FOOD
RESEARCH 2004;9:17-20
塩(塩化ナトリウム:NaCl)は人体にとって必要不可欠なミネラルであり,塩がなくては生きて行けない.主として体液の浸透圧を調整することにより細胞に正常な生理機能を発揮させるのに必要だからである.
塩と健康については,塩摂取量と高血圧の問題,塩に付随してのミネラル摂取量が考えられる.しかし,それについては製塩工程終了後のニガリからの摂取量の方が有効である.ニガリについて本当の成分と市販ニガリの成分実態について述べる.
1.食塩摂取量と高血圧
食塩摂取量と高血圧との関係は全体的には明確ではなく,ごく一部の塩感受性を持った(塩摂取量の増加により血圧上昇を示す)体質の人だけに関係がある.そのような体質を持った人の割合は30%程度で,高血圧の人でも50%程度である.
しかし,その体質を簡便に判定する手投は現段階ではない.
世界には1日当たり1 g以下の塩摂取量で原始狩猟社会生活をしている民族がいる.寿命は短いが高血圧症はなく,加齢に伴う血圧上昇もないことから文明社会の人々に対しても予防医学的に減塩が勧められている.
しかし,これには負の作用があるが,それに対しては十分に確認されていない.
例えば,減塩による血圧応答は図1に示すように正規分布を示す.減塩で血圧が下がる人がいるのと同じ程度に逆に血圧が上がる人がいる.つまり,減塩で健康に悪い作用を受ける人がいる.これは問題にされていない,というおかしな現象がある.
高血圧は遺伝病とされており,高血圧家系の人は生活の質を損なわない程度に取りあえず減塩を勧めるが,効果の程は明確には言えない.
最近では高血圧予防食とでも言うべきDASH食(果物・野菜が多く,低脂肪乳製品の多い食事)の効果が研究されている.これで肥満を防止し,降庄作用を促進させ,高血圧の非薬物療法として注目されている.
2.ミネラル摂取量
塩は典型的なミネラルであるが,話題にされるミネラルは塩のことではなく,塩に付随するマグネシウム,カルシウム,カリウム,ひいては微量成分までを問題としているようである.
しかし,表1を見れば判るように塩からこのようなミネラルの摂取量は到底期待できる量ではない.
塩10 gの製造には海水400 mlを必要とする.
表1 塩からのミネラル摂取量 |
元 素 |
一日摂取基準* (mg) |
一日摂取量** (mg) |
食塩10 g中の量 |
海水100 ml中の量(mg) |
海水組成のままでつくった塩10 g中の量(海水として約400 ml)(mg) |
カルシウム |
600-900 |
440-625 |
3 |
40 |
160 |
リン |
700-1,200 |
1,000-1,500*** |
|
0.002 |
0.008 |
カリウム |
1,650-2,000 |
1,200-2,500*** |
13 |
38 |
152 |
ナトリウム |
3,900 |
10,400-13,200 |
3.98 g |
1.05 g |
3.93 g |
マグネシウム |
220-320 |
150-300*** |
3 |
135 |
541 |
鉄 |
10-12 |
9.8-12.2 |
0.0017 以下 |
0.0005 |
0.002 |
亜鉛 |
8-12 |
7.6-11.42*** |
0.0012 以下 |
0.001 |
0.004 |
銅 |
1.4-1.8 |
1.0-2.5*** |
0.0006 以下 |
0.0003 |
0.001 |
クロム |
0.020-0.035 |
|
|
0.000005 |
0.00002 |
ヨード |
0.15 |
|
0.004 以下 |
0.006 |
0.02 |
セレン |
0.040-0.060 |
|
|
0.00004 |
0.0002 |
マンガン |
3.0-4.0 |
|
|
0.0002 |
0.0008 |
モリブデン |
0.020-0.030 |
|
|
0.0006 |
0.002 |
* 栄養所要量より12歳以上で記載 |
**平成12年栄養調査より7歳以上で記載 |
***生体内金属元素(1994)より |
家庭で消費される塩は厚生労働省が毎年発表している1日当たり食塩摂取量(12 g前後)のほぼ10%である.他は調味料,加工食品,自然に含まれている塩換算量である.つまり店で購入して家庭で使う量は一ケタ下がり,マグネシウムといえども所要量の20%程度にしかならない.微量成分については論外である.
3.海水濃縮製塩工程とイオン交換膜法製塩工程
海水を濃縮していくと,海水中の成分濃度は比重が高くなるにつれて図2に示すように変化する.海水が濃縮されるとかん水(濃い塩水)と呼ばれるようになり,塩の結晶が出始めると母液と呼ばれる.
さらに煮詰めて硫酸マグネシウム(MgSO4)が析出する領域になるとニガリと呼ばれる.この領域では塩の品質が悪くなるので,製塩工程はMgSO4が析出してくる前に終了する.比重で言えば1.3程度で中止し,ニガリとして排出する.
成分変化の概略を述べると,濃縮により比重が約1.215になると塩が析出し,母液中の塩濃度は急速に低下していく.それまでに比重1.1程度で,硫酸カルシウム(CaSO4)が析出し始め,濃度が下がっている.塩の析出中も引き続き析出しているが,これは液中で分離される.この化合物は塩酸にも溶けないので,体内に摂取してもカルシウムとしてのミネラルの役割を果たさない.また,ニガリ領域ではほとんどなくなる.
製塩工程における採塩では,例えばA線の位置とB線の位置では母液の組成が異なる.このため,遠心分離時に塩の付着母液を飽和食塩水で洗浄して,ロット間で塩の純度にあまりバラツキがないようにする.
海水濃縮工程を縦軸にNa/Mg比をとって表すと図3のようになる.塩が析出してくるまではその値は一定であるが,塩が析出し始めると,急速に比の値は低下し,ニガリ領域の比重が1.3位になると0.2位になる.
イオン交換膜製塩法では,膜によりイオンの透過性が異なる.一般的に二価のカルシウム,マグネシウム,硫酸根は通りにくいので,得られるかん水(イオンかん水と称する)の塩類組成が異なる.その一例としてイオンかん水を濃縮して製塩を行う工程を図4に示す.ここでは横軸を塩化カルシウム(CaCl2)と塩化マグネシウム(MgCl2)の合量で表している.塩の析出が始まり,液中の濃度が低下してくるのは海水濃縮と同じパターンである.しかし,このかん水では合量が200に達する前に塩化カリウム(KCl)が析出し,濃度が下がってくる.したがって,KClが析出し始める前に製塩工程を終了し,残りの液をニガリとして排出する.
4.ニガリ中のミネラル成分
塩田による海水濃縮を表す図2でMgSO4の濃度変化について説明する.塩が析出し始めるとMgSO4の急上昇し,1.305付近で析出が始まり,液中の濃度が下がる.ニガリの領域に入っているわけで,この時の成分はMgC12が一番多く,次にMgSO4,KClの順になっている.陽イオンの元素で言えば,ほとんどがマグネシウムで,わずかにカリウム,ナトリウムがあることが判る.
これを3成分の組成比率で表すと図5に示すようにMgが80%前後を占め,一層ニガリの組成が明確になる.このようなことから,ニガリは食品添加物の名称として粗製海水塩化マグネシウムと言われている.
一方,イオン交換膜製塩法によるかん水濃縮を表す図4を見ると判るように,ニガリ領域ではやはりMgC12が一番多く,KCl,CaC12,NaClの順に少なくなっている.
両者の組成の違いは表2に示すようになる.塩田製塩ニガリではMgSO4がある代わりにCaC12がない.一方,イオン交換膜製塩ニガリではCaC12がある代わりにMgSO4がない.ニガリをミネラル・サプリメントとして考えるならば,塩田製塩ニガリよりイオン交換膜製塩ニガリの方がイオン・バランスに優れている.
表2 にがりの組成 (%) |
|
NaCl |
KCl |
MgCl2 |
MgSO4 |
MgBr2 |
CaCl2 |
塩田製塩ニガリ |
2 - 11 |
2 - 4 |
12 - 21 |
2 - 7 |
0.2 - 0.4 |
- |
イオン交換膜製塩ニガリ |
1 - 8 |
4 - 11 |
9 - 21 |
- |
0.5 - 1 |
2 - 10 |
NaClとKClとの比がほぼ1:1であり,CaがCaC12として溶解した形であるので,カルシウムイオンが体内に吸収利用されるからである.しかし,この商品は市場にはあまり出回っていない.
5.市販ニガリの成分実態
玉井恵著「塩とニガリがよくわかる本」には,かなりの数量のニガリ製品について分析データが掲載されている.それらを整理して図5と同じ座標軸にプロットすると図6に示すようになり,3成分中のMgが60%以下の製品が非常に多く,Na,Kが多く含まれていることが判る.これは図3と同じ座標軸にプロットした図7を見ても,Naが非常に多いことが判る.
つまり,市販されているニガリは,ニガリの領域まで濃縮されている製品は少なく,かん水や母液の段階でニガリと称していることになる.また,図7でNa/Mg比はニガリと同じであるが,比重が小さい製品がある.これらはニガリに近い領域まで濃縮した液に水を加えて薄めた製品であると考えられる.
ニガリを冷蔵庫で冷却するとMgSO4の大きな結晶が底に析出してくるので,それを避けるためにある程度水で薄めることはやむを得ない.その場合には,表示でそのことを記載しておくべきで,そのようになっているかどうかはNa/Mg比が0.2程度の値になっているかどうかで判断される.
最後に,ニガリの主成分がMgであるので,Mg l00 mg当たりの価格を比較して図8に示した.製品中のMg量が少ない製品(かん水や母液)ではMgの価格が桁違いに高くなっている.商品の選択では表示に十分注意する必要がある.
ちなみに1日当たりMgの摂取量は300 mgとされており,上限値は700 mgとなっている.比重1.3程度のニガリ中には7000 mg/100 ml程度のMgが入っているので,1日当たり1 mlのニガリを補給すると70 mg位は摂取され,必要摂取量の20%強を摂取することになる.イオン交換膜製塩ニガリではさらに50 mg位のCaも補給され,必要摂取量の10%弱を摂取できる.
参考資料
橋本壽夫・村上正祥著,塩の科学,朝倉書店(2003)
日本海水学会,海水利用ハンドブック(1974)
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