たばこ産業 塩専売版  1994.02.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社海水総合研究所所長

橋本壽夫

食塩と高血圧に関する海外の報道(3)

高血圧の危険性をいかにして医者は強く売り込むか

 いささか刺激的な副題であるが、これは1990年にアメリカの雑誌「ワシントニアン」に発表された15ページにも及ぶ論文の表題で、副題は過剰殺戮となっており、なぜ塩が高血圧と結びつけられて政策的に悪者にされたか、降圧剤の効果と欠点、現状はどうか、といった観点から書かれており、この内容について紹介する。

導入部

 塩分に注意し、降圧剤を飲みなさい。さもないと死ぬかもしれない、と警告するが、塩はほとんど無関係である。しばしば薬の方が大きな害を与える。
 高血圧との戦いは多くの人々に重要な健康上の利益をもたらした。しかし、その他大勢の人々にとって、それは生涯にわたる不必要な心配を与えたにすぎない。
 血圧の薬、特に脳卒中の防止薬による効能は広く宣伝されているが、その副作用が予想より頻繁に生じ、重大であることが明らかになっているにもかかわらず、ほとんど知らされていない。多くのメディアは人々に毎日服用するように勧めているが、高血圧の人々のほぼ半分は治療する必要はないのに、ほとんど何も報道されていない。
 健康なアメリカ人は高血圧防止のために塩分を減らすように繰り返しいわれている。しかし、この主張は十分証明されたものではなく、論争の的になっていることはあまり知らされていない。
 そして、塩分に関する仮説が科学的に試験され、予想外の結果(インターソルト・スタディの結果で塩はほとんど関係ない)が得られたにもかかわらず、あまり知らされていない。

塩が悪者にされた歴史的背景

 健康についてアドバイスをする専門家にとって、塩はデリケートな問題となった。彼らは健康にもっとも関心のあるアメリカ人に対し、塩は毒であると言ってきたが、そうではないことが実証された。専門家は自らの信用と健康に対するアドバイスの信頼性をなくすことなく、どのようにして自らの立場を修正するのであろうか。
 塩が高血圧との関係で注目されたのはケンプナーのライス・ダイエット食(無塩食)による重症高血圧者の治療であった。治療効果の理由を塩に結びつけたのはダールで、ラットによる塩と血圧との関係を調査し、疫学調査の結果を食塩摂取量と高血圧発症率との関係で分かりやすくグラフにし、塩が高血圧の原因であるという仮説を立てた
 食塩仮説は有力な科学者に支持され、ベビー・フードの塩分削減を促したり、国立科学アカデミーの塩分削減の勧告、食品ラベルへの表示、加工食品中の塩分規制が食品医薬品局に申し立てられた1980年代初期に塩は毒物と主張されるようになった。
  一方、アメリカの医学界は製薬メーカーと同じ目的を持って結びつくようになり、産軍複合体と同じような医学、製薬産業複合体の形態ができた。軍と同様に、医学界が国民の健康について注意を喚起すると、国民は国の安全を守るのと同様の重要性をもって健康に金を使った。
 高血圧の治療では、降圧剤の開発でフライスは利尿剤(塩分排泄剤)の効果を確認し、マスコミに訴え、健康に関する運動家ラスカーの注目を得て、降圧剤の服用が大々的に勧められるようになった。高血圧に対する薬物治療を行わない限り死ぬかもしれない、といった脅かしの暗示をコマーシャルで流した。
 このような利尿剤の服用は塩分排泄を促進することであるから、最初から塩分摂取量を制限すれば、利尿剤の服用を減らせて経済的であるし、薬剤の服用による副作用の問題もなくなることから減塩が勧められている。

脅かしと効果の誇大宣伝

 アメリカでは6,000万人という多数の人々が高血圧であり、治療によって利益があるといわれているが、これは軽症の高血圧者も含めた数値であり、薬物治療効果があるのは中症、重症者だけで350万人ぐらいである。治療中の高血圧者は1,600万人いるといわれているが、多すぎる数である。
 次に治療は高血圧を抑える上で目覚ましい効果を上げ、1972年以来、脳卒中の死亡率を50%減少させる一因となった、としているが、治療が大きく貢献したわけではなく、減少の約10分の1だけが治療に起因している。すなわち、治療により脳卒中の死亡率は5%減少したといえる。なぜ治療効果が少ないかという理由についても言及している。

食塩仮説の矛盾

 塩と高血圧との関係について、より注意深く事実を検討すればするほど食塩仮説とは食い違ったことが述べられるようになった。調査が大規模なものになり、より強力なものとなった場合、なぜ塩に関する主張は弱くなり、食塩仮説は崩れるのであろうか。
 インターソルト・スタディの結果について公的機関が奇妙に沈黙していることについて、ハーバード大学のベネットはその理由を「調査結果の公表により塩分に関する勧告を断念しなければならなくなり、それは一種の屈辱であるからだ」と述べているし、アメリカ心臓協会栄養委員会長ラロサは「我々は笑い者にされずに、どのようにして塩分に関する勧告から身を引くかを考えているところだ」と大学の公開討論会で打ち明けている。
 この報道はセンセーショナルな内容で著者はジョージ・ワシントン大学の客員研究員で、心臓病に関するアメリカ医学界の批判的調査と心臓病看護の改革を提唱している。この記事の素材は医薬その他の専門雑誌から約200件の論文と公式会議議事録、専門家とのインタビューに基づき書かれたものである