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たばこ塩産業 塩事業版 2003.09.25

Encyclopedia[塩百科] 26

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

塩の製法と製品の化学組成

− 市販食塩の品質を事例として −

 塩の重要な品質項目の一つとして化学組成がある。これは塩の原料、製造法によって異なってくる。海外の文明国では一般的に高純度の塩が食用として販売されている。しかし、日本では塩専売制度が廃止されて以来、様々な塩が国内で製造され、海外からも輸入されてきた。それらの塩の化学組成は必ずしも明らかでなく、特に微量成分となると全く分析データがないと言ってよい。幸いにもこの度、135点の市販食塩の分析データが発表された。これは、先に発表された67点の2倍に当たる点数である。塩の製法と製品の化学組成を考察し、発表されたデータで検証する。

原料は海水・岩塩・かん水・天日塩

 製塩原料と製法・製品の関係を表1に示す。海水を原料とする場合には、かん水(濃い塩水)の作り方に差がある。天日塩と特殊製法塩は海水を海水組成で濃縮、結晶化させたものである。具体的製品例では一部の輸入塩と特殊製法塩がある。海水をイオン交換膜法で濃縮すると、膜によるイオン透過の相違から硫酸イオンが極端に少なくなる。したがって、かん水の化学組成が異なるので、塩製品に含まれてくる夾雑物も異なってくる。これらについては後で述べる。

表1 原料と製塩法
原料 飽和かん水製造法 加工処理 晶  析  法* 製品の一般名称 具体的製品例
海水 天日濃縮 天日濃縮 天日塩 一部の輸入塩
イオン交換膜濃縮 (イオン選択濃縮) 真空式せんごう法 せんごう塩 食塩、並塩
逆浸透膜濃縮 平釜式せんごう法 せんごう塩 特殊製法塩
岩塩 溶解採鉱 かん水精製 加圧式せんごう法 真空式せんごう法 せんごう塩 一部の輸入塩
かん水精製 溶液塩**
採鉱岩塩溶解 かん水精製 加圧式せんごう法 真空式せんごう法 せんごう塩 一部の輸入塩
粉砕・篩別 粉砕塩 一部の輸入塩
かん水 かん水精製 真空式せんごう法 せんごう塩 一部の輸入塩
かん水精製 溶液塩**
天日塩 溶解 かん水精製 真空式せんごう法 せんごう塩 食卓塩、精製塩
平釜式せんごう法 せんごう塩 特殊製法塩
粉砕・篩別 粉砕塩 原塩、粉砕塩
かん水精製:ろ過により不溶解物除去、CaイオンをCaC03、MgイオンをMg(OH)2として除去
*  小規模にはアルバーガー法、平釜法がある。
**ソーダ工業用製品

 日本には岩塩がないので、岩塩からの製品は輸入される塩に限る。岩塩をそのまま粉砕・篩別して食用にできる製品例は希で、限られた産地でしか生産されない。通常、純度が低いので、溶解後のかん水を精製してからせんごう(煮詰め)して製品とする。いずれの製品も輸入されている。
 日本にはかん水資源もない。岩塩と同様な工程で精製かん水製品となり、主としてソーダ工業用の原料に使われる。
 天日塩を原料とする場合は、溶解したかん水を精製してせんごうした製品と、精製しないでせんごうした製品に分かれる。この場合、晶析法も異なるので、製品の結晶形が異なってくる。天日塩を粉砕・篩別して製品にしたものもある。

海水濃縮による製塩と夾雑物

 海水濃縮に伴う溶存塩類の濃度変化を図1に示す。海水が濃縮されるにつれて密度とNaClの濃度は次第に増加し、200 g/kgを過ぎた所で線は折れ曲がり、NaClの濃度が急激に低下している。これは折れ曲がった所でNaClが析出し始め、濃縮に伴ってどんどん析出が続いていることを表している。CaSO4 (硫酸カルシウム) NaClが析出するもっと前(密度が1.1付近)から析出し始めており、NaClが析出し始めても、わずかではあるが、まだ析出が続いている。

      海水濃縮に伴う溶存塩類の濃度変化から塩類の析出状況が分る

 MgSO4(硫酸マグネシウム)を見ると、密度が1.3を過ぎるとまもなく線が折れ曲がり、MgSO4が析出し始めている。これが析出すると塩の純度が低くなるので、採塩(製塩工程)はこの結晶が析出してこない前に終了し、にがりとして排出する。
 ところで、NaClが析出し始めると、塩化マグネシウム(MgCl2)、硫酸マグネシウム、塩化カリウム(KCl)などの濃度が急に上昇し始めている。塩を採取するときに、A線の位置で採取(塩が析出してくる母液が煮詰まっていない若採り)したときには、夾雑塩類濃度が低い母液が採塩された塩に付着するので、純度は高いが、母液が煮詰まってB線の位置で採取したときには、夾雑塩類濃度は上昇しているので、塩に付着する夾雑塩類も多くなり純度が悪くなる。
  理論的には塩を採取する時の母液濃度で塩の純度が左右される。これでは一定純度で品質の安定した塩にはならないので、遠心分離時に飽和塩水で洗浄して母液を洗い流し、一定純度の製品品質とする。
  この場合、注目すべきことは母液に塩化カルシウム(CaCl2)がないことである。Caイオンはすべて量の多い硫酸イオンと結合して硫酸カルシウム(石こう)として析出するからである。したがって、塩の中にカルシウムがあっても硫酸カルシウムは溶解しにくいので、体内には吸収されないので、栄養的には意味がない。

イオン交換膜濃縮かん水による製塩と夾雑物

 先にも述べたように、イオン交換膜濃縮かん水では硫酸イオンがイオン交換膜をあまり通過してこない。したがって、かん水組成が異なり、その組成の一例は図2の左端に示すとおりである。それを濃縮していくと、NaClの濃度は次第に上昇し、約240 g/kgを最高に、それ以後次第に減少し始める。つまりNaClが析出し始める。横軸をCaCl2MgCl2の合量で表しているが、途中で約100 g/kgほど縮めて表しているので急にNaClの濃度が低下したように表現されている。

      イオン交換膜法で製造されたかん水濃縮に伴う組成変化で塩類析出状況が分る

CaSO4は濃度が低いので分かりにくいが、NaClとともにある濃度以上から析出している。
 かん水が濃縮されるに連れてMgCl2KCl(塩化カリウム)CaCl2の濃度は次第に上昇してくる。KClについて見ると、ある所から濃度が低下している。低下し始めたところでKClが析出し始めたことを表している。したがって、イオン交換膜濃縮かん水ではKClが析出してくる前に製塩工程を終了し、母液をにがりとして排出する。
 製塩工程で採塩する時の母液中の夾雑物濃度によって塩の製品純度は異なってくるので、遠心分離時に飽和塩水で洗浄して純度が一定品質の塩製品となるようにする。
 イオン交換膜濃縮では硫酸イオンが少ないかん水が得られるので、Caイオンが余剰あるため、濃縮していくと塩化物イオンと結合し塩化カルシウムとなる。これが海水濃縮と異なる大きな特徴である。

塩事業センターは引き続き市販食塩の情報提供を

 この8月に日本調理科学会誌に発表された市販食塩は135点にのぼる。個別の品質データはやがて()塩事業センターのホームページに掲載されるので、それを見ていただくこととして、ここでは表2のようにまとめた。微量成分は重要な元素だけとし、Br, PO4, B, Mn, Fe, Li, Srについては省略した。

表2 市販食塩の品質(U) 
塩     種 生 産 国 試料数 加熱減量 不溶解分 塩 類 結 合 計 算 結 果  (%) 微 量 成 分 (mg/kg)
NaCl CaSO4 CaCl2 MgCl2 MgSO4 KCl Na2SO4 Cr Cu Zn Cd Al As Hg Pb
イオン交換膜かん水せんごう 日本 15 0.19-7.01 0.00-0.002 85.37-99.60 0.01-0.19 - or 0.03-0.52 0.06-1.85 - or 0.82 0.08-5.34 - N.D-0.16 N.D-0.27 N.D-2.5 N.D N.D N.D N.D N.D
海水蒸発かん水濃縮 日本 33 1.05-17.85 0.00-0.14 71.94-97.21 0.10-3.92 - - or 0.41-8.64 0.36-7.10 0.10-2.41 - or 0.40 N.D-4.6 N.D-1.7 N.D-61 N.D-0.44 N.D-3.2 N.D-1.3 N.D N.D
輸入天日塩加工 日本 33 0.14-9.59 0.00-0.16 88.89-99.62 0.00-0.78 - or 0.00-1.71 0.01-1.97 - or 0.00-1.14 0.00-0.22 - N.D-0.14 N.D N.D-0.89 N.D N.D-1.0 N.D-0.02 N.D N.D
岩塩 イタリア 3 0.02-0.05 0.00-0.01 99.68-99.92 0.00-0.14 - or 0.00 - or 0.00 - or 0.02 0.00-0.01 - or 0.00 N.D N.D N.D N.D N.D-1.7 N.D N.D N.D
ドイツ 2 0.07-0.14 0.02-0.03 98.56-98.57 0.72-0.76 - - 0.08-0.16 0.09-0.18 0.05-0.13 N.D N.D N.D N.D N.D N.D N.D N.D
チリ 1 0.12 0.01 99.1 0.22 - - 0.05 0.07 0.42 0.16 N.D N.D N.D 1.5 N.D N.D N.D
ボリビア 1 0.22 0.16 98.72 0.67 - - 0.07 0.08 0.06 N.D N.D 4.7 N.D 71 0.03 N.D N.D
中国 1 0.84 0.06 96.52 2.58 0.00 0.02 - 0.00 - N.D N.D N.D-0.19 N.D 7.0 N.D N.D N.D
岩塩かん水せんごう 中国 2 0.14-0.15 0.00 97.89-98.98 0.08-0.13 - - 0.00-0.01 0.00 - N.D 0.22-1.4 N.D N.D N.D N.D N.D N.D
岩塩かん水天日 中国 1 1.32 0.04 98.22 0.06 0.13 0.31 - 0.01 - N.D N.D N.D N.D 3.6 N.D N.D N.D
ペルー 1 2.03 0.24 96.32 1.24 0.05 0.05 - 0.01 - N.D N.D N.D N.D 2.2 0.32 N.D 1.3
天日塩 イタリア 7 0.03-4.93 0.00-0.24 93.07-99.87 0.07-1.25 - 0.00-0.49 0.00-0.58 0.01-0.28 - N.D-0.27 N.D N.D N.D N.D-16 N.D N.D N.D
フランス 13 0.14-12.97 0.02-0.80 84.43-99.37 0.08-0.97 - or 0.00 0.07-1.62 - or 0.01-1.76 0.02-0.33 - N.D-1.1 N.D N.D N.D 0.54-71 N.D-0.12 N.D N.D
中国 6 3.53-4.90 0.01-0.07 93.09-95.57 0.16-0.63 - 0.16-0.79 0.11-0.57 0.04-0.21 - N.D N.D N.D N.D 1.0-2.6 N.D N.D N.D
アメリカ 1 0.1 0 99.64 0.13 - 0.13 0.01 0.02 - N.D N.D N.D N.D 0.67 N.D N.D N.D
インドネシア 1 7.43 0.03 89.18 0.04 - 1.71 1.21 0.32 - 0.11 N.D N.D N.D N.D N.D N.D N.D
キリバス 1 0.35 0 98.86 0.51 - 0.06 0.02 0.02 - N.D N.D N.D N.D 0.53 N.D N.D N.D
スペイン 1 1.28 0.04 97.79 0.26 - 0.26 0.18 0.06 - N.D N.D N.D N.D 3.8 N.D N.D N.D
ベトナム 1 10.33 0.01 88.17 0.61 - 0.36 0.30 0.1 - N.D N.D N.D N.D N.D N.D N.D N.D
ポルトガル 1 0.16 0.02 99.50 0.11 - 0.02 0.01 0.03 - N.D N.D N.D N.D 1.5 N.D N.D N.D
天日かん水せんごう 中国 5 0.19-5.33 0.00-0.02 66.30-99.55 0.07-0.42 - - or 0.01-0.56 0.02-4.67 0.00-22.87 - or 0.01 N.D N.D-1.8 N.D-0.16 N.D N.D-2.5 N.D N.D N.D
湖塩 ボリビア 2 1.02 0.02-0.05 96.81-97.16 0.99-1.22 - - or 0.26 0.13-0.26 0.11-0.19 - or 0.35 N.D N.D 0.22-2.7 N.D 1.8-2.9 0.53-0.98 N.D N.D
イスラエル 1 0.25 0 99.47 0.00 - 0.02 0.00 0.06 - N.D N.D N.D N.D N.D N.D N.D N.D
中国 1 1.37 0.03 98.35 0.08 - 0.10 0.06 0.02 - N.D N.D N.D N.D 2.7 N.D N.D N.D
湖塩かん水せんごう 中国 1 0.17 0 99.37 0.32 - - 0.06 0.01 0.00 N.D 0.38 N.D N.D N.D N.D N.D N.D
N.D:測定下限以下、  黒枠の高い数値は要注意
新野靖ら、日本調理科学会誌、36巻、305ページ、2003年より改変

 国内生産の塩でイオン交換膜製塩法による製品にはCaCl2があり、海水濃縮製塩の製品にはそれがないことが分かる。輸入天日塩加工品にもないはずであるが、一部イオン交換膜製塩法の製品を混入して製造していることが考えられる。
 海外のずいぶん多数の国から塩が輸入されている。製品の品質は市場から買い求めた試料の一点分析値であるので、品質管理幅の振れがどの程度あるか不明であるが、通常食用塩には入ってこないような微量成分、入ってはならない微量成分がある。
  国際食品規格で定められている食用塩の規格(表3)は添加物を除き純度97%以上と定められている。国内生産品の中には、この規格に外れる製品が多くある。輸入製品にも外れた製品がある。その上、クロム(Cr)、銅(Cu)、ヒ素(As)、鉛(Pb)といった微量成分が入っている製品があるが、輸入に当たってこれらの製品が分析チェックされることはないので、消費者にとっては何も分からず、表示を信用して購入せざるを得ない。

表3 国際食品規格の食用塩
項    目 規    格
純度 添加物を除き97%以上
ヨード(I) 添加量保証
YPS* 20 ppm以下
不純物 ヒ素(As)として 0.5 ppm以下
銅(Cuとして) 2 ppm以下
鉛(Pbとして) 2 ppm以下
カドミウム(Cdとして) 0.5 ppm以下
水銀(Hgとして) 0.1 ppm以下
*フェロシアン化物

偽装表示や食品添加物に指定されていない添加物が混入した商品が市場に出回り、食品の安全性が大きな社会問題になっている。
  情報化社会における消費者は、適正な情報を見分ける知識を持って情報収集し、賢明にならなければならな
い。

  塩専売事業を引き継いだ塩事業センターには行政権はないが、生活用塩を供給する業務を課せられている公益財団として、引き続き市販食塩の品質状況に関する分析データを消費者への情報提供として続けてもらいたい。