たばこ産業 塩専売版 1994.12.25
「塩と健康の科学」シリーズ
日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役
橋本壽夫
日本の医学界で塩はどう扱われているか
医学関係の週刊誌に「医学のあゆみ」がある。昭和21年に創刊され、世界の医学のあゆみを紹介する雑誌である。今年の4月30日号は「高血圧のすべて:現状と将来の展望」という表題で高血圧について特集され、高血圧に関するいろいろな分野について45件の論文が収録されていた。今回は、この中から塩について書かれていることを示し、日本の医学界で塩が高血圧との関係でどのように認識されているかを紹介する。
東京医科歯科大学の田中教授らは「食塩摂取量と高血圧」という表題の論文の中で塩について次のように述べている。
成人のナトリウムの最少必要量から食塩の最少必要量を1.3グラム/日と推定している。ナトリウムを摂取しない時の尿、便、皮膚などから排泄きれるナトリウムの総和を不可避損失量として、それから推定したものである。伊達らの研究紹介として、国内の市販食品を用いて食塩の入っている調味料を一切使わないで、他の栄養素については所要量あるいは目標摂取量を充足させ、嗜好的にもまずまず食べられるものに調理した時、その食事で1.56〜2.05グラム/日の食塩摂取量になった。したがって、いかなる減塩食、無塩食を調製しても最少必要量を下回ることはほとんどないと考えている。しかし、普通の食生活を営んでいる健康な人がこの食事を一週間続けたところ、疲労感、頭痛、食欲不振などを訴えたという。
食塩摂取量と血圧値との相関についてはインターソルト・スタディの紹介をし、先進諸国の集団だけを対象とすると、食塩摂取量と血圧とは負相関の傾向が伺えるとし、著者らの新潟県における研究でも負の相関を認めている。
減塩の降庄効果についてはグロビーらの論文を紹介し、4.52グラムの減塩で最高血圧3.6
mmHg、最低血圧2.0 mmHgの低下であったことを述べている。著者らの兵庫県における研究では、8週間、3.8グラム/日の減塩で最高血圧4.7 mmHg、最低血圧3.9 mmHgの低下であった。減塩教育・指導は70歳以上の高齢者を除き、軽症高血圧者には必ず試みるべきもので、35〜64歳の人を対象とし、少なくとも4週間、3グラム/日以上の減塩をすると降庄効果があるとしている。
サイドメモに食塩の目標摂取量について解説しており、日本人にとっての食塩の目標摂取量とは、できるだけ減塩に努めるということである。10グラム/日は当面の目標であって、それが一番良いという意味ではない。自分の摂取量の現状から3グラム/日ぐらい減らすことを当面の目的とすべきである。先進諸国におけるいくつかの集団では、食塩摂取量の平均値が7〜8グラム/日となっており、これより低い平均値を示す集団はほとんどない。公衆栄養活動の立場からは、集団の平均値が7〜8グラム/日となることを当面の目標として減塩教育・指導を行うのが望ましいとしている。
東京大学の安東助手は「食塩感受性を規定する因子」という表題の論文で食塩感受性因子を表のようにまとめているが、実際にはこれらの因子で食塩感受性が明瞭に区別されるわけではなく、これらの因子は食塩感受性を推測する時の参考になるだけである。食塩感受性は腎臓のナトリウム排泄機能を低下させるいろいろな要因によって影響を受け、食塩感受性を規定する因子は単一ではなく、解明はまだ十分にされていないと述べている。
表 食塩感受性因子の強弱 |
因子 |
食塩感受性
大>小 |
年齢 |
高齢者>若年者 |
性 |
女性>男性 |
人種 |
黒人>白人 |
肥満度 |
肥満者>非肥満者 |
高血圧遺伝歴 |
あり>なし |
既往腎臓疾患 |
あり>なし |
合併糖尿病 |
あり>なし |
腎臓機能 |
低下>正常 |
血漿レニン活性 |
低レニン>高レニン |
京都府立医科大学の吉村教授は「高血圧症の食事療法」という表題の論文で食塩摂取量のガイドラインとして二件紹介している。WHO/国際高血圧学会の食塩摂取制限値として食塩感受性患者の5グラム/日以下と、もう一件はアメリカ合同委員会の食塩摂取制限値として食塩6グラム/日未満である。
減塩指導として、一般の減塩療法は食塩8グラム/日以下の軽度制限が行われる。食塩感受性高血圧症では減塩効果が大きいことから、食塩5〜6グラム/日以下の指導が行われると述べている。
京都大学の家森教授らは「高血圧の予知因子」という表題で、大阪大学の檜垣教授らは「高血圧モデル動物と遺伝」という表題で高血圧の遺伝子、食塩感受性の遺伝子の研究を紹介しているが、まだそれぞれの遺伝子は解明されておらず、食塩摂取量に対してどう対処してよいか簡便に判る状況にはなっていない。
東京大学の藤田助教授はこの特集の巻頭言の中で、ヒトの高血圧における主遺伝子が明らかになれば、高血圧発症前の若い時に遺伝子診断を行うことができるようになる。また食塩感受性の遺伝子が判れば、食塩感受性の高い人にのみ食塩を制限すればよいのであって、食塩に感受性の低い多くの人は塩味を存分に楽しめることになる、と書いている。食塩に対する認識がやがて是正される時代がくると思われる。
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