たばこ産業 塩専売版  1989.08.25

「塩と健康の科学」シリーズ

日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役

橋本壽夫

身体の中の塩の働き(3)

 前回の@浸透圧を一定に保つ働きA体内水分の調整B酸・塩基平衡を保つ作用、に引き続き身体の中の塩の働きを続ける。

C栄養素の吸収に対するナトリウムの作用

 人間が生命を維持していくためには、食べ物を食べてそれを消化、吸収していかなければならない。ご飯やパン、麺類はでんぷん(炭水化物)が主成分であるが、これは消化されるとブドウ糖になる。肉や魚はタンパク質が主成分で、これは消化されるとアミノ酸になる。これらを消化管から吸収するが、吸収量がもっとも多いものは水であり、次いでブドウ糖、アミノ酸となる。
 ところで、ブドウ糖やアミノ酸が腸粘膜から吸収される時には、それらの1分子について、それぞれ一原子のナトリウム・イオンが必要である。この仕組みを図1に示す。腸の粘膜細胞にはブドウ糖やアミノ酸(基質という)を受け取る受容体(運び屋のようなもの)があり、腸管周から基質(荷物)を受け取っては細胞膜を通って細胞内に送り込むが、この時ナトリウム・イオンが一緒にくっついてくれないと、この作業が進まない。ちょうど受容体である電車に基質である荷物を積み込み、ナトリウム・イオンである扉を閉めないと電車が発車できないようなものである。電車は細胞膜内を往復している。

腸粘膜におけるブドウ糖吸収の仕組み
     図1 腸粘膜におけるブドウ糖吸収の仕組み
      (小池五郎「食べ物の健康学」より)

 ブドウ糖180グラムについて23グラムのナトリウム、アミノ酸120グラム(平均分子量とする)について23グラムのナトリウムが必要であることから、ブドウ糖やアミノ酸吸収には、かなりの量のナトリウムが必要で、成人の場合1日に食塩として130グラムもの量に達するといわれている。食べ物として摂取する食塩は11020グラムにすぎないから、消化管吸収に必要なナトリウムの大半は膵液、胆汁等の消化液に含まれて分泌される分と、一度、腸粘膜細胞に取り込まれたナトリウムが再び腸管内に送り返される分(ナトリウム・ポンプといわれる機構が細胞膜内にあり、細胞内に入ったナトリウムを細胞外にポンプのように汲み出す)とで賄われる。
 下痢が起こると、食べ物が吸収されずに素通りするというだけでなく、体内にあるナトリウムが大量に失われることが分かる。特に子供や老人の下痢に対しては、水分ばかりでなく、ナトリウム()の補給が重要であることが分かる。

D消化の役割

 塩のもう一方の成分である塩化物イオンは胃酸の主成分である。胃酸は塩酸であり、食べる酢のpH3くらいであるのに比べ、胃酸は非常に強い酸で、分泌された時はpH1.0程度もあり、1日に11.5リットルも分泌される。食べ物を分解(消化)するのに役立っている。すなわち、胃の中に分泌された塩酸は、同じく胃の中に分泌されたペプシノゲンを活性化してペプシン(タンパク質分解酵素)にするとともに、タンパク質を膨化してペプシンの作用を受けやすい形とし、タンパク質が消化されるようにする。その他、糖質(でんぷん)の加水分解の促進、殺菌作用などの役割もある。
 消化液は胃液だけでなく、膵液、胆汁等がある。消化の主役は酵素であるが、消化液の無機成分(電解質)図2に示す。塩の成分が大きなウエイトを占め、Cで述べたようにブドウ糖、アミノ酸の吸収に必要なナトリウムは、消化液から補給されていることが分かる。

消化液の電解質組成
    図2 消化液の電解質組成 (飯田喜俊「水と電解質」より)

E刺激の伝達

 特異な機能として、興奮性と興奮の伝導で果たす役割がある。神経、筋などの興奮性組織において、刺激があると細胞膜のナトリウム・イオンおよびカリウム・イオンに対する透過性が増加し、電位が変化して筋の活動電位が引き起こされて筋肉の収縮が起こる。
 これまで三回に分けて述べてきたように、塩は身体の中で生命を維持するためにいろいろな働きをしている。塩が大切なだけに、身体の中に一定量だけ塩を維持するために巧妙な仕組みを身体は持っている。この仕組みの調子が悪くなった時には、塩の摂取量に気をつけるべきである。しかし、予防医学的考え方が支配している今日では、調子が悪くなってからでは遅い、ということで減塩思想が生まれているわけであるが、これにはまた別の危険性がある。