保健の科学 第35巻 第11  801-804ページ 1993

連載11 食塩と高血圧

海外の食塩摂取量と保健政策

      橋本壽夫
                                               日本たばこ産業株式会社
                                              海水総合研究所所長

 日本では毎年の国民栄養調査で食塩摂取量が発表されており、統計的な数値として信頼性があるが、外国では、なかなかこのような全国規模の調査統計値はない。先進国では高血圧症予防のために食塩摂取量を下げることを勧めているが、摂取量の現状や摂取源の実体が把握されておらず、せいぜい食塩の販売数量、消費量から推定したり、少人数の尿中のナトリウム量から計算した数値が散発的に報告されているだけである。また、どのようにして食塩摂取量を下げるかについては、調理に食塩を出来るだけ使わないようにする、食卓上に食塩振り掛け器を置かない、食塩の入っていない加工食品を購入する、と言ったことが勧められている。この度はこの辺りの所を調べて見た。

海外の食塩摂取量

海外の食塩摂取量に関するデータは少なく、数値的にその国の摂取量を代表しているかどうかは疑問であるが、網羅的に記載されているのはIntersalt studyの報告である1)。この報告は32カ国の52カ所で1カ所当たり約200人の被験者のデータが集められている。1カ国当たり13カ所が調査されており、その中から摂取量の多い方から10カ国と無塩文化といわれているほとんど食塩を取らない種族を除いて、少ないほうから5カ国を他の論文に報告されている数値と共に1に示した。

表1 世界の国々の食塩摂取量
国    名 食塩摂取量(g/日) 文献
男 子 女子 平均
中国(天津) 14.3 1
   (北京) 11.9 1
日本(富山) 12.4 1
韓国 12.1 1
インド(ラダク) 11.9 1
コロンビア 11.8 1
カナダ(セント・ジョンズ) 11.7 1
ハンガリー 11.6 1
ポーランド(クラコウ) 11.5 1
イタリア(バシアノ) 10.8 1
ポルトガル 10.6 1
台湾 8.3 1
アメリカ(ジャクソン:黒人) 8.3 1
     (シカゴ) 8.2 1
     (グッドマン:白人) 7.6 1
     (グッドマン:黒人) 6.1 1
ベルギー(チャーレロイ) 8.2 1
デンマーク 8.2 1
ジンバブエ 8.2 1
アイスランド 8.1 1
トリニダードトバゴ 6.9 1
フィンランド(北カレリア) 11.1 6.9 2
フランス 12.1 6.9 2
ドイツ 10.0 9.6 2
ギリシャ 10.2 8.1 2
アイルランド 8.6 7.2 2
イタリア 10.9 9.0 2
オランダ 10.4 8.4 2
ポルトガル 11.4 8.9 2
スェーデン 11.2 7.5 2
イギリス 9.7 2
イギリス 10.6 7.4 3
イギリス 9.5 4
スペイン 7.42 5

 また、ジェームスはヨーロッパにおいて栄養摂取に関連した疾患の予防を目的にWHOのヨーロッパ地区出版物の中で栄養摂取量を調査した報告のデータを集めており、その中の1つに食塩摂取量がある2)
 冠状動脈性心疾患を原因とする死亡率はアメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、ベルギー、フィンランドでは劇的に低下しているのに、イギリスでは低下せず、高血圧を予防する上からも食塩制限に注目して食塩摂取量の現状を調査している3)。以上はいずれも尿中のナトリウム量を測定した値に基づいている。
 一方、食塩の消費量から求めた値も報告されているので、それらも併せて参考値として1に示した。例えば、エドワードらの調査は食卓・調理用の塩を販売量から計算した数値である4)。ラフォルスはスペインの食塩消費量を国家統計庁のデータとして発表している5)。しかし、これには加工食品や外食で消費される食塩は含まれていない。
 食塩摂取量は概ね712 g/日の範囲で比較的狭い範囲にあることが分かる。気候、風土、食生活、文化の違いを考えると、このように摂取量がほぼ決まっていることは驚くべきことで、食塩が生理的に必須な食べ物であることに基づいているのであろう。

食塩摂取量の起源

いくつかの報告にはどのような食品から食塩を取っているのかを調査しているものがあり。それら食塩摂取量の内訳を2に示した。これを見ると加工食品から取っている量が一番多く、次に食卓・調理からであることが分かり、減塩政策のポイントが加工食品と食卓・調理に置かれていることがよく理解できる。

表2 世界の国々の食塩摂取量の推定内訳
単位 g/日
国  名 食塩摂取量 自然 加工食品 外食 食卓・調理 文献
フィンランド 12.6 1.5(12) 5.3(42) 1.0(8) 4.8(38) 11
スェーデン 11.0 1.0(9) 5.3(48) 4.8(44) 2
イギリス 9.7 0.9(9) 5.6(58) 3.1(32) 2
イギリス 9.5 1.5(16) 5.0(53) 3.0(31) 4
アメリカ 14.5 8.0(55) 6.5(45) 2
注:( )内は総摂取量に対する%

保健政策

 アメリカでは成人のうち3人に1人は高血圧症であり6)、約5,800万人の成人がこの症状をデータしている7)と言われている。高血圧症の人は脳卒中、心臓病およびある種の腎臓疾患を生ずる危険率が高く、心臓病と脳卒中はアメリカの主な死因10種のうちに入っている8)1988年には総死亡件数の35.3%が心臓病で、7.9%が脳卒中を原因としていた9)
 このようなことからアメリカでは高血圧症に対する意識が高まり、その防止対策が向上しつつある。1977年にマクガバーン委員会は“合衆国の食事目標”の中で炭水化物の増加、脂肪、コレステロール、砂糖、食塩の低減を提案し、食塩の一日摂取目標値を5 gとした。これには自然に食物の中に入っている3 gは含まれていないことを私信で述べている10)
 最近、消費者が食品を購入する際に保健上の観点から情報を得られるように、食品表示の一貫としてラベルにナトリウム記載を行なうことについて、食品医薬品局(FDA)は官報でナトリウムと高血圧との関係を解説し、記載についての意見を徴収した11)。この資料によると、1980年代前半のアメリカではナトリウム摂取量のようであった。
  1)一般国民に対して、アメリカ国民のナトリウム摂取量は生理学的必要量を越えており、ナトリウム摂取量を減少させることが賢明であろう。高血圧症の発症とナトリウム過剰摂取との関係を明確にする必要があるが、ナトリウム摂取量の減少が有害な効果をもたらす証拠はなく、一般市民にとって有益であるとの示唆が得られている。
 2)高血圧症の素因を持っている国民に対して、ナトリウム摂取量が高血圧症の主たる原因であるとの証拠はまだ決定的ではない。しかし、ナトリウム摂取量の減少は高血圧症の素因を持っている国民にとって有益な結果をもたらすであろうと結論し得るほど強力である。
 と述べられており、極めて曖昧な見解に基づいて減塩が計られてきたことが分かる。FDAはナトリウム摂取量の制限をするよりも食品中のナトリウム含有量についで情報提供する方が適切であると考えてきたが、1990年に官報(55FR P.5176)でナトリウムの一日摂取量参考値(Daily Reference Values)2.400 mg(6 gNaCl)と提案した。
  1990年に出されたアメリカ人の食事ガイドライン6)ではアメリカ国民のために7項目の栄養勧告を行なっている。その中でアメリカ人は“食塩及びナトリウムを適性に使用すること”が必要であると述べ、ナトリウム含有量の低い食品の選択、調理で使用する食塩の節減、および食卓で添加する食塩の減少を勧告している。
 フィンランドではいくつかの保健機関が食塩の消費量の減少を勧告している。国の血圧委員会は食塩摂取量を68 gに減少することを提唱し、栄養委員会は最大摂取量を89 gとすることを提唱した12)

まとめ

 食塩摂取量は世界的に見ても712 g/日とほぼ一定しているようであるが、日本ほど定期的に大規模に調査している例はない。食塩摂取量を減らそうとしている国はいろいろあるが、基礎となるデータが揃っておらず、したがってどれぐらい減塩され、効果が上がったかも分からない。アメリカでは極めて曖昧な根拠で減塩が勧められてきており、詳細な疫学研究、介入研究が進むにつれて国民全体に画一的な減塩を押し付ける保健政策に対して批判が出ている。
 データが揃っている日本では、私が整理した限りでは食塩摂取量と疾患死亡率あるいは疾患との間にはあまり関係がありそうにない13)。膨大なデータをいろいろな要因との関連で整理して、注意しなければならないことが本当に理解できる保健政策を望みたい。

引用文献

1Intersalt Cooperative Research Group: Intersalt: An international study of electro1yte excretion and blood       pressure. Results for 24 hour urinary sodium and potassium excretion. BMJ 297:319-328, 1988.
2James WPT: Healthy nutrition: Preventing nutrition-related diseases in Europe. WHO Regional Publications,       European Series, No.24, pp. 123-127, 1988.
3Sanchez-Castillo CP, Warrender S, Whitehead TP and James WPT: An assessment of the sources of dietary     salt in a British population. Clinical Science 72:95-102, 1987.
4Edwards DG, Kave AE and Druce E: Sources and intakes of sodium in the United Kingdom diet. Euro J Clin Nutr   43:855-861, 1989.
5RafoIs JM: Consumo de salen Espana. Alimentaria Octubre pp. 79-81, 1989.
6USDA, DHHS: Nutrition and Your Health-Dietary Guidelines for Americans, 3rd ed. Home and Garden Bulletin     No.232, 1990.
7Subcommittee on Definition and Prevalence of the 1984 Joint National Committee, Final Report: Hypertension   prevalence and the status of awareness, treatment, and control in the United States. Hypertension 7:457-468,   1985.
8DHHS, PHS: Surgeon General’s Report on Nutrition and Health.U.S. Government Printing Office.         WashingtonDC. pp. 1-20,139-175, 1988.
9DHHS, PHS: National Center for Health Statistics. Advance Report of Final Mortality Statistics. 1988.Final    Data from the National Center for Health Statistics. Monthly Vital Statistics Report. Centers for Disease        Control. Vol.39, No.7, Supplement. p. 20, November 28, 1990.
10Moses C: Sodium in Medicine and Health A monograph. Reese Press, Inc. Baltimore, 1980.
11Food and Drug Administration, HHS: Food Labeling: Health Claims and Label Statements; Sodium/Hypertension.    Federal Register Vol.56, No.229, pp. 60825-60845, November 27, 1991.
12Pietinen P: Sources of sodium in the Finnish diet. J Sci Agri Society of Finland 53:275-284, 1981.
13Hashimoto T: Statistical analysis of the relationships between salt intake, hypertension and heart diseases      based on national surveys in Japan. In: Kakihana H, Hardy Jr. R, Hoshi T and Toyokura K, Seventh Symposium     on Salt, EIsevier Science Pub1ishers, Amsterdam, Vo1 2, pp.241-247, 1993.