たばこ産業 塩専売版 1988.04.25
「塩と健康の科学」シリーズ
日本たばこ産業株式会社塩技術調査室室長
橋本壽夫
ナトリウムが悪けりやカリウムがあるさ?
塩(の中のナトリウム)が悪者にされて、エキセントリックに減塩が叫ばれている。減塩しなければならない病人がいるのは確かだが、減塩運動に便乗した商業主義で健康な人まで巻き込むような風潮があるのは困ったことだ。
減塩すれば食物がまずくなることから、塩味を残しながら減塩したいとのことで塩代替物が考えられ、その代表的なものとして塩化カリウムがある。塩化カリウム入りの塩が商品として販売されており、病人、健康人を問わず自由に入手できるようになっているが、塩化カリウムについてどのような問題点があるか考えてみたい。
塩化カリウムの味についてはいくつかの研究がある。マコーミック社の研究所で調査した塩化ナトリウムと塩化カリウムの水溶液の味の評価を表1に示した。また、信州味噂研究所で行った7人のパネルによる結果は表2の通りとなっている。
表1 塩化ナトリウム、塩化カリウム0.2%水溶液の味 |
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塩化ナトリウム |
塩化カリウム |
口当たり |
涼しい |
しぶい |
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なめらか |
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やわらかい |
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油ぽい |
塩辛さ |
塩辛い |
塩辛い |
甘さ |
甘い |
甘い |
バランス |
まろやか |
異味 |
金属的 |
苦い |
|
苦い |
金属的 |
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水くさい |
水くさい |
|
|
プラスチック様 |
表2 塩化ナトリウム、塩化カリウム水溶液の食味試験 |
パネル |
塩化ナトリウム (%) |
塩化カリウム (%) |
|
0.1 |
0.3 |
0.5 |
0.7 |
0.9 |
1.1 |
|
0.3 |
0.5 |
0.7 |
0.9 |
1.1 |
1 |
|
|
△ |
|
○ |
|
|
|
○ |
□ |
□ |
× |
2 |
|
△ |
△○ |
|
|
|
|
|
○ |
□ |
□ |
× |
3 |
|
△ |
○ |
|
|
|
|
|
○ |
△ |
□ |
× |
4 |
|
△ |
○ |
|
|
|
|
|
○ |
□ |
□ |
× |
5 |
|
△ |
○ |
|
|
|
|
|
○ |
□ |
□ |
× |
6 |
|
△ |
○ |
|
|
|
|
|
○ |
□ |
□ |
× |
7 |
|
△ |
○ |
|
|
|
|
|
○ |
◎ |
□ |
× |
記号
説明 |
△真水とは異なった味を感じる点 |
○真水とは異なった味を感じる点 |
|
○これ以上の濃度では塩辛味を感じる点 |
□苦味 |
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△酸味 |
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◎塩辛味 |
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×カリウム塩独特の味 |
塩化カリウムは塩辛味も感じられるが、苦味が強いことから嫌われる。したがって、塩と混ぜて塩味をほどほどに保ちながらナトリウムを減らそうとの考え方から、カリウム入りの塩が研究されている。また、カリウムの好ましくない味を抑えるために、さらに別の調味料を加えるなどの工夫もされている。
キャンベル・スープ社ではカリウムは苦味があるためスープ製品には使えないとしている。信州味噌研究所で味噌に使用した結果でも表3に示すように塩化カリウムの少ない方が好まれており、スープ製品には使えないことを基づけているように思われる。
表3 味噌懸濁液の官能検査結果 (6名) |
試料 |
塩化ナトリウム |
塩化カリウム |
設 問 |
|
|
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(1) |
(2) |
(3) |
(4) |
1 |
12.70 % |
0.80 % |
|
|
5 |
4 |
2 |
11.30 |
1.90 |
2 |
3 |
1 |
1 |
3 |
9.60 |
2.80 |
1 |
1 |
0 |
0 |
4 |
9.10 |
4.20 |
1 |
1 |
0 |
0 |
5 |
8.00 |
5.90 |
1 |
1 |
0 |
1 |
6 |
6.90 |
6.30 |
0 |
0 |
0 |
0 |
設問 (1) 試料2〜6のうちもっとも塩辛いのはどれか |
(2) 試料2〜6のうちもっとも好きなものはどれか |
(3) (1)の結果と試料1とどちらが塩辛いか |
(4) (2)の結果と試料1とどちらが好きか |
このようにカリウムは味の面ではなじめず、食品会社、食品加工会社とも味出しに苦労しているようだ。減塩問題が騒がれ出したアメリカでは1981年から低塩、塩代替物、ナトリウム・カットの製品が1年間で続々と出て、この類の製品の売上げは7年間に45%も増加したが、その後1年間は新製品を投入しても売上高は横ばいで、全然成長がなくなった。
キャンベル・スープ社の低塩製品の販売量は種類当たり平均11万ケースだが、通常の製品系列では種類当たり200〜300万ケース以上だそうだ。
カリウムはナトリウムと生理作用が異なる。カリウムは主として細胞内にあり、ナトリウムは主として細胞外にあって、両者の濃度がバランスしていることにより浸透圧が一定に保たれるので、細胞の大きさが一定に保持され、いずれも生命の維持には欠かせないものだ。肥料の三要素は窒素、リン酸、カリであるといわれているように、カリウムは作物を育てる上で不可欠な要素である。したがって、植物性の食物の中にはカリウムが多く含まれている。草食動物は草を食べてカリウムを沢山摂取するが、ナトリウムの給源がないく。ナトリウムは細胞外液の浸透圧を維持するにも、腎臓でカリウムを尿中に排泄するにも必要だ。したがって、草食動物は塩を求めることになる。逆に肉食動物は草食動物の胃や腸にある半消化された草を真っ先に食べるといわれる。多分、そうすることによりカリウムの補給をしているのだろう。
話が横道にそれたが、健康な体であれば通常の食事でカリウムが不足になることはありえないし、変化に対する適応力もあるが、腎臓または副腎の機能不全がある時は、調味料としてナトリウムの代わりにカリウムの入ったものを用いると、尿中にカリウムがうまく排推されないので、過剰なカリウム摂取から高カリウム血症となる。
高カリウム血症は心臓にとって毒であり、心臓が止まって急死の原因となることが明らかにされている。カリウム入りの塩を使うとすれば、医者の指示に従って使用しないと、とんでもないことになる。 このように、塩化カリウムには味の問題と生理的な問題があり、ナトリウムの代わりにカリウムを使えばよいというような簡単な問題ではない。
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