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たばこ塩産業 塩事業版  2008.12.25

塩・話・解・題 45 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

高血圧治療のために食塩摂取量6 g/日未満は達成できるか?

 

 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン2004では食塩摂取量を6 g/日未満としている。この目標が達成できるかどうかについて、「できる」とする立場と、「難しい」とする立場から論争した内容が「臨床高血圧」誌(20076)に掲載された。それぞれの論点を紹介し、感想を述べたい。

真実に迫る重要な「減塩論争」

食塩摂取量と高血圧疾患との問題については明確な結論が出ているわけではなく、個体差が大きいことから、研究成果は一律、普遍ではない。このため海外では医学専門誌で減塩についての論争がしばしば掲載される。それらを本紙ではいくつか紹介してきた。しかし、国内ではほとんど論争されることはなく、掲載された論争は稀有な事例といえよう。
  減塩提唱者は多いが、懐疑者、反対者は少ないため論争にならないのかもしれない。相反する立場からの論争があれば、自分が判断する拠り所が明確になり、不安感が解消される。
  一方的な考え方の情報提供が洪水のごとく続けば、判断は偏らざるを得なくなるし、その情報が真実性を帯びてくる。海水中の溶存塩類を間違えて教科書に掲載しているのはその良い例だ。何点かの百科事典が間違った情報を流しているからである。論争は真実に近づく重要な過程である。

『できる』食習慣の変更などで

 6 g/日未満の食塩摂取量が「達成できる」と主張するのは滋賀医科大学の上島弘嗣教授。大規模疫学調査のインターソルト・スタディで日本の調査拠点3ヶ所の内で一つを担当した。達成できると判断した根拠の一つは食塩摂取量調査の結果毎年厚生労働省が国民健康・栄養調査の中で発表している。その様子を図1に示す。大きく変動しながらも30年間で約3 g下がってきたことが分かる。
       食塩摂取量の推移
 論争時の最新データである平成16(2004)の調査で、110 g未満を達成している人は20歳以上の成人で44.3%もおり、20歳代、30歳代の女性では、平均がそれぞれ1日当たり9.5 g9.4 gであり、50%以上の人が10 g未満を達成していることから、国民の平均食塩摂取量が米国なみに8 g程度になるのも時間の問題としている。しかし、表1に示すその後の目標摂取量達成率の進み具合を見ると、これから先何十年もかかりそうである。

表1 食塩の目標摂取量達成率の推移 (20歳以上)
平成16年 平成17年 平成18年
全体 10 g 以上の者 55.7 60 %以上 60 %以上
10 g 未満の者 44.3
男性 10 g 以上の者 64.5 63.5
10 g 未満の者 35.5 36.5
女性 8 g 以上の者 71.8 70.0
8 g 未満の者 28.2 30.0

 さらに過去の東北地方の食塩摂取量が1950年代には25 g程度であったが、現在では12 g程度であり、10 g以上の減少が生じていることをあげている。また別の文献で1966年から1999年までに40歳代から50歳代の年代で10.512.2 gの減塩が達成されていること、そのデータの中には日本からハワイに移住した日系米国人が含まれており、彼等の食塩摂取量は40歳代と50歳代男性ではそれぞれ9.6 g10.0 g、同年代の女性ではそれぞれ7.5 g7.4 gに低下しており、食習慣の変更で減塩できると考えている。これらの数値を体重kg当たりの摂取量に換算し、日本人の体重に当てはめると各年代の男性で8.6 g、女性でそれぞれ7.1 g6.7 gとさらに低い数値となる。体重がハワイ在住の日系米国人のようには肥満せず、食塩のみハワイ在住日系米国人なみになるとすると、日本人の平均食塩摂取量は6 g未満にもう一歩のところまでくることになる。当然、6 g未満の人もかなりの割合にのぼるはずである。
 ハワイの日系米国人が食べている味付けになれば、多くの人が達成できる量であることがわかる。もう一歩の努力で16 g未満を達成できるので、目標は近い、としている。

『難しい』減塩指導の結果から

 6 g/日未満の食塩摂取量を達成するのは「難しい」と主張するのは広島県済生会呉病院の松浦秀夫院長。いくつかの減塩指導の結果と自らの実験経験から難しいと判断している。
 減塩は生活習慣の改善の中で大きな役割を持っている。日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン2000では食塩制限17 g未満となっていたが、国際的な動向から2004年に6 g未満となった。健康日本21では10 g以下にするように求めているが、平成16年の実績では10.7 gであった。以前に比較すると減少してきたが、減塩6 g/日未満が達成できるかどうかについては、多くの患者や第一線の医師から無理であるとの声を聞く。
 日本高血圧学会では減塩を推進する目的で2005年に減塩ワーキンググループを立上げ、減塩の推進に積極的に取り組むこととした。高血圧治療に減塩6 g/日未満が必要であることの理論的裏付けと、食塩摂取量の臨床評価法について医家向けのパンフレットを作成し、患者向けには6 g達成のレシピも作成して配布する努力を行ってきた。しかし、その結果の評価はされていない。
 減塩指導がどのくらい守られるかについて、389例の日本人高血圧患者で平均3.5年間に食塩排泄量の測定を平均4.6回実施した結果では、長期間の減塩遵守性は悪かった。4.6回のうち1回でも6 g/日未満を達成した患者は45.2(男性34.6%、女性52.6)であったが、観察期間を通じて6 g/日未満を達成した患者はわずかに2.3%であったし、平均値が6 g/日未満であった症例は10.3%であった。高血圧治療専門施設ですらこのような現状であることを考えると、一般診療施設における減塩達成率は想像するに難くない。
 減塩食の長期間にわたる遵守を検討した研究は少なく、その結果も否定的である、として2件の海外文献を紹介している。そのうち1年間、減塩指導を行った軽症高血圧患者と行わなかった患者の試験では、口頭指導による減塩は実行できないと結論している。また、もう1件の報告では軽症高血圧患者に口頭指導と0.5%減塩パンを提供することで食塩摂取量5 g/日をどの程度達成できるかを評価した424週間の減塩試験では、5 g/日未満には20%の患者しか達成しなかった。しかし、目標値まで達しなくてもある程度血圧を下げることは可能であった。 勤務先の病院で減塩指導し、どの程度減塩が遵守されているかを評価した。参加患者には生活習慣改善の必要性を教育し、減塩については必要があれば管理栄養士の栄養指導を受けさせた。患者はほとんど降圧剤を服用しており、減塩の必要性についてはほぼ全員が理解していると考えられた。最初に摂取量を評価したのち約半年後に2回目の評価をした結果を図2に示す。食塩摂取量が6 g/日未満であった症例は1回目の6(14.6)から2回目の17(41.5)に増加した。6 g/日未満の達成率は1回目0(0)2回目5(38.5)であった。3回目になると3(23.1)と少し減塩遵守が低下していた。
      高血圧外来において減塩指導を行い、2回の評価を実施した41症例の食塩摂取量の変化
  

 これらの結果から、減塩の達成目標値である6 g/日未満を達成するには厳しい状況にあるといわざるを得ない。しかし、目標を達成できている患者が一部ではあるが存在していることも事実であり、減塩遵守ができる患者を増やす努力や工夫が求められている、と結んでいる。

血圧降下に及ぼす減塩の効果

 「達成は難しい」とする立場で書いている論文の中で、生活習慣の改善が降圧効果に及ぼす大きさを3のように示している。減塩の効果は意外に小さいことが分かる。一番効果があるのは減量だ。メタボリック症候群の一つが高血圧症であるので、最近メタボ対策に食生活の改善、運動の奨励で減量することがマスコミを賑わしている。その科学的根拠がこの図であろう。次に効果があるのはDASHである。これは高血圧予防食とでも言うべき食事で、果物や野菜(カリウムの摂取)、それに低脂肪乳製品(カルシウムの摂取)を多く食べることで、大きな降圧効果があることが分かり、注目されている食事である。
 減塩に対しては降圧効果と反対に昇圧効果を示す人がおり、その他の逆効果もあるので、様子を見ながら減塩に取組む必要がある。

       生活習慣の修正に基づく降圧の程度

論争記事を読んで

 厚生労働省が行っている国民健康栄養調査で6 g/日未満の減塩を達成することは不可能であろう。とりあえず、高血圧治療ガイドラインで減塩の目標値を示し、高血圧者の治療管理に役立てようとしている。「達成できる」という立場では、達成できるとするためにいろいろな仮定をして達成目標は近いとしているが、筆者には現実離れしているように思われる。 しかし、このような論争が専門誌、情報普及誌に掲載されることは有益であり、頻度の増加を望む。