そるえんす、1989, No.2, 2-10

 

世界の塩産業

 

日本たばこ産業渇鱒齡ь幕ニ本部

調査役 橋本 壽夫

 

1. はじめに

 生命に欠くことのできない塩、現在の文化的な社会生活に欠くことのできない塩。この塩を得るために地下に塩資源がなく、製塩に恵まれない気象条件の日本では、昔から大変な努力と工夫改善を重ね、塩造りが行われてきた。日本独特の入浜式塩田は江戸時代に規模拡大と技術的改良され、瀬戸内地方で大いに発達した。当時は食用だけを賄っていた。明治38年に塩の専売制度が始まり、入浜式塩田による採かん法や平釜式せんごう法の改良を加え、生産性の向上に伴って昭和の初めまでに二回にわたり生産性の悪い塩田の整備を行った。戦中、戦後に手痛い塩不足を経験したことから、食用塩を自給すべきことが昭和25年に政府で閣議決定され、生産性と品質向上に向けて技術開発が一段と活発になり、昭和28年頃から流下式塩田法への転換が始まって数年で終了した。これにより生産性が飛躍的に向上し、再び
昭和
34年に過剰生産力の除去と国内塩業の基盤強化を目指して不良塩田の廃止、整備が行われた。
 塩は食用のみならず、近代におけるソーダ工業の発達と共に、化学工業の重要な原料となり、食用を上回る需要が出てきた。この工業用塩は安く、安定して入手できることが重要であり、コストの高い国内生産塩は使われず外国からの輸入に頼っていた。しかし、需要は増加する一方であり、原料の安定確保の観点からソーダ工業界としては工業用塩も何とか国産化したいという願望があり、そのためにイオン交換膜電気透析法による海水濃縮法が昭和25年頃からソーダ会社で研究開発され始め、10年後には実用規模で工場試験が出来るまでになり、さらに10年間の実用化試験を続けて、昭和44年頃から、この方法への全面転換の是非について検討された。その結果、昭和47年から全面導入することとなり、合わせて製塩工場の規模拡大も図られた。ここでまた、塩価を国際水準まで下げ、塩業の自立化を目指した基盤を醸成することを目的に、即ち、国際競争力を身に付けることを目的に四回目の塩業整備が行われ、流下式塩田は全て廃止されると共に多くの製塩企業も廃止され、7企業が国内製塩を行っている現在の姿となった。流下式塩田からイオン交換膜採かん法への転換は画期的なことで、気象条件に左右される農耕的生産方式から工業的な生産方式に転換したことにより、連続的、計画的生産が可能となり、自動化、大形機械化が図られ生産性が一段と飛躍的に向上し、コスト低減に向けて力強い一歩を踏み出した。その後、二度にわたるオイル・ショックと円の変動相場制の効果により、経済状況は全く変化したが、技術的には採かん装置の性能向上と低コスト・エネルギーの採用等によって製塩コストの低減は着実に進み、国際競争の場に踏み入る日が近づいてきた。
 一方、世界的に見れば地下に豊富な岩塩鉱やかん水層を持っている国は沢山あるし、天日塩の製造に適した気象条件に恵まれた国も沢山ある。近代製塩は化学原料用の塩需要に応えるために、いずれの製造法も機械力と輸送力を駆使して、大規模操業でコスト・ダウンを図り、大量の塩が日本に輸入されている。最近では金属ソーダ製造用に高純度のせんごう塩まで輸入されるようになってきた。
 このような中で、国内塩産業が専売制度に依存せず、存立していく基盤を整えていかなければならないが、それには世界の塩産業の情勢を十分に把握しておく必要がある。

 

2. 塩生産

 世界で毎年生産される塩の量は17千万トン程度であり、図−1に示すように毎年少しずつ増加している。主要な生産国の生産量の動向を見ると図−2のようになっている。アメリカが最大の塩生産国である。アメリカでは冬期の融氷雪用に塩が8001000万トンも消費されるので、冬期の気候によって生産量が大きく左右される。この図から、日本の塩生産量がいかに少ないかが分る。1987年の統計値では日本の生産量は19番目位に当たる。

 生産される塩の種類は、岩塩、天日塩、かん水塩、せんごう塩である。岩塩はアメリカ、カナダ、ヨーロッパで多く生産される。世界最大の岩塩生産鉱山はドイツにあり、ドイツ・ソルベー・ベルグが経営しているボース鉱山で、年産400万トンの能力を持っている。天日塩はメキシコ、オーストラリア、地中海沿岸諸国、東南アジア諸国、中国で多く生産されている。かん水塩は地下かん水として産出することもあるが、岩塩を採鉱する方法として、水を岩塩層に注入して塩を溶解採取する溶解探鉱法で多く生産されている。大手の化学工業会社はかん水を精製して、そのままクロールアルカリ工業の原料として自家消費することが多く、そのためかん水の輸送管を国境を越えて延々と300kmも敷設している例もある。数10kmのパイプ輸送はヨーロッパでは随所に見られる。溶解探鉱法によって得られたかん水を天日塩田に注ぎ、天日塩として収穫している所もあるし、真空式蒸発缶でせんごうし、せんごう塩としている例もある。世界最大の天日塩田はメキシコのグェレロ・ネグロ塩田で年産600万トンの生産能力がある。せんごう塩は通常食用として造られているが、クロールアルカリ工業の原料としても用いられており、オランダはこのために一工場で200万トンの生産能力を持つ工場を二工場持っている。これは世界最大のせんごう塩生産工場である。この規模で生産された塩の一部を食用に販売するとすれば、相当安価に供給できることが考えられる。
 年産50万トン以上の塩を生産している会社を表−1に示す。これらの会社の中には化学工業用原料として全量または一部を大量に自家消費している会社がある。

 また、アクゾ・グループ、ソルベー・グループのように国際的に子会社を沢山持っている会社もある。最近の情報では、アクゾ・グループの食塩生産量は1500万トンに達したと言われている。これは世界の食用塩消費量3300万トンの約50%に相当する量である。

 

3. 貿易

 塩の国際貿易量は表−2に示す通りであり、生産量の10%強に当たる。この数値にはポーランド、ルーマニア、ソ連のような東ヨーロッパ諸国は含まれていない。塩は価格の安い基礎物資であり、重く、かさばるため経済的な長距離輸送には不向きな物資である。したがって、一般的には生産された地域で消費される。このためしばしば北アメリカや北ヨーロッパでは自国内の塩を配送するよりも輸入した方が安いため、大量に生産している国といえども塩を輸入している国が多くある。



 塩の貿易量に影響を及ぼす大きな要素は(1)クロール・アルカリ工業の景気動向(2)北アメリカと北ヨーロッパの冬の気象である。しかし、塩の生産がほとんどなく、非常に消費量の多い地域には、長距離であっても大量に輸送される。
 貿易には五つのパターンがあり、それらで世界の塩貿易量の80%以上を占めている。すなわち日本の輸入、アメリカとカナダの輸入、アメリカとカナダ間の相互貿易、スカンジナビア諸国の輸入、ヨーロッパ諸国間の相互貿易である。表−3から、それらのことが推察できる。主な塩輸出国はメキシコ、オーストラリア、オランダ、西ドイツ、カナダ等である。主な塩輸入国は日本、アメリカ、ベルギー、スウェーデン、カナダ等である。塩の生産量がない国としては、北欧三国のスウェーデン、ノルウェー、フィンランドがあるが、それらの国々はオランダ、東西ドイツ、ポーランドから輸入している。輸出に便利なように、オランダでは北海に面した西ドイツ国境に近いデルフジールに200万トンのせんごう塩を製造する工場がある。東ヨーロッパ諸国内の貿易は不明である。

 

4. 塩消費

 塩の消費分野は四つに大別される。化学工業用の原料として使われる量が最も多く、世界の消費量の
60%を占めている。このほとんどは、塩素、カ性ソーダ、合成ソーダ灰の製造に使われる。次に食用で、全消費量の19%を占めている。主として食品加工で使われている物であるが、食卓用も含まれている。北アメリカと西ヨーロッパでは、道路の融氷雪用も大きな用途で、世界の消費量の10%を占めている。残りはその他種々の用途であるが、18,000種もの最終製品に関連があると言われている。
 表一4に各地域毎の用途の推移を示す。化学工業の発達している北アメリカ、西ヨーロッパのような地域は全体的な塩の消費量も多いし、化学工業用に使用される畳も多い。アジアでは化学工業用も多いが、人口が多いため食用も多い。

 アメリカについては詳細な統計値があるので、それを表−5に示す。この表では塩種別に用途と輸入量が分る。化学薬品用の消費が一番多く、約50%を占め、塩種としては80%がかん水である。また、このために40万トン弱が輸入されているが、メキシコ、バハマからの天日塩とカナダからの岩塩であると思われる。次に融氷雪用の消費が多いが、これには岩塩が使われ、このため190万トンも輸入されている。牧畜の盛んな国であるため、農業用として家畜の飼料に消費されるものも120万トンと多い。また、イオン交換樹脂により硬水を軟化して飲料水にするために使用される量が50万トン弱ある。ここで油となっている用途は、油井を掘削するためにボーリングで使用される掘削泥用の塩である。原油の価格によって掘削活動が盛んになると増加し、1982年の原油価格が高騰していた頃は90万トン以上消費されていた。

 

5. 製塩会社の吸収合併とグループ化

 製塩企業の買収による吸収合併、子会社化はかなり頻繁に行われており、国際的規模で行われている場合が多い。表−1に示したアクゾ・グループ、ソルベー・グループも含めて表−6にあらためて示す。1971年からの買収状況を表−7に示す。近年になって頻繁に買収が行われていることが分る。アメリカのダイヤモンド・クリスタル・ソルト社は国内の製塩企業を盛んに買収してきたが、ごく最近アクゾの子会社であるアメリカのインターナショナル・ソルト社に買収された。その金額は6500万ドルと言われ、それによって5ケ所の製塩施設を獲得した。これにより前述したように、アクゾ・グループは1500万トンのせんごう塩を生産する世界最大の塩生産会社となっており、高純度塩、食用塩の世界的な支配戦略を進めているように思われる。

 

6.おわりに

 世界の塩産業の状況を簡単に触れたが、個別の製塩企業の規模で見ると、国内の製塩企業と一桁違う企業があり、グループ化された企業で見ると二桁も違ってくる。これは岩塩、天日塩を含まないせんごう塩の生産量だけで、そのような結果となっており、彼我の差があまりにも大きなことが分る。そのような中で日本の塩産業が国際競争力を持って存立しえる条件を整えて行かなければならない。その条件は何かと考える時、技術力、知的資源の活用しかないように思われる。エネルギー消費型産業となった製塩工業はエネルギー源を全面的に海外に依存しており、また、円レートの変化によって輸入塩との価格比較で優劣が変化するような、ある意味では大変不安定な基盤の上に立っていると言える。日本では一般産業でも資源のない中で加工貿易から身を起こし、技術力を身に付け、勤勉と頭脳集約で技術革新を行い、近年の急激な円高の中で企業の存立を危ぶまれながらも、技術力で危機を乗り切り、経済的に世界の大国となってきた。
 塩という生命的にも産業的にも欠くことのできない基幹物資を、無限の海水から工業的に安く作るという技術が確立すれば、海水を工業用塩の資源とすることができ、塩資源のない固から一躍塩資源に恵まれた国となる。技術的には可能であるが、経済的に可能とするには、もう一段の技術的発展が必要である。しかし、先人が技術開発に努力を傾注してここまで来れたことを思えば、これから先出来ないことではなく、国際競争力の場に立てる条件整備、塩産業の基盤強化としては何としても技術開発力の充実が急務であると考える。
 このような時、製塩技術、海水資源利用技術の基礎的な研究に財政的な助成ができる当財団が誕生し、塩に関する内外の情報も収集して紹介できるようになったことは、今後の塩産業界にとって大変心強いことである。