そるえんす、2001, No.50, 30-35

     

 昨年(200010)のことでいささか時期を失しているが、(財)塩事業センター主催の第4回塩事業海外研修に参加する機会に恵まれたので、その折りの印象をまとめた。今回の研修場所はオーストラリア。初めて訪れる国であり、また初めて南半球に足跡を印すこともあって期待一杯で参加した。西オーストラリアにある天日塩田の一つシャークベイ塩田の見学、パース、メルボルン、シドニー各地の塩売場調査が目的であった。

西オーストラリアの塩生産地

 ソーダ工業用の原料塩を確保するために、西オーストラリアには図1に示すようにいくつかの大規模な天日塩田がある。オーストラリアからは毎年約320万トンの天日塩が輸入されており、輸出している塩田はダンピア(丸紅、日商岩井、伊藤忠商事で持株がそれぞれ20105)、レーク・マクレオード、シャークベイ(三井物産の子会社である三井ソルトの持株30)、ポートヘッドランドである。

       

シャークベイ塩田

 この度の研修ではシャークベイ塩田を見学することになった。オーストラリア大陸の最西端、パース市の北約800 kmに位置するシャークベイ塩田の概要は表1に示すとおりである。日本には年間約20万トンが輸出されている。

表1 シャークベイ塩田の概要
沿革 1962年 アデレード・スティームシップ社とガリック・アグニュー社が協同で塩田開発開始
1964年 採塩開始
1967年 対日輸出開始
1973年 三井物産、経営に参画
1997年 シャークベイ・リソーシイズ社設立
1998年 増設工事開始
出資者 シャークベイ・リソーシイズ社 70%
三井ソルト 30%
生産能力 100〜110万トン/年、2005年頃までに160万トン/年まで増産予定
塩田総面積 約6,900ヘクタール
年間降雨量 230〜300 mm
年間蒸発量 2,250〜2,500 mm
出荷設備 バース水深 約10 m、 最大船型 25,000トン級船
塩田従業員数 60名

 パースから10人乗りの小型機で3時間(途中給油のために着陸)かけて到着したシャークベイ塩田の滑走路は第二濃縮他の近くにあり、赤土がむき出しで、離着陸の時には猛烈な土埃が上がった。着陸前に旋回したとき窓から見えた塩田は緑色であった。その瞬間、10年以上も前に蒸発促進のために塩田に緑色の色素を添加する記事を読んだことが思い出された。後ほど事務所で概要説明を受けた後の質疑応答で815%の蒸発効率アップとのこと。バスで塩田見学となったが、風が強いため第一濃縮他の方へは行けず、第二濃縮池から結晶池、塩洗浄場、積出用貯塩場の見学だけに終わった。
 シャークベイ塩田は図2に示すように世界遺産指定地となっているシャークベイに面したインド洋側の半島にある2つの入り江をそれぞれ濃縮池と結晶他に利用している。塩田全体は図3に示すようにユースレス・インレットの湾内を堤防で仕切り、外洋より25%高い塩分濃度の海水を取り入れ、海水は予備濃縮されながら湾の奥の方へ進む。ポンプ1で海水面より高い位置に設置した第一濃縮他に汲み上げ、そこから再び濃縮されながら低い位置にあるG番池の方へ流れていく。そこから再びポンプ2で濃縮かん水を15 mの高さにある用水路に汲み上げ、第二濃縮池や結晶池がある19 km先のユースレス・ループの方に送る。

 

 ユースレス・ループの方では、かん水は第二濃縮池を経て、硫酸カルシウム(石膏)を沈殿させるピックル・ポンドを通り、塩が析出する塩化ナトリウムの飽和濃度に達した段階で結晶他に送られる。結晶池は、深さ15 cmの細かい砂地の上にポリエチレンシートを敷き、その上に5 cmの塩層を形成させて、塩で舗装された床を地盤とし、各種車両の通行に耐えられるようになっている。

       

  天日塩田で析出した塩の床を掻き起こして集め、塩の畝を作る作業中のグレーダー

       

     塩の畝を取崩して収穫し、トレーラーに積込中のハーベスター

       

                洗塩場で洗浄された塩の貯塩場

 結晶池で塩の結晶が沈積し、硫酸ナトリウムが析出する前に苦汁を排出してグレーダーで塩を掻き寄せ、ハーベスターで1時間に1,500トンのスピードで塩を収穫する。収穫された塩は50トン積みトレーラー2両に積まれ、塩堆場に積み上げられて苦汁を落とす。それを塩洗浄場に運び、海水と飽和かん水で洗浄した後、ベルトコンベアーで船積みに近い貯塩場に運び、水切りする。
 ここで生産される塩の品質は高く、乾物基準で997%を超えることが多く、きれいな水質に負うところが大きい。海水洗浄では10%位も溶解による目減り損失があるので飽和かん水で洗浄。結晶池の水深は2530 cmを維持するようにかん水を連続供給。収穫される塩の層は10から20 cm。苦汁の排泄は環境に影響を及ぼすので放出しないで、新しく増設する結晶池の地盤形成に(シーリング剤として)使用。この地に新しく塩田を築造した時には、結晶池の地盤からかん水が漏れ、塩が収穫できるようになるまでに苦労した。したがって漏水防止のため塩田にポリエチレンシートを敷いている。インレット・ループからユースレス・ループまでの19 kmの用水路にも同じシートが敷かれている。用水路の周囲は有刺鉄線の柵で保護。カンガルーにシートを踏み破られて濃縮かん水が漏洩するのを防ぐためである。好塩菌による着色問題はない。緑色の染料は植物性で分解されるので、製品に色が残ることはない。昨年12月と1月にサイクロンが来襲。今春の雨による災害でも減産。雨だけであれば上水を排水できるが、強い風があるとかん水と混じり薄められ損害が大となる。と言ったことが質疑応答や見学中に説明された。
 シャークベイ塩田では100万トン/年から160万トン/年へ増産するために塩田増設を行っている。図3に拡大計画の濃縮池や結晶池が破線で示されている。シャークベイ塩田はほぼ山手線の内側に相当する塩田面積を持ち、強い日差しと風で降雨量の約10倍の蒸発量を持つ自然条件に恵まれた地で、時々襲われる自然災害を心配しながら操業していた。

モンキー・マイア

 塩田見学後、デンハム(2参照)まで一飛びして泊まった。夜、強い風が吹く中を浜辺に出てオーストラリアの国旗に描かれている南十字星を探したが見つからなかった。その時期、低い位置にあるのでなかなか見つからないとのこと。翌朝早くモンキー・マイアに出かけた。そこでは野生のイルカに餌付けをしており、浜辺に寄ってくるイルカを観光客が触ることができる。イルカも心得たもので横腹を見せて気持ちよさそうに撫でられている。

       

 モンキー・マイア・ドルフィン・リゾートで野生のイルカに触れる前の管理官からの説明

       

 シェル・ビーチから切り出された細かい貝殻のブロックを積み上げて作られた入り口の門

 この辺りにはジュゴンが住んでいることから、双胴ヨットでジュゴン・ウォッチングに出かけた。一番前に陣取って照り返す海面を見つめていたが、なかなか現れない。時々はイルカが競争するかのように船の前や脇を右に左に泳ぎ寄ってくる。そのうち、案内人がジュゴンが見えたとばかり、遥か彼方を指さす。何だか白っぽい物が浮かんで潜る様が見えた。明らかにイルカとは遠い、あれがジュゴンかと思うだけであった。塩田では海水の品質が良いから良い品質の塩ができるとのことであったが、海水にキラキラした輝きと透明感はなく、海水のきれいな日本海の海辺で育った筆者には品質の良い海水とは思えなかった。

シェル・ビーチ

 昼食後、背丈の低いブッシュが一面に生えている荒涼とした中をバスでハメリン空港までいった。その途中、イーグル・ブラッフとシェル・ビーチに立ち寄った。シェル・ビーチは誠に不思議な浜である。砂や小石はまったくなく、813 mmの貝殻ばかりで出来た浜である。資料がないので良く分からないが幅1 km、長さ10 km以上、深さ数mはあるようだ。どうしてこのような貝殻ばかりが集まって浜ができたのであろうか?写真のモンキー・マイア入り口の門や塀はシェル・ビーチから切り出した貝殻の固まった岩で出来ていた。シェル・ビーチに行く前に見たので、飾りとして貝殻を接着してあるものと思っていたが、後で中まで貝殻で出来ていることに気付いた。

ハメリン・プール

 ハメリン・プールでは地球最古の生物であるストロマトライト(藍藻類)が生息している様子を見た。西オーストラリアでは35億年前のストロマトライトの化石が数カ所で発見されている。ハメリン・プールには海底隆起があるため海水の入れ替わりが充分に行われず、温度が高く塩分濃度も2倍近くも高いので外敵が住めず、繁殖するのに適した場所となったとのこと。3,500年ほど前から住みつくようになったらしい。年間0.3 mmほどしか成長せず、3,500年かけて今のような姿になった。訪れたときは干潮時で、腰掛け型に成長したストロマトライトが木製の歩道橋から無数見られた。

       

  ハメリン・プールで地球最古の生物、ストロマトライトが引き潮で露出

市場調査

 研修では塩生産現場の塩田見学だけでなく、市場調査と言うことで行く先々の都市の大型スーパーに入って塩の売場に行き、塩の種類や価格、包装の状況を調査した。塩の種類は多く、売場面積も幅3m、高さ25mほどの広さを取っている店もあった。塩は天日塩を粉砕した製品、せんごう塩、岩塩と表示された製品と様々であり、価格は製品によって大幅に異なり、食卓塩や調理用塩の安い物ではキログラム当たり3050円であった。
 オーストラリアにも減塩製品である塩化ナトリウムと塩化カリウムを半々に混ぜたライト・ソルトがあった。表示にはゴシック体の赤字で「正常な健康人用の低ナトリウム塩混合物」とあり、その下に同じ大きさの通常の活字で「医者の指示なく低ナトリウムやカリウム摂取用に使ってはいけない。利尿剤を服用している人は使用禁止。」と書かれている。つまり病気でない人は使ってよいが、病人は(とは書いてないが)医者の指示で使用すること、と読める。ところで減塩用に日本にも同じような製品が販売されている。それには健康な人、または医者に減塩を指示されている人にお勧めする、と表示されている。血圧が高ければ、ワンパターンで医者は減塩を勧める。となるとこの塩が使われることもあるが、オーストラリア製品の表示からして本当に使って良いのか不安になる。

シドニー水族館

 シドニーは最後の訪問地であった。ここでは自由行動の時間に水族館を見学した。時間にゆとりがなかったので朝一番に開くのを待って入場した。入って直ぐに非常に珍しい動物がせわしなく泳いでいる光景に出くわした。泳ぐというよりも水中をせわしなくはいずり回っている、という表現の方が当たっている。卵を生んで、乳を飲ませながら子供を育てていくカモノハシである。30 cmほどの小さな動物であり、アヒルのようなくちばしを使って首をふりふり餌を探している様はユーモラスであった。

       

               シドニー水族館の海水処理施設

 この水族館にはオーストラリア近海や河川に住む650種類、11,000匹ほどの動物が飼われている。設備的には目新しい展示法ではなかったが、南半球だからであろうか、はじめてみる奇妙な形をしたサメなのかエイの仲間なのか判断できかねる魚が何種類かいた。海水は目の前のダーリング・ハーバーから取り入れており、館の裏側にはその海水を処理する設備が設置されていた。
 以上が海外研修で印象に残った顛末記である。日本で秋の終わり頃はオーストラリアでは春の終わりの頃である。日差しが強く日焼け防止のため、日焼け止めクリームと帽子を用意するよう注意があった。しかし、いずれも用意しなかった。日差しの強さ、暑さは大変なもので、パース郊外のフリーマントルで塩の市場調査のためにマーケットに入ったとき、オーストラリア国旗と五輪マーク入りのシドニー・オリンピック・グッズの帽子を格安で買った。オリンピックが終わり、処分品となっていたからである。麦わら帽子ほどの幅広い縁があり、あご紐もあって日除けには恰好の物であったが、折り畳んで仕舞えるほどのフレキシブルな帽子だけに、風が強いと縁が折れてしまい塩田では役に立たなかった。シャークベイ塩田の思い出として我が家の壁に掛かっている。
 最後になったが、塩田を案内していただいた三井物産鰍フ高木部長と竹内主幹、級鮪幕ニセンターの
岡林
(技術課長)団長に記して謝意を表する。
                                           (ソルト・サイエンス研究財団専務理事)

 注:原著はカラー印刷ではありません。