たばこ産業 塩専売版  1996.08.25

「塩と健康の科学」シリーズ

(財)ソルト・サイエンス研究財団研究参与

橋本壽夫

減塩懐疑論者の意見(2)

 先月の減塩懐疑論者の意見に続いて、同様の意見をもう一件紹介したい。「食塩制限、懐疑論者の見方」と題して1991年にドイツの医学雑誌に掲載されたイギリスの学者の論文である。減塩論者にとって都合の悪い疫学調査であるインターソルト・スタディの結果が発表された後に出された論文であるので、それについても触れている。
 集団による減塩で高血圧の治療や予防に役立てようとする公衆保健政策は魅力的であるが、その戦略を進める前に解決しなければならない多くの疑問点がある。
 第一に、食塩と血圧との間に関係があるのか?第二に、減塩した集団で血圧を低下させられたか?第三に、長期間の社会戦略として実行可能か?第四に、戦略が採用されれば、集団の脳卒中発症率が低下するか?第五に、安全であるか?
 以上のことを論者は減塩推進者に提案すべきであると主張している。減塩は予防手段としてよいに違いないとしばしばいわれるが、減塩の程度についても科学的根拠が不明確であるように思われる、として先の5点について以下のように疑問点を解説している。

@食塩摂取量と血圧との関係

 多くの疫学調査で食塩摂取量と血圧との間には直線関係があると、しばしば報告されているが、条件や情報が不十分である。その点、インターソルト・スタディは優れた研究である。32ヶ国、52センター、1万人以上で行われた。その結果、食塩摂取量との関係は年齢、性で調整後、最高血圧については15センターが正に、2センターが負に関係していた。最低血圧については4センターが正に、1センターが負に関係していた。さらに別の3因子で調整すると有意な正の関係は、15から8センターから4から3センターに減少した。
 110グラムから4グラムへ6グラムの食塩摂取量を減らすと、最高血圧が3.5 mmHg、最低血圧が1.5 mmHg下がると推定された。しかし、これも別の3因子で調整すると、それらの推定値はそれぞれ2.2 mmHg0.1 mmHgに低下した。イギリス人の1日平均摂取量が約9グラムであるので、減塩に努力しても影響は限られている思う。

A減塩と血圧上昇

 4グラム程度に減塩した研究の血圧低下効果を過去20年間以上の研究結果についてみると、血圧にわずかな低下がある。最初の血圧が高いほど、大きな低下が観察される。最初の平均血圧が100105 mmHgの範囲であれば、この程度の減塩による利益はないと思われる。それだけでなく、減塩によって逆に血圧が上昇する人々がいる可能性がある。

B減塩は実行可能か

 いくつか集団で減塩を行った研究があるが、明確に減塩に成功して長期的に実行できると発表した報告はない。ベルギーの例では、集団で食塩摂取量を低下させるのは困難であると結論を出している。
 保健教育戦略として減塩はマスコミによる強力な広告媒体を使って達成される。当然、個人のライフスタイルや食品工業にも大きな変化が要求される。自由に食塩を摂取できる人々が長期間、減塩を守れるかどうか不確定である。現在の情報量では、多くの人々はある程度の疑問を持って戦略を見守っている。

C減塩と高血圧に関連した疾患死亡率と罹患率

 現在、社会的な減塩運動が脳卒中や心疾患に好ましい影響を及ぼしているかどうかについてのデータはない。

D減塩の安全性

 減塩のあるかもしれない危険性は詳しくは調べられていない。
 減塩に伴う副作用の発生に関するデータはまったくないが、減塩に伴う損害と利益の比を評価する上で重要である。
 動物実験のデータはあるが、減塩の変化はヒトに対して提案されている変化より大きい。明らかに厳しい減塩は液量低下で心臓応答を鈍くする。減塩は大手術するヒトに逆効果をもたらすかもしれない。
 しかし、集団全体に村する中程度の減塩は、そのような問題に対して多分、あまり大きな影響を与えないのであろうが、経験から老人には注意が必要である。

結 論

 食塩摂取量と血圧との疫学的関係は、非常に精度の高い水準で行われた最近の研究結果で著しく弱められた。肥満、アルコール摂取量、カリウム摂取量のような別の要因の方が重要である。
 それにもかかわらず、一部の高血圧者には減塩の利益がある。大部分の人々にとって血圧低下という面では利益は小さく、一部の人々にとっては血圧が上昇することもある。脳卒中や心疾患の危険率低下という点では、利益は不明である。
 長期間の減塩による、あるかもしれない危険性の状況は不明である。現在の情報では、1日当たり46グラムの減塩は保健政策として提案できる手段ではない。
 以上のような見解で、イギリスにおける減塩政策の推進に疑問を投げかけている。
 この論文では、ヒトに対する減塩の危険性が具体的に述べられていないが、その後、いくつかの論文が減塩に対する危険性について発表している。(本紙1995.10.251995.11.25参照)