たばこ産業 塩専売版  1986.04.25

日本たばこ産業株式会社塩技術調査室室長

橋本壽夫

 

塩からミネラルの摂取?

       結局、バランスのとれた食事が大切 塩への過剰な期待は無理

 

ミネラルとは?

 よく塩からミネラルを取らなければならないとか、ミネラルのある塩が健康によいとかいわれる。そこで、塩にミネラルがどの程度含まれていて、健康を考える場合どのような意味があるのか考えてみたいと思う。
 ミネラルとは何かということだが、広辞苑によると「栄養素として生理作用に必要な微量元素の称、ふつう無機塩類の形で摂取される。カルシウム、鉄、亜鉛、コバルト、マンガンの類」となっている。ここでいう栄養素として生理作用に必要な微量元素がどこまでの範囲をいっているのか、この表現では明確ではないが、生理、栄養学の中では次のように整理されている。
 私たちの身体を構成している元素を多いものから並べると、三つのグループに分けられる。
  まず第一に主要元素グループとして酸素、炭素、水素、窒素があり、これらは体を構成している筋肉や各種器官および水分となるもので、栄養素としてのタンパク質、炭水化物、脂肪の構成成分。これらの元素は体重の約9697%を占める。
 第二のグループは準主要元素といわれ、カルシウム、リン、イオウ、カリウム、ナトリウム、塩素、マグネシウムである。これらは骨となって身体を構成するとともに、イオンとなって血液、消化液、細胞内の液の中にあり、体重の34%となっている。
 第三のグループは微量元素といわれ、鉄、亜鉛、鋼、クロム、ヨード、コバルト、セレン、マンガン、モリブデンなどがある。身体の機能を維持するための成分である血液や酸素の成分として、体重の0.02%程度あるといわれている。これらのグループの中で、準主要元素のカルシウム以下の元素がミネラルといわれている。以上が人間に必須な元素である。
  厚生省では毎年、国民栄養調査を行って、国民の栄養状能を知り、国民の健康づくりのために栄養行政を進めているが、その中でミネラルとして調査の対象になっているのはナトリウム、カルシウム、鉄、リン、カリウムである。ナトリウムは取りすぎを、他の元素は不足をみるために調査が行われている。調査の対象となっていない元素については、通常の食生活のなかで過不足ないところから、取り上げられていないものと考えられる。
 また、日本人の栄養所要量には、カルシウムと鉄については所要量が、ナトリウム、カリウムについては目標摂取量が示されているが、第三次改定の解説書の刊行によせての中で、これらの数値には十分な安全率が見込まれているので、栄養調査結果について摂取量が所要量に比べて数%低くても、高くてもそれほど問題にはならない。鉄やカルシウムについては、吸収率に個人差変動がみられるので、むしろ食べ方を注意すべきである、と述べられている。

1日の摂取量

 ところで、これらのミネラルを1日どのぐらい取らなければならないのだろうか(参照)。

      表 ヒトのミネラル摂取量など

人間が1日に必要とする量の欄で所要量とか目標摂取量と書いてあるのは、厚生省が日本人の栄養所要量調査の中で示している数値である。空欄になっている元素は十分摂取されているということ、亜鉛以下の元素の数値は、それ以下の摂取量では欠乏症が出るということを表す。実際に摂取している量は、58年度の栄養所要量調査ではカルシウム、ナトリウム、鉄のみが示されており、亜鉛以下の値は別の調査で示されている値で、いずれも必要量を満足しているといえる。
 もっとも多いミネラルはナトリウムと塩素、すなわち食塩となる。これについては110グラム以下が望ましいということだが、58年度の値は12.4グラム(摂取したナトリウムを食塩として計算した値)となっている。食塩の取りすぎについて非常に神経を使っている人が多いようだが、体内における食塩の働きや生理作用が次第に明らかにされてきており、名古屋市立大学の青木先生は、「逆転の健康読本」の中で、健康な人の塩の必要量は1815グラムであるといっている。

食塩中の微量成分

さて、食塩からナトリウム、塩素以外のミネラルがどのぐらい摂取できるかということを考えてみよう。よく昔の塩はミネラルが多くて、しっとりとしていたといわれる。ここで昔の塩とはどのぐらい昔の塩か、いつ頃の塩をいっているのかが問題になる。そこで表には昭和11(入浜式、平釜式製塩時代)37(流下式、真空式製塩時代)を取り上げ、59(イオン交換膜式、真空式製塩時代)と比較した。
 昭和11年頃では、平釜塩がほとんどで生産塩量の90%ぐらいを占めていた。残りの10%が真空式製塩だった。この頃には食塩というブランドはなく、塩化ナトリウムの純度で9095%までが1等塩、90%以下5%刻みで2等塩、3等塩と5等塩まであった時代だ。真空式製塩で作られた塩は1等塩となるが、この表に記載されている塩は純度が低いので2等塩か3等塩の平釜塩と思われる。そして不純物の半分以上は水分だった。
 平釜塩では、塩の結晶の形が決まっていないで、いろいろと複雑な形をしている。このことは結晶の表面が複雑であるということで、そこにくっついているにがりはなかなかとりにくいうえに、この頃は遠心分離機(洗濯機の遠心脱水機と同じ原理でにがりが分離される)も発達していなかったので、他の成分もかなりあった。しかし、昭和37年頃ではほとんど真空式製塩になっているので、塩の形が単純なサイコロ形で、にがりがとれやすく、なおかつ遠心分離機も発達してきていたので、塩に含まれている他の成分は、59年度の値より少し多い程度だった。
 したがって、食塩10グラムから取れるミネラルはカルシウムしか分からないが、昭和11年頃の塩で1日必要量の5%程度、流下式塩田時代の昭和37年頃で1.5%、現在の塩では0.5%しか占めていない。そして58年度のカルシウムの摂取量としては、ほぼ所要量に達している状態であり、これでも健康上、塩からカルシウムを取る必要性があるのか、また取ることを期待すべきなのか、疑問が残るところである。
 ところで海水100 cc(湯呑茶碗一杯程度)中には、それぞれのミネラルがどのぐらい含まれているのか、それを次の欄に示した。さらに、海水組成のままで濃縮された塩ができるとして(実際には、べとべとした塩との混ざり物となり、塩といえるようなものにはならない)、その塩10グラム(海水として約400 ccに相当)から一緒に取れる他のミネラルがどのぐらいになるかを計算してみた。
 これをみると、塩10グラムに相当する海水中の成分を全部摂取したとしても、1日に必要な摂取量の何分の一から千分の一ぐらいしか取れないという、気の遠くなるような話であることが分かる。であるから、健康のために塩からミネラルを取ることは期待できない。塩から取れなくてもバランスのよい通常の食事をしていれば十分にミネラルは取れているのだ。

追 記

 外国では塩からミネラルを取らなければならないところがある。のり、わかめ、こんぶ、ひじきといった海草を食べる日本では考えられないことだが、海草を食べる習慣のない国では、ヨードを取れる食物がない。そこで塩からヨードを取っている。この場合には塩にヨードを積極的に添加している。
 最近、塩専売事業本部で発行した「世界の塩I」の中の商品例によると、塩10グラム中に0.10.2ミリグラムのヨードが入っており、塩を110グラム取れば、ちょうど必要量補給されるようになっている。