たばこ塩産業 塩事業版  1997.08.26

塩なんでもQ&A

(財)塩事業センター技術部調査役 

橋本壽夫

 

塩と人 生命維持のメカニズム

 

 塩は生命維持に不可欠、といわれますが、その基本的な理由を教えて下さい。塩をまったく摂れなかった場合、人間の身体はどんな決定的ダメージを受けるのでしょうか。        (茨城県・会社員)

 「生命は海から誕生した」とは、よくいわれることですが、人間として進化した現在でも、その証拠を引き継いでいる現象が母親の胎内における生命の発生です。1個の卵細胞は体内の羊水の中で分裂し、まるで海の中で進化の過程を歩んできたような形態変化を遂げて生まれてきます。羊水中に含まれている塩類や、生まれてからの体液(血液など)中の塩類は海水中の塩類と良く似ています。それらの塩類の中で最も濃度の高いものが塩化ナトリウム、すなわち塩です。塩の重要性を暗示しています。

なぜ生命維持に不可欠か?

 生命に不可欠な物は塩だけではありません。例えば、必須アミノ酸という言葉を聞いたことがあると思いますが、何種類かのアミノ酸も生命に不可欠な物です。どうしてかというと、体を構成するタンパク質を作るために必要なそれらの化合物を体内で作り出せないからです。
 となると、食べ物を食べることによって、それらの化合物を補給しなければなりません。もちろん塩も体内では作り出せません。これが塩に限らず他の化合物でも生命維持に不可欠であるという基本的な理由です。

体の中でどんな働きを?!

 前述の理由からすると、塩以外のミネラルも体の中で作れませんので、生命維持に不可欠となります。しかし、塩ほど食品との関わりや体内で数多くの役割や機能を果たしている物はありませんので、不可欠という印象が一層強くなるものと思われます。塩の働きには次のようなことがあります。
@   浸透圧を一定にする
  浸透圧とは難しい言葉で、概念が分かりにくいかと思いますが、要するに浸透圧によって細胞(人間の体には60兆個の細胞から成り立っているといわれる)の状態が正常に維持され、その機能を塩が担っているということです。浸透圧を決める成分が塩であるからです。「青菜に塩」という言葉があります。青菜に塩をかけると、青菜がしおれて元気がなくなる様子を表していますが、これは塩の浸透圧によるものです。塩の濃度によって浸透圧の値が決まり、体内の塩の濃度は腎臓の働きで何時も一定に保たれていますので、浸透圧も一定に維持され、したがって細胞が正常に維持されるというわけです。

A   消化液
  食べ物を分解するには酸や酵素が必要です。消化液にはこれらの酸や酵素が含まれています。消化液にもいろいろな種類がありますが、なかでも胃液や胆汁は身近に感じられるものです。二日酔いで体調を崩すと、酸っぱい胃液や苦い胆汁を味わうことがあります。この酸っぱい胃液の成分は塩酸ですが、体内で塩酸を作る原料になっているのが塩なのです。また、胆汁中の塩類の大半は塩です。
B   酸−塩基平衡の維持
  酸−塩基平衡とは、またまた難しい言葉が出てきました。この表題を言い換えれば酸性、アルカリ性のバランスということで、それを具体的に表す言葉がpHです。pHがどのようにしてどれくらいの値で維持されているか、ということは重要なことです。人間の体は少しアルカリ性(pH7.357.45)で維持されています。pHがこの値を外れて酸性になっても、アルカリ性になっても、重大な危機状態になります。
 人間は呼吸によって酸素を取り込み炭酸ガスを出します。炭酸ガスはもちろん血液中に溶けており、酸性を示します。それを塩の成分であるナトリウムが緩衝作用のある物質(大きな変化がないように和らげる働きをする物)となって、血液が酸性にならないで、一定のアルカリ性を保つようにします。
C    神経伝達
  人間の体は神経の伝達によって物を見、音を聞き、声を出し、味を味わい、痛さや熱を感じ、物を考え、行動を起こします。神経の伝達は神経細胞を通して行われますが、それは神経細胞膜からの神経伝達物質の出入りや電気信号によって刺激が伝わって行くからです。電気信号の伝達に関係しているのが塩の成分であるナトリウム・イオンです。塩は溶けている状態では、ナトリウム・イオンと塩化物イオンになっています。塩の水溶液は電気を伝えますが、砂糖の水溶液は電気を伝えません。砂糖は水に溶けてもイオンになっていないからです。
D    栄養分の吸収
  炭水化物や澱粉は消化液で分解されてブドウ糖に、タンパク質はアミノ酸になり、腸で吸収されます。この時、ナトリウムと結合した化合物となって吸収されます。ナトリウムはいうまでもなく塩の成分ですから、栄養分の吸収には食塩が必要ということになります。
E    味付け、食欲増進剤
  味には基本的に塩辛い、甘い、酸っぱい、苦い、うまい、の5種類があります。塩辛い味を示す物は塩を除いてありません。このことから塩は代替えのない物といわれております。塩は食べ物に味を付け、食べ物の甘味を強くしたり、引き出したりします。カニは美味しい食べ物ですが、塩がないと、その美味しさを引き出せません。塩があることにより食べ物が美味しくなり、食欲が増進して、いろいろな食べ物を食べることにより満遍なく必要な栄養素を摂れるのです。
 以上のように、塩は体の中でいろいろと重要な働きをしておりますが、食品との関わりでは塩蔵による食品保存という重要な働きがあります。このようなことから、塩が重要であると考えられています。

摂れないことはあり得ない

 「塩をまったく摂れなかったらどうなるか」とのご質問ですが、塩を摂らなくても自然の食べ物の中に入っていますので、塩が摂れないことはあり得ません。ただ、それで必要量を満たせるか?となると、一応「満たせる」とは言えますが、満たせても健康な生活が送れるかどうかは、文明の違いによって分かれてきます。
 それというのも、地球上には塩をまったく摂らないで自然に11 g程度の塩の摂取量で、原始的な生活をしている民族がいるからです。したがって、それが必要量と考えられています。しかし、工業化された文明社会に住む人々は、そのような摂取量ではとても健康な生活を送れません。通常、812 gぐらいは食べています。
 ものように大きな差があっても、人間が正常に健康で生存できるのは、腎臓の働きによるお陰です。腎臓は余分な塩を排泄するように働くからです。
 日本では厚生省の調査によると、毎日13 gぐらいの塩を食べていますが、そのうち家庭で買ってきた塩として食べているのは1 g程度です。味噌、醤油のような調味料からの塩を合わせると13 gの半分以上の摂取量になります。その他の大きな摂取源は加工食品に入っている塩です。

摂らないと、どうなるか?!

 最後に、塩を摂らなかったらどのようなダメージを受けるか?ということですが、前述したように、塩をまったく摂れないことはあり得ませんので、ここでは減塩をしたらどうなるか、ということで考えてみます。
 塩の摂り過ぎが問題にされて、減塩が勧められています。必要量の何倍もの量を摂っているのだから少々減らしても健康に問題はない、とされます。
 しかし、最近の研究では、減塩による弊害が発表されるようになりました。
 その昔、入牢している罪人の気力を殺ぐために塩を与えなかったそうです。塩を食べないと元気がなくなることを表しています。減塩すると食べ物が美味しくないので、食欲がわかず食べる量が少なくなり、必要な栄養素が摂れなくなることは誰でも分かります。学者もそれを重要なこととして指摘しています。
 また不眠症になるとか、大量の出血や高熱による発汗、下痢に対して抵抗力がなくなるといわれます。減塩によって血圧が下がる人がいますが、それと同じ程度に血圧が上がる人もいるのです。最近では、減塩で悪玉コレステロールが増えるとか、心筋梗塞の危険率が高くなるとか、通風の危険性を高める可能性がある、といった研究が発表されています。
 人間の体は正常であれば、それぞれの生活環境の中で自然に均衡が保たれるようになっています。食塩摂取量のその一つで、味覚が均衡を保つ判断をしていると考えられます。