとして強調するのは多少危険であるといえよう。食塩摂取量を減らすために大変な努力をしているが、高血圧から逃れることは出来ないであろう。

高血圧の危険性をどの様にして医者は強く売り込むか

 これは19908月号のワシントニアンに掲載された目次の表題である4)。インターソルトスタディの結果が発表されてから食塩に対する考え方が大きく変わり、それがよく分かる記事である。見出しは過剰殺裁となっており、その下に内容紹介の短文があるが、それは次のようになっている。塩分に注意し、降圧剤を飲みなさい。さもないと死ぬかもしれない、と医者は警告してきた。しかし、食塩はほとんど無関係である。しばしば、薬の方がより大きな害を与えている。高血圧との戦いがなぜ道を誤ったのか、効果のある薬がどうして集中砲火を浴びるようになったのかについて述べる、と言うことで薬害への警鐘を鳴らすとともに、医者と製薬会社との結び付きを産業界と軍部との結び付きに例えて、それに官が加わった時の危険性を警告している。
 この記事の中で従来の食塩と高血圧に対する考え方を批判している箇所をいくつか抜き出して見る。食塩が実際に毒であるとこれまで説得してきたが、(インターソルトスタディの結果から)事実はそうではないことが実証された。これから専門家は自らの信用とこれまでの保健政策に関する忠告の信頼性を打ち壊すことなく、どのようにして自らの立場を修正していくのであろうか。食塩と高血圧との関係についての論争をインターソルトスタディは解決した。飛行機が墜落した場合、事故のニュースが氾濫する。しかし、食塩仮説が崩れ(墜落)たとき、それは世界で最も静かで何事もなかったものとして扱われた。このように著しく対象的な扱いとなったのは、公衆衛生政策で誤りを訂正する有効な組織がないからである。さらに悪いことに、食塩仮説の支持者は今日でも相変らず自信を持って難破船の操舵室にしがみついている。
 インターソルトスタディの結果は予測できなかったもので、例えば、文明社会で食塩摂取量が最低であったのはシカゴの黒人男性であった。高血圧者が多く、一方、中国の天津では高血圧者は少ないが食塩摂取量は最高であった。正常な血圧の大多数の人々にとって、インターソルトスタディの最も単純で総合的解釈は、食塩摂取量がそれほど重要ではないことである。
 インターソルトスタディの結果は科学的に完全な証拠であるにもかかわらず、アメリカの報道、科学ジャーナルではほとんど見落されてきた。1年以上にわたり参加者はあまり話さず、イギリスの医学ジャーナルの論文を読んだ人だけが知っていた。高血圧と戦っているアメリカの公的機関からも何のコメントも出されなかった。ハーバード大学のベネットがニューヨーク・タイムズ・マガジンに、食塩はほとんど重要でない、とこの問題を出した3)時の反応はインターソルトスタディの研究者であるスタムラーからだけであった。
 ベネットは公的機関が沈黙している理由について「調査結果の公表により食塩に関する勧告を断念しなければならなくなり、それは一種の屈辱であるからだ。」と説明している。また、1988年当時、アメリカ心臓協会栄養委員会の会長であったラロサは大学の公開討論会で「我々は笑い者にされないで、どのようにして食塩に関する勧告から身を引くかを考えているところである。」と打ち明けた。
 以上のようにかなり皮肉をもって批判しながら、この問題に科学的に対応していないことを問題点として指摘している。

高血圧:食塩の本当の役割

これは1990年に第13回国際高血圧協会会議がモントリオールで開催された後でル・モンドに掲載された記事5)の見出しである。この会議では食塩と高血圧に関する問題に異議が多く、公衆衛生面で重要なこの問題に関してコンセンサスが見出だせないことを示した。
 人口の1520%を占めるフランスの高血圧患者の大多数は食生活を改善した方がよい。ただし、患者にとって遵守が難しく苦痛である食塩のない食事は実施しない。科学的結論が出ているにもかかわらず、一部の専門家は今なお自分が間違っていたと認識することを潔しとしない。そのため、多数の医者がなお、この分野でドグマの価値を信じている。モントリオールに集まった専門家の大半は“高血圧予防のために食塩摂取量を減らす方針を一般的に実施しても利益は少ないことを認めた”といったことが書かれていた。

高血圧:減塩療法に別れを告げよう

 1990年のScience et Vieに掲載された記事の表題である6)。食塩と高血圧の関係が最初に取り上げられたことから説き起こし、インターソルトスタディの結果まで、これまでのこの問題に関する戦いの歴史を漫画を挿入しながら解説している。記事の最後のところで、次のように述べている。食塩と高血圧の問題で判明している唯一のことは、食塩感受性は一部の人達だけである。この人達にとって食塩摂取量と血圧との間にある種の関係があるが、未だ解明されていない。しかし、大多数の人達は塩分に対する抵抗性を持っており、彼らに対して暴君のごとく食事療法政策を押しつけるのは誤りである。

食塩を振りかけるべきか?

これはワシントン・ポストのサンデー・ニュースペーパー・マガジンの記事である7)
 最近、何人かの研究者達は、食塩に感受性を持っている少数の大人のみに食塩は問題となるだけである、と言い出し、その理由を次のように考えている。
  食塩が高血圧の原因であると結論的に証明した研究はない。
  食塩制限は、ある場合には高血圧の引き金になるように思われる。
● インターソルトスタディで分ったことは、大多数の人々にとって食塩摂取量と高血圧との関係は非常に弱い。
 しかし、アメリカ医学会や保健省は減塩を推奨しており、多くの人々に不信を抱かせている。我々は食塩を振り掛けるべきかどうか。これに対し、食塩は不可欠である。食塩感受性の問題があり、該当者は減らす。危険因子(肥満、アルコール、食塩など)の評価をして優先順位をつける。減らしたいと思えば穏やか減らす、と言った内容であった。
 ローゼンサールもニューヨーク・タイムズの中で、問題は食塩摂取量よりもカルシウム摂取量の方に移ってきていることを解説しながら、食塩に関係する専門家の意見をいくつか紹介している8)。例えば、国立心臓・肺・血液研究所の疾患予防部長ハーラン博士は“50年間も人々は食塩の問題に関心を持ち続けてきたが、未だに確たる証拠はない。我々は食塩から余りにも多くのことを期待してきたが、影響度は小さいに違いない。”と述べている。ハ−バード大学公衆衛生学のウィレット教授は“体重を減らしたり、酒を飲み過ぎないようにして血圧を下げることができる、という本当に重要なことを忘れている。”と言っている。ミネソタ大学医学部内科部長フェリス博士は“正常な血圧の人々に食塩が高血圧の原因となる証拠は何もない。幼児食から食塩を取り去ることは愚かなことで、不合理な恐れのために私が塩つきプレッツェルを食べられないとは驚きである。”と言った具合である。

おわりに

 食塩摂取量と高血圧の問題について海外の新聞、雑誌の報道のいくつかを紹介した。日本の報道は、食塩摂取量と高血圧との新しい事実を報道しても結論的には減塩の方向に持っていくのに対し、海外の報道は歴史的な経過をのべ、研究内容の要点を解説し、学者の賛成、反対の両方の意見を載せて公正な立場に立ち、かなり切り込んだ表現で報道しており、読者が最終的に結論を出せるような判断材料を提供している。
 この一年間にわたって食塩と高血圧との関わりについて文献的な紹介を行なってきた。この問題についてはまだ結論が出されておらず、これからも研究が進み新しい事実が明らかになる度に新たな話題で論争が続けられるであろう。

引用論文

1Wallis C: Salt: A new vi11ain? TIME March 15:52-59, 1982.
2)  Intersalt Cooperative Research Group: Intersalt: An international study of electro1yte excretion and blood       pressure. Results for 24 hour urinary sodium and potassium excretion. BMJ 297:319-328, 1988.
3Bennett WI: The salt alarm. The New York Times Magazine, January 22, 1989.
4Moore TJ: How doctors oversell the risks of high blood pressure. Washingtonian 25:64-67, 194-204, 1990.
5Nau JY: Hypertension: le vrai prix du sel. Le Monde 4 juillet., 1990.
6Bader JM: Hypertension: la fin du regime sans sel. Science & Vie 878:68-75, 1990.
7Shake the salt? The Washington Post PARADE, The Sunday newspaper magazine November 10, 1991.
8Rosentha lE: Hypertension research challenges role of salt. The New York Times December 31, 1991.