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たばこ塩産業 塩事業版  1997.05.25

塩なんでもQ&A

(財)塩事業センター技術部調査役 

橋本壽夫

 

イオン交換膜製塩法でつくられた塩は化学塩でしょうか?

 

 先日、NHKテレビの番組が塩について触れ、その中で『専売制のもとでつくられていた塩は海水から化学反応でつくった塩』という表現がありました。また、海水からイオン交換膜製塩法によってつくられている塩は化学塩であり、純粋な塩化ナトリウムで体に悪い、という話も聞いたことがあります。生活用塩(旧専売塩)は化学反応によってつくられている化学塩で、体に悪い、ということなのでしょうか?その反面、自然塩は味が良く体にも良い、という話を聞きますが、本当でしょうか?真偽のほどを教えてください。                             (東京都・・会社員)

自然塩の味のこと

 自然塩は味が良いという話は、自然塩の内容成分によっては味が変わることは考えられますが、現在、日本の市場で入手できる自然をイメージさせた商品では、分析した成分組成から見て、味が良くなることは考えられません。詳しくは「塩のうま味とは?」を見て頂きたいと思います。

化学反応と反応生成物

 広辞苑によりますと化学反応は化学変化と同じで「物質を構成する原子の結合の組み替えを伴う変化」となっております。化学反応を製塩について説明しますと、塩酸とカ性ソーダが反応すると塩と水ができます。これは中和反応ともいわれ、次のように表されます。

   HCl    NaOH       NaCl H2O

      (塩酸)  (カ性ソーダ)      ()     ()

 塩酸は水素原子と塩素原子が結合した物質で、カ性ソーダはナトリウム原子と酸素原子と水素原子が結合した物質です(この場合、とくに酸素原子と水素原子が結合した物質を水酸基原子団といい、これが組み替えの単位となります)。この二つの物質が反応しますとナトリウム原子と塩素原子が結合して塩となり、水素原子と水酸基が結合して水となります。つまり、原子の組み替え(化学反応)が起こった訳です。結合の組み替えでできた物質を反応生成物といいます。ここでは、塩と水が反応生成物です。 この溶液を煮詰めますと塩が出てきます。このような塩は化学反応によって合成された塩ですので化学塩といえます。現にこのような塩は、廃棄物焼却炉の燃焼ガスをカ性ソーダで中和することによって作られていますが、食用にはもちろん使われておりません。

イオンの働き

 カ性ソーダは水に溶かすとナトリウムイオン(+に帯電している)と水酸イオン(−に帯電している)になります。塩酸も水溶液ですので水素イオン(+に帯電)と塩素イオン(正しくは塩化物イオンといい、−に帯電)になっています。塩も水に溶かすとナトリウムイオンと塩素イオンになっています。このように水の中でイオンになる物質を電解質といいます。水の中で電気的に解離する物質であるからです。電解質の溶液は電気を通します。
 一方、砂糖のように水に溶けてもイオンにならない非電解質の物質もありますが、この溶液は電気を通しません。
 ミネラルといわれるカリウム、カルシウム、マグネシウムも水溶液中では+に帯電したそれぞれのイオンになっています。したがって、海水の中では各種のイオンが混合状態で存在しています。
 人間の体内にある体液は、細胞の中にある細胞内液(体液の4分の3)と外にある細胞外液(体液の4分の1)に分かれており、その中には、いろいろなミネラルがイオンとなって存在しています。中でも細胞内液にはカリウムイオンが一番多く、細胞外液にあるたくさんあるナトリウムイオンは次に多くあります。これらのイオンはある物の働きで細胞膜を通過します。また、イオンがあることにより僅かな電流が神経細胞を流れて、刺激が伝わり、いろいろな体の器官が働きます。このようにイオンと電流は生体内で重要な働きをしています。

自然界における物の流れ

 高いところにある水は低い所へ流れます。高い温度の水は低い温度の水に熱を伝えます。濃い溶液を水の中に入れると、かき混ぜなくても薄い溶液になります。このように自然界ではエネルギーの高い状態から低い状態に移っていきます。
 これは物理的な現象です。
 例えば、静かな水溶液中の塩は溶けてナトリウムイオンと塩素イオンになり、ゆっくりと水の中を広がっていきます。これをイオンの拡散といい、その速度を拡散速度といいます。この速度は非常にゆっくりしておりますが、かき混ぜるエネルギーを与えてやれば見た目の速度は速くなります。
 イオンになっているものにつては、電気を流すことによって速度を速めることができます。

イオン交換膜濃縮法の原理

 イオン交換膜はイオンを通すという特殊な機能を持たせた膜です。そのために小さな孔が開いていますが、孔の周囲には+または−に帯電した原子団が付いています。+に帯電した原子団のある膜を陰イオン交換膜、−に帯電した原子団のある膜を陽イオン交換膜といいます。
 ところで、+と−は引き合い、+と+または−と−は反発しあうことは磁石の実験で良く示されることです。これと同じで+に帯電しているナトリウムイオンは−に帯電している陽イオン交換膜に引きつけられますが、+に帯電している陰イオン交換膜とは反発します。
 今、例えば、陽イオン交換膜(ナトリウムイオンを引きつけ塩素イオンをはじく膜)で海水を(濃い液)と真水(薄い液)を仕切ります。海水にはナトリウムイオンや塩素イオンがあり、真水にはありませんので、それらのイオンは拡散で真水の方に移動しようとしますが、ナトリウムイオンは移動できますが、塩素イオンは移動できません。陰イオン交換膜で仕切った場合には、移動できるイオンは反対になります。 イオン交換膜のこの性質を利用すると、陽イオン交換膜と陰イオン交換膜で海水を仕切り、その間に真水を入れておきますと真水の中に陽イオン交換膜を通してナトリウムイオンが、陰イオン交換膜を通して塩素イオンが拡散で入ってきます。この溶液を煮詰めれば誌が出てきます。これは物理現象で塩ができることを表しています。
 もちろんナトリウムイオンだけでなくカリウム、カルシウム、マグネシウムの各陽イオンや硫酸イオンの陰イオンも入ってきますが、孔の大きさを調整することによりある程度、イオンをより分けられます。いってみれば、非常に精密な電気的な性質を持ったフィルターで濾過していると考えられます。

イオン交換膜法の原理

化学反応ではなく物理現象

 ところで、この方法には問題があります。自然の拡散だけではイオンの移動速度が遅くて話しにならないことと、海水の濃度以上には濃くならないことです。そこで、これに電圧をかけて電流を流してやりますと、イオンが電流を運びますのでイオンの移動速度が速くなります。電圧のかけかたでイオンの移動速度は変わり、真水の中の塩濃度も変わってきます。高い電圧でたくさんの電流を流せば、経済的に濃い塩水が採れるようになります。
 このようにイオン交換膜濃縮法の工程では、イオン交換膜で仕切られた所にイオンが物理的に移動して濃縮されるだけで化学反応は起こっておりません。化学反応では反応生成物が出てきますが、イオン交換膜濃縮法では反応生成物は出てきません。海水を濃縮しても、塩水を濃縮しても同じ塩が出てくるだけです。
 話しが長くなりましたが、これでイオン交換膜濃縮法による製塩は、化学反応を利用して合成する方法ではなく、物理現象を利用する方法で、したがって、できた塩は化学塩ではないことが分かっていただけたと思います。

イオン交換膜製塩法による塩の純度

 イオン交換膜製塩法によって海水を濃縮する過程では、ナトリウム以外の他のミネラルも塩水に入ってきますので、出来上がった塩の純度は昔の塩田製塩時代の塩の純度と比べて大差はなく、純粋な塩ではありません。この場合、純度は乾物基準で示すべきで、湿物基準で示すと水分含有量によって大きく異なり、誤解の原因になります。
 イオン交換膜製塩法による塩は食品衛生上の問題は何もなく、有害な重金属は塩田時代の塩や、岩塩や天日塩のような自然にできる塩よりも少なく、現在のように自然環境の汚染が進んでいる状況下では、一層安全な塩です。塩からナトリウム以外のミネラルを摂取して健康に役立てようとの考え方は、医薬用を目的とした特殊な塩以外、実際には成り立ちません。詳しくは「塩のうま味とは?」を参照して下さい。
 以上で、イオン交換膜製塩法でつくられた塩は化学塩ではなく、体にとって有害でないことが分かっていただけたと思います。
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 なお、(財)塩事業センターではNHKに対し、イオン交換膜製塩法の原理とともに、国内で生産される生活用塩は化学塩ではないことを説明し、今後誤った報道がなされないよう、要望書を送付しました。