たばこ塩産業 塩事業版  1999.01.20

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

真空式蒸発缶でつくった塩とそうでない塩との違いは?

 

 先月号に載せていただいた製塩工場を見学した者です。イオン交換膜電気透析装置の仕組みや性能について説明していただき有り難うございました。大変難しい技術を使って海水から塩を取り出していることが良く解りました。イオン交換膜製塩法と言いますので、イオン交換膜で塩が取れると思っていましたが、塩水のかん水が取れるのであって、それを真空式蒸発缶で煮詰めて塩を作っているのですね。専売制度が廃止されて自然塩と言われる塩が増えてきましたが、あの大きな真空式蒸発缶を見ると、工場で生産されているのだなーと感じました。真空式蒸発缶の仕組みとそれで出来た塩とそうでない塩との違いって、どんなところにあるのでしょうか?                         (岡山県・塩販売店)

流下式塩田製塩法からイオン交換膜製塩法へ

  昭和47年に日本の製塩法は流下式(塩田)製塩法からイオン交換膜製塩法に変わりました図−1に簡単に示した流下式塩田(枝条架と呼ばれる竹の枝で作られた濃縮装置とゆるい傾斜のついた塩田を組み合わせて、海水を循環濃縮させる塩田)の部分がイオン交換膜電気透析装置に代わっただけで、海水をどのような装置で濃縮するかにより付けられた製塩法の名前です。
流下式塩田の概念図
              図−1 流下式塩田の概念図

さまざまな製塩法

 製塩法には使用する装置によって、例えば次のような呼び方があります。
○ 入浜式(塩田)製塩法:入浜式塩田を用いて海水を濃縮して、得られたかん水を平釜または真空式 蒸発缶を用いて塩の結晶を採ります。江戸時代から昭和20年代までありました。
○ 天日(塩田)製塩法:メキシコやオーストラリアで見られる海水を天日塩田で塩の結晶が採れるま で蒸発濃縮します。
○ 真空式製塩法:真空式蒸発缶によりかん水を煮詰めて塩の結晶を採ります。かん水は塩田、イオ ン交換膜法、塩の溶解などによって作られます。食塩、精製塩、食卓塩などはこの方法で作られます。○  加圧式製塩法:加圧式蒸発缶によりかん水を煮詰めて塩の結晶を採ります。海外、特にヨーロッパ では現在も使われています。
○ イオン交換膜製塩法:イオン交換膜電気透析法によって海水を濃縮し、かん水を作ります。日本 では昭和47年以後、この方法に変わりました。
  海水直煮製塩法:海水を加圧式蒸発缶を用いて直接煮詰めて塩の結晶を採ります。日本で戦後の一 時期行われていました。
  平釜式製塩法:平釜によりかん水を煮詰めて塩の結晶を採ります。現在販売されている特殊製法塩 の多くはこの方式で作られています。

標準缶から外側加熱循環缶へ 

 昭和47年に日本の製塩法は大きな変化を遂げましたが、それは海水を濃縮する方法が変わっただけで、濃縮されたかん水をさらに濃縮して塩の結晶を取り出すせんごう工程(煮詰め工程)の部分である真空式蒸発缶を使うところは変わりませんでした。しかし、その装置そのものは、図−2に示すように標準缶から外側加熱循環缶へと効率の良い蒸発缶に変わりました。
  標準缶では、装置に付着しているスケールや塩の塊を洗い落とすために一日一回、洗缶作業が必要でした。そのために蒸発缶の稼働率や熱効率は非常に悪くなりました。
 外側加熱循環缶になってからは、この作業が無くなりましたので効率は非常に高くなりました。
 この作業が無くなった大きな理由は、イオン交換膜製塩法によりかん水の中にスケール成分が非常に少なくなったことと、装置の中で塩が付着しないように表面を磨き上げたり、構造を工夫したことです。

標準型蒸発缶と外側加熱循環型蒸発缶
         図−2 標準型蒸発缶と外側加熱循環型蒸発缶

低い真空度の缶を順に並べて
圧力によって違う水の沸騰する温度

 真空式蒸発装置は図−3に示すような構成になっています。ハイキングや登山で高い山に登り、飯盒でご飯を炊いてもなかなかふっくらとした柔らかいご飯にならない経験をしたことがあるでしょう。あるいは、圧力釜で魚を煮ると、骨まで柔らかに煮えて食べられるようになることを経験したことがあるでしょう。
3重効用真空式蒸発装置
             図−3 3重効用真空式蒸発装置

 これは、圧力によって水が沸騰する温度が違うからです。圧力が高いほど、高い温度で沸騰しますので、物は良く煮えます。高い山の上では気圧が低くなりますので、低い温度で沸騰し、物が煮えにくくなります。
  塩づくりのように水を蒸発させるだけであれば、低い温度で蒸発させても良いわけです。このように考えると、通常、大気圧の下では、水は100 ℃で沸騰し、100 ℃の蒸気が出ますから、その蒸気を熱源にして、例えば、大気圧より1/2位低い真空度の缶を加熱してやれば、水は80 ℃位で沸騰し80 ℃の蒸気が出るわけです。さらにその蒸気を熱源にして冷却水の温度によって決まりますが、低い真空度の缶を加熱してやれば、水は50 ℃位で蒸発します。このようにすると、最初に120 ℃の蒸気の量を1だけ入れてやりますと、0.9倍位の蒸発量が得られます。これを3回も繰り返して利用すると最初に入れた蒸気の2.4倍位の水を蒸発させられることになります。この様にして蒸気の利用率を向上させて、蒸発効率を上げ、水を蒸発させるエネルギー費を安くするように考えられています。

エネルギー利用率の高い真空式蒸発法

 実際には、濃度の高い塩水を沸騰させなければなりませんので、沸点上昇という現象のために、大気圧の下では108 ℃位にならないと沸騰しませんし、発生した蒸気は108 ℃の過熱蒸気でも、圧力が大気圧であれば100 ℃の蒸気としてしか利用できませんので、利用できる温度差としては小さくなります。有効温度差という言葉で表します。本来ならば120−100で20 の温度差が取れるわけですが、沸点上昇のため120−108で12 の温度差しか利用できませんので、それだけ効率が悪くなります。効用数を多くして蒸発倍数を上げようとしても、効用数ほどには上がらないのはこの理由からです。しかし、真空式蒸発法を利用して効用数を増やせば、導入蒸気の2倍も3倍も蒸発させられるのですから、エネルギー利用効率の高い煮詰め方であることには間違いありません。

大きな違いは塩の結晶の形

  真空式蒸発缶で作った塩と、そうでない塩との大きな違いは、塩の結晶の形にあります。真空式蒸発缶で作ると、結晶の形が一つずつバラバラになってサイコロのような立方体になります。他の方法で作った塩は結晶がいくつもくっついていたり、扁平な形をしていたり、粉砕されて雑多な形となっておりま
 立方体の結晶は表面が平坦で水を切りやすく、また水の層も薄いという特徴があります。このことから塩を粉体として扱うとき、水分が少ないとか、流動性が良くなる、触った感触がサラサラしている、といった性質が現れてきます。他の塩は、表面が凸凹していますので水分を含みやすく、しっとりとしたり、ザクザクしたり、ガサガサした手触りとなります。

 水分が少ないと言うことは、水分をニガリに置き換えると、ニガリ分を多く保持させられない、ということになります。したがって、真空式蒸発缶で作った塩は基本的にニガリ成分のミネラルが少ない、と言うことになります。しかし、もともと塩に含まれるニガリ成分は少ない(意図的に加えれば別)のですから、多い少ないと目くじらを立てる程のことではないのですが、販売上のキャッチフレーズとすれば販売量が変わってくるところから、針小棒大的に表現したくなるのでしょう。ちなみに、人間の体に必要なミネラルを塩から採ることは期待できないし、味も区別しにくいことが東京都消費生活総合センターから報告されています。