保健の科学 第35巻 第4号 284-286ページ 1993年
連載4 食塩と高血圧
食塩感受性
橋本壽夫
日本たばこ産業株式会社
海水総合研究所所長
食塩摂取量と高血圧の関係に関するこれまでの疫学調査、介入試験の結果がしばしば再現性がなく、問題となっている原因のひとつには食塩感受性の問題がある。これはまた、全員を対象にした減塩を勧める派とそれに反対する派との対立点にもなっている問題でもある。
食塩感受性の歴史
疫学調査から塩が高血圧の原因となるのではないか、と仮定したのはダールであった。彼はそれを動物実験で証明しようと、ラットに食塩を負荷して高血圧を発症させる実験をおこなった。その結果、食塩を食べさせても高血圧にならないラットがいることが分かり、これを食塩抵抗性(salt resistant)ラットと称し、それに対して思惑通り血圧が上昇したラットを食塩感受性(salt sensitive)ラットと称し、1954年に発表した1)。ここで初めて食塩摂取量と血圧との関係が動物実験で証明され、食塩感受性という言葉がうまれた。
しかし、人間にも食塩感受性があるのかどうかについては、その後20年以上も分からなかった。1978年に川崎らは19人の高血圧患者に9 meq, 100 meq, 240 meqの食塩(0.5, 5.9, 14.0 gの食塩に当る)を与えた臨床試験で人間にも食塩感受性があることを証明し2)、その2年後に、藤田らも同様の発表をした3)。その後。人間の食塩感受性についていろいろな研究結果が発表され出した。
食塩感受性の定義
食塩感受性の定義については研究者によって異なり、確定していない。Dustanはこの問題を指摘しながら3つの方法について言及し、最も広く使われている定義はアメリカの国立衛生研究所(NIH)のプロトコールで使われているもので、7日間の10 mmolナトリウム摂取量から7日間の240 mmolナトリウム摂取量になった時、平均動脈血圧が10%以上上昇している場合を食塩感受性であるとしている4)。Dimsdaleらは食塩感受性に関する定義を含めて研究結果を表1のようにまとめている5)。
表1 食塩感受性に関する研究概要(Dimsdaleら、1990を再編集) |
研究者 |
被験者 |
Na量(mEq/d)/期間 |
|
食塩感受性の定義* |
食塩感受性の比率 |
平均血圧の影響** |
|
|
低 |
高 |
|
|
川崎ら1978 |
19H |
9/1wk |
240/1wk |
>Δ10% |
47% |
15.1% SS 4% n-SS |
Morganら1978 |
31H |
70-100/y |
None |
|
|
4% SBP all 7.6 DBP all |
Luft1979 |
14N |
10/3d |
1500/3d |
|
|
16.4 mmHg all |
藤田ら1980 |
18H |
9/wk |
249/1wk |
>Δ10% |
50% |
15 mmHg SS 3 mmHg n-SS |
Longworthら1980 |
130H |
15/10d |
150/10d |
>Δ10 mmHg |
20%外来患者 40%入院患者 |
10 mmHg SS |
Sullivanら1980 |
27N 19H |
10/5d |
200/10d |
>Δ10 mmHg |
15% N 74% H |
4% all N 0% all H |
Wattら1983 |
18H |
Un/4wk |
80/4wk |
>Δ10% |
0% |
4 mmHg SS |
Skrabelら1984 |
52N |
50/2wk |
200/2wk |
>Δ3 mmHg |
42% |
5.9% SS |
Richardsら1984 |
12H |
80/4wk |
180/4wk |
|
|
4 mmHg SBP all |
安東ら1985 |
30H |
25/3d |
250/6d |
>Δ10% |
33% |
14.4% SS 3.9% n-SS |
Weinberger1986 |
74N |
<80/3m |
Un |
>Δ3 mmHg |
41% |
8 mmHg SS |
Sullivanら1986 |
33N 30H |
10/4d |
200/4d |
|
15% N 30% H |
Falknerら1986 |
30N |
|
10g/14d |
>Δ5 mmHg |
40% |
8 mmHg SS -3 mmHg n-SS |
Morganら1986 |
160H |
50-70/Un |
自由 |
|
|
8% SBP all 9% DBP all |
河野ら1987 |
11H |
54/1wk |
300/1wk |
>Δ10% |
54% |
18.6% SS 3% n-SS |
Sullivanら1987 |
58N 51H |
10/4d |
200/4d |
>Δ5% |
12% N 18% H |
5.3 mmHg SS 1.0 mmHg n-SS |
Kurtzら1987 |
5H |
10/1wk |
2501wk |
|
|
10% all |
Millerら1987 |
82N |
75/12wk |
|
|
|
2 mmHg SBP all 2 mmHg DBP all |
Gillら1988 |
19H |
9/7d |
249/7d |
>Δ8% |
42% |
10 mmHg SS 0 mmHg n-SS |
*平均動脈血圧 |
|
|
|
|
|
**血圧の絶対変化または低塩時血圧の増加率(%)のどちらか一方 |
SS=食塩感受性 n-SS=食塩非感受性 all=全被験者 H=高血圧者 N=正常血圧者 |
d=日 wk=週 M=月 y=年 Un=記載なし |
食塩感受性の比率
表1には食塩感受性の比率も記載されており、定義によって異なるが、正常血圧着で15%から53%であり、高血圧者で20%から74%である。表1から分かるように、同一人物の研究報告でも時代が変わると定義も異なっている場合がある。例えばSullivanは>△10 mmHgから>△5%に変更しており、この定義による発表では、食塩感受性者は白人の場合、正常血圧者の15%と境界域高血圧者の29%に、黒人の場合、正常血圧者の27%と境界域高血圧者の50%に見られたとしている6)。
老人、黒人、肥満者、低レニン高血圧患者。比較的初期に血圧の高い人、交換神経活性の高い人、カルシウム欠乏のホルモン的指標などで比較的食塩感受性が高いことが分かってきた。しかし。これらのグループの中でも食塩感受性の人とそうでない人がいるので、単一の条件や分類で全体的に食塩感受性を説明できない7)、とされている。
食塩感受性の指標
食塩感受性の指標が確定し、それを簡単に測定できるようになれば、各自が食塩の摂取量に対して気を付けるべきか、気にしなくても良いかを判定できる。しかし、残念ながら今のところ簡便で明確な判定法はない。食塩感受性の指標に関連してはいろいろな観点から研究されている。例えばレニン活性の変化、代謝性カルシウム欠乏、ナトリウム利尿ホルモン、交換神経系活性、腎臓ナトリウム貯留、高血圧症の重症度、老人、肥満、黒人、遺伝的指標といったことである。しかし、これらの因子はいくつか関連しあって変化するので、まだ確実な指標を見出せていない7)。
Muntzelらは食塩感受性の再現性を重要視している。食塩感受性者が本当に食塩感受性であるかどうか、最初の結果がたまたま変動によるものであったかどうか、このような再現性の研究が欠けていることを指摘している7)。Sharmaらの研究は再現性が良く、高血圧家系では68%、非高血圧家系では20%の食塩感受性者率を報告しているが8)、Nowsonらの報告は再現性のないことを報告している9)。
おわりに
最近、欧米では、すべての人に減塩を勧めるのではなく、食塩感受性の人だけに勧めるべきであるという考え方が強くなってきている。減塩で血圧降下が期待できるのは食塩感受性者だけであり、しかも、その比率が低いものであることも分かってきたからである。食塩摂取量に関する保健政策は質的な変換を求められるようになった。食塩摂取量に影響される人は注意すべきであるが、少なくとも高血圧家系でない人は注意する必要はないと思われる。
引用文献
1) Dahl LK and Love RA: Evidence for relationship between sodium (chloride)
intake and human essential hypertension. Arch Intern Med 94:525-531,
1954
2) Kawasaki T, Delea CS, Bartter FC and Smith H: The effect of high-sodium
and low-sodium intake on blood pressure and other related variables
in human subjects with idiopathic hypertension. Am J Med 64:193-198, 1978.
3)Fujita T, Henry WL, Bartter FC, Lake RC and Delea CS: Factors influencing
blood pressure in salt sensitive patients with hypertension. Am J
Med 69:334-344, 1980.
4)Dustan HP: A
perspective on the salt-blood pressure relation. Hypertension [suppl I], I-166−I-169, 1991.
5)Dimsdale JE, Ziegler
M, Mills P and Berry C: Prediction of salt sensitivity. Am J Hypertens 3:429-435, 1990.
6)Sullivan JM: Salt sensitivity: Definition, concept, methodology, and long-term
issues. Hypertension 17[suppl I]: I-61−I-68, 1991.
7)Muntzel M and Drueke
T: A comprehensive review of the salt and blood pressure. Am J Hypertens 5:1-S−42S, 1992.
8)Sharma AM, Schattenfroh S, Kribben A and Distler A: Reliability of salt-sensitivity
testing in normotensive subjects. Klin Wochenschr 67:632-634, 1989.
9)Nowson C and Morgan T: Effect of calcium carbonate on blood pressure in
normotensive and hypertensive people. Hypertension 13:630-639, 1989.
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