たばこ塩産業 塩事業版  1997.11.25

塩なんでもQ&A

(財)塩事業センター技術部調査役 

橋本壽夫

 

高価な自然塩ブーム 味よりムードが先行

 

 海水からつくられた塩が、自然塩として国内でつくられたり輸入されたりして販売されています。味がよいとか、健康によいといったキャッチフレーズが目につきますが、それにしても値段が非常に高いように思います。ある程度高くなるのはやむを得ないと思いますが、どのような問題があって、そんなに高くなるのでしょうか?また、1 kg107(消費税抜き)の食塩と、そのような品質の差があり、それがどのように味がよく、健康に役立つのでしょうか?

海水の90%の水分をエネルギーで蒸発させて製塩

 海水を原料にした塩づくりについては「海水からの製塩とにがり成分」で詳しく述べましたが、もう一度おさらいとして簡単に述べ、その時に問題にしなかったことについて少し詳しく述べたいと思います。 海水を濃縮していくと、化合物の溶解度が小さい順に結晶となって析出してきます。その様子は図1のように表されます。
海水濃縮に伴う析出塩
                  図1 海水濃縮に伴う析出塩 (27℃)
              (全塩分量 3.35098 g/100 ml)


 この図から分かるように、海水の量が10分の1になるまで濃縮されないと塩は結晶となって出てきません。海水の塩分組成が同じである限り、世界中のどこの海水を使っても変わりません。
 しかし、乾燥地帯の海水濃度は高いので製塩には有利であり、大きな河川が流れ込む近くでは濃度は低いので不利になることはあります。
 海水の90%の水分を蒸発させないと塩が出てきませんので、その水分を蒸発させるエネルギーが必要となります。そのエネルギーは太陽熱、木材や化石燃料、電気によって与えられます。
 太陽熱を利用するのが天日製塩であり、太陽熱と化石燃料を利用するのが流下式塩田製塩であり、化石燃料と電気を利用するのがイオン交換膜製塩法です。
 この順序で土地の単位面積当たりのエネルギー密度を大きくできますので、海水の濃縮に必要な土地の面積は少なくてすみます。

国内製塩は最も効率のよいイオン交換膜法

 海水を濃縮して1 kgの塩を含んだ塩水(かん水といいます)をつくるために必要なエネルギーは、イオン交換膜電気透析法では、塩分濃度180 g/ℓ、消費電力0.2 kwh/kg塩として、大体170 kcalになります。海水1 ℓ中には23 gの塩が含まれていますので、塩1 kgの海水量は約43 ℓとなります。
 180 g/ℓの濃度にするには約8倍に濃縮しなければなりませんので43 ℓを5.4 ℓまで濃縮する、つまり37.6 ℓの水を蒸発させる必要があります。これに必要な熱量は約2kcalとなります。
 このことから塩の成分を効率的に集めるイオン交換膜法に比べて、水を蒸発させるには約120倍ものエネルギーが必要となることがわかります。 
  塩の結晶を得るには、ここで得られたかん水をさらに濃度
320 g/ℓぐらいまで濃縮しなければなりません。このためにその昔、日本でも外国でも、莫大な製塩用の木材燃料が必要となり、山から木がなくなりました。それを救ったのが石炭でした。
 今では石油を使いますが、国内製塩ではイオン交換膜法による熱効率の非常に良い燃料の使い方(ボイラーの高圧蒸気で自家発電し、電気透析用の電力をまかない、発電で利用済みの低圧蒸気はかん水の煮詰めに使われます)をしています。
 一方、昔ながらの平釜で煮詰める方法では熱効率が悪く、多くの燃料が要ります。

自然塩には石膏析出やさびなどによる着色も

 図を見ると分かるように、塩が析出してくるまでに石膏が析出し、それは塩の析出が始まっても一緒に析出し続けます。石膏の析出は非常に困った問題で、流下式塩田時代には効率よく濃縮できる枝条架に石膏が付着析出し、蒸発効率を著しく悪くしました。また、蒸発缶で煮詰めるときには伝熱面に付着析出し、伝熱効率を著しく低下させるとともに付着した石膏を除去するために運転を止め、苦労して除去したものです。
 また、塩と一緒に析出した石膏は、真空式蒸発缶では後で分離できますが、天日塩や平釜塩では分離できません。塩の中に混じっている石膏は、その塩を溶かしたときに溶けないで濁りの原因となります。 海水が非常にきれいに見えても、好塩菌(赤色)、塩田の地盤(粘土)、濃縮過程で使う材料(枝条)から出てくる有機物、さびなどのために濃縮された塩水は赤茶けた色になります。析出してくる塩や石膏は本来、白い物ですが、よく洗わないと先に述べた物の影響で色がついてきます。
 色が着いている自然塩は自然を表す証拠として良いものと考えられている向きもありますが、本当はよく洗浄されていない証拠でもあるのです。

輸送費の高い欧米 濃縮度で品質が変化

 塩の価格は生産費、輸送費、利益など見込んで決められます。塩の価格の特徴として、塩は重くてかさばる商品のため、輸送費が高くつきます。アメリカの場合では、輸送距離が500 km以上になると競争力がないといわれております。アメリカやヨーロッパでは、市場原理で国境を越え近所から入手する塩の取り引きが盛んです。
 生産費は価格の中で大きな比率を占めます。生産規模と方式によって非常に大きな開きがありますので、簡単には比較できません。一般的には生産規模が大きければ安くなり、エネルギー費や設備費、労務費が大きな要素となります。
 塩の品質は結晶の形や粒径といった物性と化学的な組成に大きく分けられます。物性の粒径については、食塩と自然塩では大差はありません。いずれも使いやすい粒径に調整されるからです。形については、食塩が一粒ずつ立方体になっているのに比べ、自然塩(粉砕塩)、平釜塩は立方体の結晶がいくつか集まって塊となっています。このため外観、手触り、流動性、溶解速度が異なってきます。
 化学的な組成については、海水を原料とする限りそんなに大きくは違いません。天日塩田や平釜で製塩するとき、にがりの域まで入って濃縮しミネラルを増やしたいとすれば、図を見れば分かるように、どこまで濃縮するかによって組成的にはかなり異なってきますが、いつも同じ品質の塩を生産することは非常に難しくなります。濃縮度によってにがり域で析出してくる硫酸マグネシウムの含有量が変わりますし、塩製品の中で均一にしにくいからです。

塩からナトリウム以外のミネラル摂取を期待するのは無理

 塩そのものを個体のまま食べるときには、結晶の形や大きさによって口当たりや味に違いが出てきますが、水に溶かして使うときには変わりません。しかし、にがり成分が4%以上もあれば味に違いが出てきますが、食べ物に入れて味付けする場合、塩の違いだけで味にどれだけ違いが出てくるかは疑問です。 海水にはあらゆるミネラルが入っていますので、自然につくられた塩の中にはミネラルがたくさん入っている、とのイメージがあります。しかし、ナトリウム以外のミネラルとしてカリウム、カルシウム、マグネシウムが主な物で、このうちカルシウムは石膏の成分として入っていますので、体内には吸収されません。
 カリウム、マグネシウムも人体の必要量と比べますと、微々たるもので、他のミネラルとなりますとますます取るに足らない量となってしまいますので、塩からナトリウム以外のミネラル摂取を期待することはナンセンスです。
 以上のように、自然塩は非常に値段が高くなりますが、塩の品質を考えると、その価格だけの値打ちがあるかどうかは疑問です。消費者も宣伝だけを信用せずに、賢くなって判断してもらいたいものです。 最近、新聞や雑誌に輸入された岩塩とか自然塩が紹介されています。中でもフランスのブルターニュでつくられる非常に高価な自然塩に人気があるようですが、フランス製塩委員会の委員長に、この塩について微量成分や味、またフランスでの人気について問い合わせてみましたところ、微量成分は基本的には泥や粘土で、味よりもムードで買われている、とのことでした。フランスでも、一部の裕福な家庭やレストランに人気があって買われているようです。
 しかし、食用塩の国際規格案には塩化ナトリウム含有量、水分、汚染物の点で規格にはずれるとのことです。
 このような塩の消費者は、筆者には裸の王様に見えます。