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たばこ塩産業 塩事業版  2005.11.25

塩・話・解・題 8

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

減塩推進を巡る論争 (1)

反減塩推進論者の主張

 一律に減塩を推進することに対して異議を唱える学者は少ない。日本ではそのような学者はほとんどいない。世界的にも有力な減塩懐疑論者は高齢で活動できなくなったり、若くして亡くなったり、研究対象を変えたりで、反減塩推進に関する論文発表が少なくなってきた。そんな中で3年前になるが国際疫学雑誌(International Journal of Epidemiology: 2002, 31, 311-331)で減塩を巡る論争が掲載された。その内容を3回に分けて紹介する。論文中のナトリウムは食塩と読み替え、量も食塩に換算した。

オルダーマンの主張

 アルバート・アインシュタイン医科大学(ニューヨーク)のオルダーマンは、「食塩摂取量を一律に1日当たり約6 g以下まで下げる主張は、これが集団全体の血圧低下をもたらし、ひいては心臓血管疾患率や死亡率を低下させると言う信念に基づいている。」、「利用できるデータは全集団や高血圧者集団のいずれについても食塩摂取量に対する目標値を正当化する事実を十分に提供していない。」と前書きで主張している。
 以下、それぞれの項目で記載されている概要を示す。

食塩摂取量と血圧との関係
個々人の血圧との関連付けには無理が

 食塩摂取量の差が血圧の変化を説明した最初の指摘は異文化間の調査からであった。未開発文化社会では血圧は低くなる傾向にあり、加齢に伴う血圧上昇は現れなかった。食塩摂取量は開発文明社会と未開発原始社会との間で差があることが分かった。
 このことから食塩摂取量の変化が血圧を変えるのではないか、と言う疑問をもたらした。この仮説の妥当性は移住実験で議論された。未開発原始社会から都市に定住した人々は一般的に血圧を上昇させた。食塩摂取量は工業化社会集団の摂取量まで上昇した。このことは、食塩摂取量の増加が血圧を上昇させるという見方を支持した。
 ところが最近分かったクナ・インディアンの例では、過去50年間で食塩摂取量は増加しているが、伝統的な文化パターンを厳密に守っており、加齢に関係なく血圧は低かった。食塩摂取量は移住に伴って変化した多くの要因のわずか一つであるが、他の要因の説明はなかった。
 また、一般的な社会生活と隔離された社会生活を送っているイタリアの同じ地域に住む二つの修道女グループを比較した30年間の観察研究で、食塩摂取量は同じであったけれども、加齢に伴う血圧上昇は社会グループで大きく、心臓血管疾患死亡率や罹患率も増加した。個々人の血圧に対して食塩摂取量のような単一の要因と関連させることはあまりにも単純すぎる。

食塩と血圧との観察研究
世界52か所の横断的調査でも結論出せず

 食塩摂取量と血圧との関係について、より正確な追跡は疫学調査で可能であるとされてきた。最も大規模な疫学調査はインターソルト・スタディで、世界中の52ヶ所で1万人以上の被験者による横断的な調査であった。その結果は、食塩を自由に摂取できる52ヶ所の内の48ヶ所で、摂取量は6〜12 gの間で変わらず、血圧との間に何の関係もなかった。しかし、加齢に伴って血圧は上昇した。この研究は横断的であるため、長期間の経時的な研究ではないので、加齢に伴う血圧上昇という概念は一つの可能性を推定しているだけである。結局、横断的研究の結果は首尾一貫しておらず、結論を出せるものではなかった。

食塩と血圧との実験研究
減塩・増塩とも血圧低下・上昇が同程度

 減塩は血圧を下げ、増塩は動脈圧を上げることは12匹のチンパンジー研究で示された。人間では、この問題はもっと複雑で個人差の変動が大きく、遺伝子の相違に関係しているようである。男子医学生269人の最近の研究では、1.215.8 gの食塩摂取量変化に対して大体半数が血圧に変化なく、減塩から増塩への変化に対して1/4が血圧上昇を示すが、1/4は血圧低下を示した。(逆に減塩でも血圧低下と血圧上昇が同じ程度の比率で生ずることが別の研究で報告されている。本紙19951125号参照)

食塩低減の総合的な保健効果
食塩摂取量と健康との関係は中程度

 寿命や生活の質と食塩摂取量との関係についてはほとんどデータがない。齧歯動物では、食塩摂取量低減は血圧を下げる一方で成長を妨げ、寿命を短くする。最低限の食塩摂取量である原始社会の人々でも寿命は短い。対照的に工業化社会では、6〜12 gで著しく均一な食塩摂取量であり、予測寿命はほぼ2倍の長さになる。日本では予測寿命は世界一長い。したがって、生態学的データでは食塩摂取量の低下が寿命を延ばすという示唆はなく、高食塩摂取量が予測寿命を延ばすことと一致しているようでもある。
 利用できるデータが示唆しているところによると、疾患率や死亡率に反映される食塩摂取量と健康との関係は中程度で一定していない。したがって、ただ食塩摂取量だけが全集団についての適正な、または望ましい目標である、と言うあまりありそうでない主張を現存する事実は全く支持していない。これは人間を特性付けている遺伝、行動、環境的な多様性の点から当然のことである。

結論
「減塩推進」の科学的根拠は確立に至らず

 低塩食を採用するという決定は、減塩が最終的な健康に及ぼす点で安全かどうか、心臓を守ることになるかどうか、と言ったことについての事実はないことを警告すべきである。明らかに、食塩摂取量の急激な低下を集団全体の公衆保健政策として勧告することに正当性はない。減塩を行うときには効果と安全性の両方を注意深く継続調査すべきである。
 健全で一律の食塩摂取量を勧告することは生活の質と寿命の長さに及ぼす減塩の多面的な結果の総計についての知識を持たなければならない。それまでは全体の食事勧告は科学的正当性を持てない。
 ◇…以上、反減塩推進論者オルダーマンの減塩を推進させる科学的根拠が確立していないという主張を述べた。オルダーマンは一貫して減塩の危険性について研究し、論文を発表してきている。その一部は1991425日号で紹介した。