たばこ塩産業 塩事業版  2005.12.25

塩・話・解・題 9

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

減塩推進を巡る論争 (2)

減塩推進論者の主張

 前号で紹介した反減塩推進論者オルダーマンの論文に対する減塩推進論者のエリオット、マックレガー、ヘイらの反論を紹介する。

疫学者・エリオットの反論

   長期ランダム試験は無理

 科学・技術・医学帝国大学(ロンドン)の疫学者エリオットはインターソルト・スタディの研究を行った代表者の一人で強力な減塩推進論者である。彼の論文の概要を述べる。
                        ◇      ◇      ◇
 オルダーマンの論文は食塩と血圧に関して意図的にバランスを欠いた根拠を述べ、根拠の薄弱な結論に達している。事実の完全性については独立した専門委員会で吟味され、集団の平均食塩摂取量が非常に高いので、1日当たり約6 g以上の減塩が望ましく、公衆保健政策で利益が出ると委員会は結論を出した。オルダーマンはこれらの勧告を不正であると述べている。これらの勧告は公衆保健を守る責任のある専門機関や政府部門で幅広く受け入れられているが、塩生産者や食品会社から反対されてきた。オルダーマンの主張は公衆保健における実質的に可能性のある利益を犠牲にして塩生産者やその他の「何もしない」立場に正当性を与えている。
 オルダーマンは食塩摂取量を非常に大幅に操作した小規模で短期間研究の結果に基づいて、減塩の安全性についての問題を提起している。しかし、長期間にわたる中程度の減塩で代謝変化が見られないことを述べた論文を引用していない。
 オルダーマンは心臓血管疾患罹患率と死亡率に焦点を置いた減塩の長期間ランダム試験を要求しているが、コストと実行性から、そのような試験は責任ある機関、政府または非政府、国家または国際機関によって真剣に考えられていないし、決して行われることはないであろう。
 食塩と血圧については多くの独立した科学的レビューによって証明されているように、動物試験、臨床試験、疫学観察からの事実は強く一貫しており、説得力がある。

心臓血管専門医・マックレガーの反論

様々な調査結果を無視

 セント・ジョージ病院医療学校(ロンドン)の心臓血管専門医マックレガーは専門的な観点から多くの紙数を割いて感情的な論調で反論している。
                ◇      ◇      ◇
  オルダーマンは減塩の危険性を強く主張する人達の一人である。彼の考え方は非常に選択的である。1日当たり3 g以下の食塩摂取量である原始社会の40件にのぼる注意深い研究を無視している。引用している疫学調査の食塩摂取量が推定値で不正確である。多くの動物種による長期間の食塩負荷による血圧上昇の結果を無視している。
  日本人が多くの西洋人よりも寿命が長いことは真実である。日本人は高食塩摂取量であるので、食塩摂取量が予測寿命に関係ないことを示していると彼は示唆している。
  しかし、日本人は全体的に脂肪摂取量が少なく、血管疾患やアテローム性動脈硬化症の発症を起こさないようにしている血漿コレステロール濃度が低い。日本人の主な死因が脳出血と胃癌であり、その両方とも高食塩摂取量のためであることを彼は指摘していない。(筆者注:食塩摂取量と胃癌との関係については本紙199110251125日号1995725号の考察で関係ないように思われる。脳卒中との関係についても19954251996625号で示したように関係なさそうである。)
  塩は約5000年前に発見され、当時、食品を保存する不思議な性質を持っていることが分かった。したがって、定住農耕社会と文明の発達に大きな重要性を持つこととなった。しかし、今や冷凍や冷蔵庫の発達で塩はもはや食品保存に必要ではなくなった。食品加工の発達で塩は塩製造者や岩塩採鉱者だけでなく、食品産業や清涼飲料産業にとっても大きな商業的重要性を持つこととなった。
  多くの安い加工食品は一番安い塩を多く加えることによって美味しく食べられる。人々が高濃度の塩を含んだ食品を食べると、塩味を感じにくくなり、高い食塩濃度の食品を要求するようになる。塩は加工食肉産業で非常に重要である。高い食塩濃度は水分含有量を増加させる。このようにして生産者にとってはコストをかけないで製品重量を10-20%増加させることができる。高食塩摂取量は喉の渇きを刺激するので、それにより飲料水の消費量が増える。人々の食塩摂取量を減らすことは清涼飲料、ミネラル水、ビールの消費量に大きな影響を及ぼす。
  したがって、アメリカの塩協会や多くの加工食品業界と清涼飲料業界の商売上の関心は、塩が高血圧と関係していないという考えを永続させることである。彼等は、食塩摂取量はわずかな数の人々だけに影響し、正常血圧者が減塩する価値はないことを示唆してきた。また、減塩は危険であるかもしれないという神話を不滅にしている。
  オルダーマンはアメリカ塩協会のために医学顧問の一人として行動してきた。塩協会は彼の論文を配布している。「減塩食を食べている高血圧者の心不全が増加している」と主張しているニュースレリースを配っている。
  学者や栄養専門家は1日当たり約10-12 gの平均食塩摂取量を5-6 gに低下させることを勧めてきた。この勧告は1970年にアメリカで、1994年にイギリスで行われた。それにもかかわらず食塩摂取量は増加し続けている。
  イギリスでは総ての加工食品中の食塩濃度を10-25%減らす戦略がある。西欧社会では10年間で食塩摂取量を半減させられる。

疫学者・ヘイの反論

被験者の選定が恣意的

 ツーラン大学公衆保健熱帯医学部(ニューオルリーンズ)の疫学者ヘイは食塩摂取量と血圧上昇との関係を事実として示す論文を引用して、減塩の正当性を次のように主張している。
                         ◇      ◇      ◇
  動物実験例として系統発生的に一番人間に近いチンパンジーによる実験は、高食塩摂取量と高血圧症との因果関係に有利な直接的事実を提供している。
  観察的な疫学研究としてインターソルト・スタディは32ヶ国52集団から10074人を被験者とした横断的研究で、食塩摂取量と血圧との間に強い正相関を報告した。(著者注:インターソルト・スタディの結果については論争中である。解釈法や統計処理法によって大きく変わり、必ずしも強い正相関があるとは言えない。本紙1990925号、1996925日号で紹介した。)
  ランダム化されたコントロールのある試験は食塩摂取量と血圧との因果関係について偏向のない事実を提供している。最近発表された3件のメタアナリシスでは、減塩は血圧の有意な低下と関係していた。高血圧患者と比較して正常血圧者では効果が小さかった。
  食塩感受性者と食塩抵抗性者との比率は食塩感受性の定義やその存在の調査に使われる方法に基づいて研究毎に変わる。遺伝因子と環境因子の両方が食塩感受性の決定で重要な役割を果たしているらしい。研究結果は、食塩感受性が心臓血管疾患や総ての死因の危険率を増加させることを示唆してきた。
  オルダーマンが発表した減塩は心臓血管疾患に危険性をもたらすということについては、測定されていない変数や可能性のある混乱因子測定の不正確さが寄与しているかもしれない。食塩摂取量は減塩して5日後に測定されており、習慣的な食塩摂取量の根拠とはならない。被験者の選定が恣意的であり、減塩だけによる結果であるとは言えない。
  集団全体で2 mmHgという小さな拡張期血圧の低下でも、高血圧発症率を17%低下させ、脳卒中や一過性の虚血性心不全の危険率を15%低下させ、冠状心疾患の危険率を6%低下させるであろう。さらに、この血圧低下は脳卒中や一過性の虚血性心不全の93%を予防し、同様に降圧剤治療を受けている総ての高血圧患者の治療で冠状心疾患発症を100%予防できる。減塩で集団全体の血圧をわずかでも低い方向へ移動させることは公衆保健介入による治療方法を補足する可能性がある。
  動物実験、観察研究、ランダム化されたコントロールのある試験からの事実は食塩摂取量と血圧上昇との間の因果関係について強力な支持を与えている。食塩摂取量と心臓血管疾患との関係に関する多数の科学的な事実で、減塩が血圧を下げ、集団全体の心臓血管疾患症状を改善するかどうかについての長年にわたる論争に決着をつけるべきである。

おわりに

以上、反減塩論者オルダーマンに対する3人の減塩推進論者エリオット、マクレガー、ヘイの反論を紹介した。
  減塩の危険性を訴える少数意見に対して多数で攻撃し、事実を針小棒大に都合良く解釈し、継続的な試験・調査で解決しなければならないことを不可能として逃げ、大勢で渡れば怖くない的な論調で減塩の正当性を主張しているように筆者には思えるが、読者はどちらの意見に妥当性があると考えますか?