戻る

たばこ塩産業 塩事業版  1999.09.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

にがりとミネラルについて

 

「ミネラルたっぷりの美味しいお塩」「海のミネラル(にがり)を含んだ〜」「にがり〈ミネラル〉を残した自然の風味」──いずれも店頭に並んでいる塩のキャッチフレーズです。にがりは「苦汁」と書くぐらいで、たいへん苦く、昔はにがりの少ない塩が喜ばれていたと記憶していますが、最近の“にがり信仰”とも言うべき風潮はどこからきたものなのでしょうか?にがり=ミネラルと理解すれば、にがりを有り難がる風潮も何となく分かる気もしますが、そう理解してよろしいのでしょうか?しかし、味に関して言えば、にがりがどのくらい含まれているか、という点が問題になるのでしょうね。ミネラルと合わせ、そもそも「にがり」とは何か、ということから解説していただきたいのですが──。 
 
                                   (北海道・塩販売店)

 塩の専売制度が廃止されてから海水を原料にして塩を作ることが自由にできるようになりましたので、海のミネラル(主成分は塩である塩化ナトリウムですが、それ以外のにがり成分だけが強調されています)を強調した塩が数多く出回るようになりました。美味しさ、ミネラル摂取をキャッチフレーズとしていますが、はたしてどうでしょうか?これまでにもお答えしてきたことと重複するところがありますが、改めてにがりを中心にしてお答えします。 

にがりの主成分は塩化マグネシウム

 にがりとは広辞苑第四版によると、「海水を煮つめて製塩した後に残る母液。また、粗塩の貯蔵中に空気中の湿気を吸い、とけて分離する液状苦味質をもいう。主成分は塩化マグネシウム。」となっています。製塩は、にがりの成分である硫酸マグネシウム(塩田製塩の場合)とか塩化カリウム(イオン交換膜製塩の場合)が結晶になる前で止められます。したがって、にがりの中には塩をはじめ海水中に含まれているものがほとんどすべて含まれていると考えてよいでしょう(1997.6.25の本紙「海水からの製塩とにがり成分」を参照)。にがりの主成分は表−1に示すように塩化マグネシウムで、この化合物や塩化カルシウムは吸湿性で苦い味がします。

表−1 海水を蒸発またはイオン交換膜電気透析させてできるにがり成分 (g/kg)
比 重 NaCl MgSO4 CaCl2 MgCl2 KCl MgBr2 塩類合計
流下式塩田
1.2748 81 71 - 130 22 2.3 306.3
1.2908 59 82 - 150 25 2.7 318.7
1.3000 49 87 - 160 27 2.9 325.9
1.3083 40 86 - 170 29 3.1 328.1
1.3131 28 83 - 190 32 3.5 336.5
天日塩田
1.273 34.1 61.8 - 163.6 22.6 2.6 284.7
1.291 88.7 61.7 - 144.4 23.4 2.6 320.8
1.300 30.8 57.4 - 199.4 14.0 3.1 304.7
1.308 25.2 57.5 - 208.8 30.7 4.1 326.3
イオン交換膜
1.230 153.1 - 24.1 57.0 47.5 - 284.4
1.241 98.2 - 35.8 112.4 47.2 - 294.6
1.255 65.9 - 40.4 133.2 58.9 - 299.0
1.266 48.6 - 22.0 168.5 60.8 - 300.7
1.276 34.5 - 57.1 174.0 58.2 - 323.8
1.287 29.2 - 46.5 177.2 74.6 - 328.0
※海水利用ハンドブックより

 にがりは豆腐の凝固剤として使われますので、厚生省は成分組成の面からにがりを定義付けようとしました。しかし、表−1に示しますように製塩方法、濃縮度合いによってにがりの成分組成は千差万別で大きく異なり、結局、定義付けすることはできませんでした。にがりの主成分は塩化マグネシウムであり食品添加物として認められていますので、にがりを豆腐の凝固に使うときには塩化マグネシウム含有物ということでにがりという表現を使っても良いことになりました。
 海水を蒸発させて製塩した後のにがりには表−1に示すような塩類が含まれていますので、それらの成分を利用するため「苦汁工業」という産業があります。流下式塩田時代には塩1トン当たり500リットルくらいのにがりが出来ましたが、今では半減して200-250リットルくらいしかできませんし、組成も変わっています。
  にがりを原料にした「苦汁工業」では、にがりと他の化合物と反応させることもありますので、臭素、塩化マグネシウム、塩化カルシウム、硫酸マグネシウム、塩化カリウム等が製品となります。それらの化合物の用途は食品、医薬品、肥料、その他工業用品となっております。
 にがりは豆腐の凝固剤として利用されることは述べましたが、塩化マグネシウム、塩化カルシウムも豆腐の凝固剤として利用されます。製塩工程でも出てきますが、硫酸カルシウムは豆腐の凝固反応が遅く、保水性や弾力性のすぐれた豆腐が歩留まりよく出きることから多く使われるようになりました。塩化カリウムは食品添加物として食塩やスポーツドリンクの中に添加されます。硫酸マグネシウムは医薬品として下剤に使われますし、臭素は医薬品の原料や難燃性の繊維を作るのにも使われます。

にがりの含有量と「塩の味」の関係

 にがりの中の成分である塩化マグネシウムは苦みの強い物質で、硫酸マグネシウム、塩化カルシウム、塩化カリウムも苦みを示しますので、塩の中に入っているとその含有量によっては味が変わってきます。 図−1は塩の専売制が始まる前の明治35年当時の塩の純度を表したものです。この図の見方を簡単に説明しますと、左上隅から45度の角度で右下に線が引かれていますが、この線より上が水分量(%)を表しています。この線から下は塩とにがり成分の含有量(%)を表しています。例えば、一番純度の高い白三角印の塩は92%位の純度ですが、水分が4%位あり、にがり成分が4%位あること表しています。明治35年当時の塩の組成   

    図−1 塩の組成 (明治35年当時)
   村上、海水誌、38, 236 (1984)より
 

 この当時の塩作りは平釜で作られていましたので、塩に含まれるにがりが多く、外国の塩、精製上等塩といえどもかなり純度の低い塩でした。その中でも真塩はあまり煮詰めない段階で収穫された塩で、収穫した塩を盛り上げて放置し母液(にがり)が下に垂れ下がらなくなるのを待って製品としましたので、にがりは少なく当時では良い塩とされました。
  (さしじお)塩は母液のほとんどを煮詰めた塩で、にがりが非常に多く劣悪な塩でした。品質が良いとされる真塩でもにがり成分は4-7%位もありました。こうなると塩の味に苦味が加わり、本当の塩味が求められたものでした。今では平釜で製塩した塩でも遠心分離器で分離しますので、水分含有量としては半減し、にがり成分も半減しています。この場合でも純度の高い塩の味とは異なるでしょうが、料理に使った時には必ずしも区別できるほど分かるとは限りません。
 塩の製法がイオン交換膜電気透析法に変わった当時、塩の味がおかしいと関西の主婦からクレームがきたことがあるそうです。その時、その塩を調べてみると塩化カリウムの含有量が多かったそうです。昔の製法ではにがり成分中の硫酸マグネシウムが結晶として出てくる前に製塩を止めますが、新しい製法では塩化カリウムが出てくる前に止めます。味がおかしいと言われた塩は、塩化カリウムが出てきても製塩を続けていた塩でした。このようなことがあってから、銘柄である食塩、並塩中のカリウム含有量を0.25(塩化カリウムとして約0.5%)以下に抑えるようになりました。
 テレビでよく生活用塩と例えば能登の揚浜式塩田と平釜の組合せで作られた塩の味が比較され、揚浜塩田の塩の方が甘みがあり、まろやかで深みがあるなどとコメントされますが、これは上に述べたことからも妥当なことです。このような番組を見ると、塩田でつくられた塩は美味しいと言うイメージが植え付けられますが、他の塩の銘柄でにがり成分が少ないにもかかわらず海水や自然をイメージさせて味が良い、美味しいと宣伝している製品があります。それが本当であるかどうかはきわめて疑問です。東京都消費生活総合センターの調査でも味の聞き分けは出来ず、表現の不適切さを問題にしております。(1998.8.25の本紙「市販塩のキャッチフレーズと成分組成との相関関係は?!東京都消費生活総合センターの調査結果から」で紹介)

にがりで摂取できるミネラル量は?

 にがり成分の中には海水中にあるミネラルが煮詰められて残っています(ナトリウム、カルシウムはほとんど塩や石膏として沈殿しますので、わずかしか残っておりません)。しかし、塩や海水からどれほどのミネラルが取れ、それが人体に必要な量のどれほどに当たるのでしょうか。これについては前に本紙で検討したことがあります(1998.7.25の本紙「自然塩とミネラルについて」を参照)が、その結論は、海水の中に一番多くあるマグネシウムでも、にがりとして5%含まれている塩から取れるマグネシウム量は、人間が1日当たりに必要とする量の1%以下にしかなりません。カリウムですと0.04%以下、セレンですと0.016%以下、モリブデンですと0.014%以下となり、他のミネラルはますます桁が違うほど少なくなり、塩からミネラルの摂取を期待することはできないことが分かります。
  にがり信仰があるのかどうか分かりませんが、健康志向に乗せて新商品を売り込もうとする過熱した商業主義に合わせてマスコミ報道、特にテレビや料理雑誌による自然塩称賛の報道や記事のせいでイメージが膨らみ、過剰な期待感が醸成されているのではないかと思います。