たばこ塩産業 塩事業版  2000.04.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

厚生省「健康日本21」における「食塩摂取量」について

 

 種々疾病の発病を予防し、国民の健康を増進、QOL(Quality Of Life=生活の質)の向上を図ろうという、厚生省主導による21世紀における国民健康づくり運動” ─『健康日本21』の報告書が昨年度末にまとめられました。同報告書「各論」では、たばこやアルコールとともに、「栄養・食生活」の項があり、そこでは塩も取り上げられています。曰く「食塩については、高血圧予防の観点からは、諸外国では6 g以下が推奨され、日本では10 g未満が推奨されている。平成9年では成人1日あたり平均摂取量13.5 gと依然過剰摂取の状況にあることから、平均摂取量10 g未満を目標とする」。また、3月24日には農林水産省・文部省・厚生省の策定による『食生活指針の推進について』の閣議決定があり、こちらでも「塩辛い食品を控えめに、食塩は1日10 g未満にしましょう」との数値目標が打ち出されています。しかしいずれもその根拠は明確ではなく、ただこれまでのスローガンの繰り返しの感じで、新しい知見もありません(報告書には付録として“高血圧予防の観点からの食塩摂取量について”[厚生省「第6次改定日本人の栄養所要量ー食事摂取基準」より一部抜粋]が掲載されており、『食塩摂取量が血圧におよぼす影響には、個人差が大きい。集団レベルでは、アフリカ系米国人、高齢者、高血圧患者、糖尿病患者には食塩感受性者が多いという。しかし、食塩感受性(個人)をあらかじめ識別する方法は、現時点ではない。一方、中等度の減塩(6 g/)により、有害な影響が出現したという報告はない。さらに中等度の減塩により、降圧薬服薬量の減少、降圧利尿薬によるカリウムの排泄が抑制されること、左室肥大の改善、骨粗鬆症や腎結石の予防等の利点も認められている』とありますが……)。
 10 gという数値が一人歩きしているわけではないと思いますが、この数値が打ち出された背景などについて解説していただけないでしょうか。                       (編集部)

確たる根拠がない10 g

 食塩と高血圧の問題から、食塩の摂取量が多いとされている日本で、日本人の栄養所要量の中で食塩について1日当たりの目標(適正)摂取量10 gが設定されたのは昭和54(1979)のことでした。この10 gが設定された背景については、本紙(昭和6212月発行第1461)で既に解説しておりますが、端的に言って確たる理由があって決められた数値ではないのです。再度、簡単に背景を述べましょう。
 日本がこの数値を決める2年前に、アメリカでは1日当たり
5 gが決められました。その後、5 gは食品原材料に加えられる最高限度量であり、自然に含まれている量(3 g)をそれに加わえなければならないと言った意見が出て、最終的に1979年の議会で1日当たりの摂取量約8 gが決められました。西ドイツでは1976年に1日当たりの適正食塩摂取量として成人では5-8 gが勧告されていました。
  これらの情報を得ながら欧米とは違って、食塩が多く入っている味噌や醤油を調味料に使って習慣的に特殊な食生活をしている日本で、ただちに欧米並の数値を受け入れることは困難であるとして、当面の目標値として10 gが設定されました。
 この数値が決められた根拠は主として疫学調査に基づく結果を参考にしたものであり、介入試験や臨床試験で10 gにすることの効果が確認されて決められたわけではありません。

目標値と実際値に格差

 厚生省が毎年の国民栄養調査で発表している食塩摂取量の調査結果は当時13.0 g位でしたが、次第に減って一時的に11.7g(昭和62)まで下がりました。しかし、その後は次第に増えて現在では元に戻り13 g(平成9年の国民栄養調査では12.9 g)であまり変化しなくなっています。
 日本人の栄養所要量は5年ごとに改定され、その都度、食塩摂取量についても最新の文献を参考にしながら目標摂取量について考察されています。その経過をに示します。現在(平成11)6次改定まで出されております。この間、目標摂取量は達成されておりませんので数値は変わらずに現在に至っています。しかし、第五次改定では、日本人の食塩摂取量からみて、できるだけ減塩に努めることが必要であるが、当面の目標値として10 g/日以下とする。10 g/日を達成している人は、78 g/日へ、というように、各自が自分の現在の摂取量を下回るように常に努力しなければならない。10 g/日が理想的な食塩摂取量ではないということを強調しておきたい、と記されております。

アメリカの根拠も曖昧

 アメリカが1日当たりの食塩摂取量を設定した根拠についても必ずしも明らかではありません。厚生省の第6次改定「日本人の栄養所要量について」の中で米国高血圧合同委員会の第6次報告(1997)を引用していますが、アメリカ人の平均食塩摂取量は9 gであるので、そこには高血圧の予防と治療のための指針として食塩摂取量6 g/日以下を勧告しています。そこで、この報告書の中で食塩摂取量を決めたらしい根拠となる文献を調べてみると、万人に一律の減塩を勧める確かな根拠となる文献はなく、発表の仕方、データの整理方法が問題となっているインターソルト・スタディの結果、いくつかのメタアナリシスの結果等から決められたようです。このような数値を決めるのに必要な科学的データは、ランダム化された、コントロールのある長期間の介入試験の結果であるとされています。しかし、そのようなデータは今のところありません。したがってアメリカでも曖昧な根拠に基づいて数値が決められていますので、減塩の効果が必ずしも明確ではなく、逆効果も出ることがある、と言ったその後の研究結果から考えて、減塩政策に対して後に述べますように学者や業界から問題が提起されているのです。

減塩に反対する動きも

 このたび21世紀における国民健康づくり運動として『健康日本21』についての報告書が出されました。その中で健康づくりのためにいろいろな目標が設定されておりますが、食塩摂取量も含まれております。その内容はご質問の中に述べられている通りの「1日当たりの食塩摂取目標値10 g未満」で、これまで「日本人の栄養所要量」の中で定められていることと同じです。目標値を掲げても一向に達成されないので、もう少し強力に進めようとしているのでしょう。
 食塩摂取量の目標値が欧米で議論され設定された後、日本でも目標摂取量が設定されました。日本では食塩摂取量の目標値が設定されても、あるいは食品の成分表示にナトリウムが組み込まれても異議を唱える学者はいませんが、欧米では、そのような動きがあったり、それについて国民の意見を聞く場を設けられますと、反対意見が述べられます。その根拠となっているところは、食塩摂取量を万人に一律に減らさせる保健政策を進められるほどには科学的根拠がないからです。最近の研究によると、科学的にはむしろ減塩すべき人は限られており、その人達だけが減塩すればよいのであって、万人に勧めるべきではないことを裏付ける結果が出てきたからです。
 例えば、イギリスでは元イギリス高血圧学会の会長でレスター大学教授のスェールスは、国会動議の761で食塩摂取量を減らすことに対して、次のような要望を述べて反対しています。
  「科学的事実を総合的に調べた上で行ってもらいたい。専門家の間ではこの問題についてコンセンサスは得られていない。正常血圧者に減塩を勧めることは現在のところ意味はない。」
  このような意見を書いてスェールスは10人の学者(その内5人は元イギリス高血圧学会会長、1人は現副会長)の署名入りの手紙を1999.12.10付けで議員に出しており、その内容がインターネットで流されました。
  アメリカでは、「アメリカ人の食事ガイドライン」を検討している食事ガイドライン勧告委員会に対して、アメリカ塩生産者協会の理事長ハンネマンは科学的事実を批判的に評価するように要請したり、ヘルシー・ピープル2010で「食事と栄養」の中にある食塩摂取量のガイドラインを取り下げるように厚生省に働きかけています。これについてナショナル科学アカデミーも食塩のガイドラインを除外するように政府に勧めていることが、業界ニュースで流れてきております。
   以上、食塩の目標摂取量10 g/日が定められた背景とその後の動き、ならびに欧米における目標値の設定、減塩政策に対する反対運動などについて述べました。