たばこ塩産業 塩事業版  1998.12.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

電気透析槽の構造と仕組み、トラブル回避について

−イオン交換膜電気透析法−

 

先日、初めて製塩工場を見学させていただきました。イオン交換膜法についての知識はパンフレットからのもので、想像していた姿と実際とではずいぶん違っていました。私は大きな水槽のようなものがあって、海水が大量に注がれているイメージがあったのですが、実際には透析槽とか電槽と説明された角張った装置がいくつも整然と並んで置かれておりました。その部屋は音もなく静かで、海水が流れている様子は見えず、動いているのかどうかさっぱり判らず、本当にここに海水が通っているのかしら?などど思ってしまいました。一体、あの中はどうなっているのでしょうか?そして1日当たりどのくらいの海水が通され、どのくらいの塩がつくられているのでしょうか?        (岡山県・塩販売店)

 「百聞は一見にしかず」とか言われますが、見てもよく分からない物もあります。例えば、今ではどの電気製品にも使われている集積回路(IC)チップです。中は複雑な回路が緻密に張り巡らされて、驚異的な働きをしていますが、外から見た限りでは小さな四角い塊でしかなく、全くのブラックボックスという言葉がぴったりです。
 イオン交換膜電気透析法で海水を濃縮する電気透析槽も似たように感じる物で、見て説明を聞いても実感がわかず、「ふーん、そうなの」と言った程度で通り過ぎたのではないでしょうか。と言えば、失礼に当たりますね。ともかく、ご質問に対してどこまで理解していただけるか自信がありませんが、努力してみます。

イオン交換膜電気透析法

 イオン交換膜電気透析法の原理は工場見学でも説明されたでしょうし、パンフレットにも書かれていますので大体は理解されていると思いますが、念のため図−1に示しました。海水の中にはナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウムといった+の電荷を持った陽イオンと、塩化物イオン、硫酸イオンのような−の電荷を持った陰イオンがあります。 イオン交換膜電気透析槽(以下、電槽という)は、図に示しますように陽イオンだけを通す陽イオン交換膜(陽膜)と、陰イオンだけを通す陰イオン交換膜(陰膜)を交互に組み合わせて小さな部屋を作り、その両端に電極を置いた構造となっております。一つおきの部屋に海水を流し、直流電流を流しますと、電流の流れ(−極から+極に)にそって陰イオンは移動し、陰膜を通って陽膜に遮られ、陽イオンは逆に+極に向かって移動しますので陽膜を通って陰膜に遮られます。

イオン交換膜電気透析法の原理
          図−1 イオン交換膜電気透析法の原理

したがって、海水の流れる部屋(脱塩室という)は各イオンが少なくなり、隣の部屋(濃縮室という)はその分各イオンが濃縮されてかん水(濃い塩水)が採れます。
 このような図では通常、主なイオンであるナトリウムと塩化物しか示めされていませんが、実際にはこの図のように、カリウム(K)やカルシウム(Ca)のような他のイオンも膜を通過してかん水の中に入ってきます。これがイオン交換膜電気透析法による海水濃縮の原理です。

電槽の構造

 電槽は2種類あります。締め付け型と水槽型です。大きな水槽に海水が大量に流れていることをイメージされたようですが、水槽型ですとそのようなイメージで間違いありません。海水が流れ、かん水が採れて細い管から出て来るのが見えますので、設備が動いていることが判ります。
  この方式の電槽を稼働しているのは1社しかありませんので、岡山ですともう1社の会社を機会があれば見学して下さい。
 締め付け型電槽の中の膜群構造は図−2ようになっています。陽膜と陰膜の上下には海水または脱塩液()とかん水()が通る孔が開けられています。陽膜と陰膜の間にはガスケット(パッキング材)とスペーサー(斜交網)が一体になった物が挟まれています。このガスケットの上下にも海水とかん水を通す孔がイオン交換膜と同じ位置に開けられています。このガスケットの形は2種類あって、一つは海水または脱塩液が流れる脱塩室用の脱塩室枠で、もう一つはかん水が流れる濃縮室用の濃縮室枠です。そして脱塩室枠には、海水または脱塩液が流れる連通孔と脱塩室がつながるように切り欠かれた溝(潮道)があります。一方、濃縮室枠には、かん水が流れる連通孔と濃縮室がつながるように切り欠かれた溝(潮道)があります。

締め付け型電気透析槽の膜群構造
          図−2 締め付け型電槽の膜群構造

  これらの膜とガスケット(枠)を重ね合わせますと、海水または脱塩液、かん水がそれぞれ流れる連通孔が電槽の上下にでき、それぞれの連通孔はそれぞれの脱塩室と濃縮室につながっています。したがって、海水は下の連通孔を流れ、脱塩室枠の塩道を通って脱塩室に入り、上に向かって毎秒4〜5 cm速度で脱塩されながら流れ、上の潮道から脱塩液の連通孔に入って排出されます(図1では、流れは逆に示されています)。かん水も同じような順路で循環されます。

電槽の大きさと塩生産量

  脱塩室、濃縮室の大きさは縦と横がそれぞれ大体1 m×1 m1 m×2 m2 m×1 mといった3種類があります。高さはガスケットの厚さで決まりますが、0.5 mm程度で非常に狭くなっております。膜の厚さは0.1 mm位です。
  陽膜と陰膜のそれぞれ1枚の組合せを1対(つい)といいます。300対ほどをまとめて締め付けた物を1スタックと言い、6スタックを締め付けて1電槽を構成します。電槽全体の大きさは、先ほど述べた縦横の膜の大きさに厚さとして5 m位を掛けた物となります。流す電流の量によって変わりますが、この1電槽で年間に大体1.5万トンの塩を海水から抽出しています。海水中には塩分が3.5%位含まれており、その中の78%が塩ですから塩の濃度は2.7%位です。
  すなわち海水1 m3の中に塩は27 kgあることになります。でも海水から塩を抽出するのは1/4位ですから約7 kgの塩しか採れません。したがって1電槽に流す海水量は1時間当たり270 m3となります。塩の生産量から逆算しますと、一時間当たり全体で3600 m3も海水を流していることになります。
 製塩工場では十数電槽を持っていて、順番に運転を止めて電槽を解体し、膜面に付着している沈殿物を洗って、再び組立てて運転します。
  年間の塩生産量は20万トン前後です。一日当たり600トン、一時間当たり25トン位の塩が休みなく作られています。
  これだけの塩を作るには、昔の流下式塩田では800 haぐらいの面積を必要としました。

電槽をトラブルなく運転するために

 ガスケットを挟みながら何百枚ものイオン交換膜を重ね合わせて、外へも内へ(連通孔部)も水漏れがないように組上げるには高い技術が要求されます。水漏れがあると、無駄な電流が流れたり、濃縮されたかん水が損失したり、薄まったりして、効率が低下するからです。
 また、幅が1 mほどもあるのに、膜間隔は0.5 mmしかない狭いすき間を均一に海水を流さなければなりません。海水の流れが不均一になると、海水が脱塩される度合が不均一となり、流れが滞っている部分は脱塩され過ぎてしまいます。
  そこでは電気を運ぶイオンが少ないので、水が電気分解を起こし、溶液がアルカリ性になるため水酸化マグネシウムの結晶が析出し、膜が破れてしまいます。この反応は連鎖反応的に広がりますので直ちに通電を止めなければなりません。多数の高価な膜が一瞬にして破壊されるので、電槽にとっては致命的なトラブルです。そのために海水が出来るだけ均一に流れるように工夫されています。
 そして流す海水は出来るだけきれいにろ過して濁物をなくするようにしなければなりません。濁物が狭い通路にたまってくると海水が均一に流れなくなるからです。
  そのために海水は二段階でろ過され、二段目はより精密にろ過するための工夫がされています。ろ過された海水の濁度は水道水よりもよほど少なくなっています。それでも長い間には、濁物が溜まってきますので、数ヶ月に一回、定期的に止めて前に述べたように膜を洗浄するのです。
  これまでの説明で電槽の構造、海水が濃縮される仕組み、運転のトラブルを避けるための方法など、分って頂けましたでしょうか。またのご質問をお待ちしています。