たばこ塩産業 塩事業版  1999.05.25

塩なんでもQ&A

(財)ソルト・サイエンス研究財団専務理事

橋本壽夫

 

塩分50%をカットした塩?

 

 先日、スーパーで「おいしさそのままで、塩分50%カット」という商品に気付きました。「健康な方の健康管理用に、また医師に食塩(塩化ナトリウム)摂取制限を指示されている方におすすめする減塩です」とのことですが、おいしさそのままで、どのように塩分を50%カットしているのでしょうか?原材料を見ると、岩塩のほかに塩化カリウムなどの表示があり、この辺に方法があるのでしょうか?また、「食事療養中の方は医師にご相談ください」との注意書きがありましたが、どうしてでしょう?塩自体はかなりサラサラの感じで、私個人の感覚では、そのしょっぱさが普通の食塩とは若干違っているようにも思いました。                                              (神奈川県・主婦)

カリウム利用の食塩代替物

 塩化ナトリウムが高血圧の原因になると言う認識から、食塩の成分である塩化ナトリウムの一部を塩化カリウムに置き換えて混合し、できるだけ食塩の味に似せるという食塩代替物の商品があります。塩化カリウムの添加量によって塩化ナトリウムが少なくなりますが、ボールらは食塩に50%まで塩化カリウムを混合しても著しい味覚の変化を認めない人々もいたことを報告しています。詳しいことは分かりませんが、調理に使う対象物によってはそのようなことがあるかも知れません。しかし、味覚の鋭い日本人には多分、塩味とは違った味を感じて、おいしさそのままという訳にはいかないと思います。
  その傍証として、昭和57年に塩化カリウムが食品添加物に指定された以後、新商品として日本国内でも数多くの塩化カリウム入りの商品が売り出され、また塩専売時代にも特殊用塩類似物として輸入されたこともありました。しかし、味が悪かったせいでしょうかほとんど売れなくて、販売が中止された商品もあります。
 ちなみに、信州味噌研究所が7人のパネルで塩化ナトリウムと塩化カリウムの水溶液の味の違いを調べた結果(表−1)によると、塩化カリウム水溶液で塩辛味を感じることはほとんどないように思われます。また、味噌の中の塩化ナトリウム濃度は13%位ですが、塩化ナトリウムと塩化カリウムの混合比を変えて味噌溶液の味見をした結果(表−2)では、塩化カリウムが少ないほど好まれており、塩化ナトリウムを50%低下した6の試料では塩辛さも好ましさも支持する人はいませんでした。

表−1 塩化ナトリウム、塩化カリウム水溶液の食味試験
パネル           塩化ナトリウム(%)        塩化カリウム(%)
0.1 0.3 0.5 0.7 0.9 1.1 0.3 0.5 0.7 0.9 1.1
1   ○   ○   □   □ ×
2   △  △○   ○   □   □ ×
3   △   ○   ○   △   □ ×
4   △   ○   ○   □   □ ×
5   △   ○   ○   □   □ ×
6   △   ○   ○   □   □ ×
7   △   ○   ○   ◎   □ ×
記号  説明 △真水とは異なった味を感じる点 ○真水とは異なった味を感じる点
○これ以上の濃度で塩辛味を感じる点 □苦味
△酸味
◎塩辛味
×カリウム塩独特の味

表−2 味噌懸濁液の官能検査結果(6人)
   試料 塩化ナトリウム 塩化カリウム         設     問
    (1)  (2)  (3) (4)
1 12.70% 0.80% 5 4
2 11.30 1.90 2 3 1 1
3 9.60 2.80 1 1 0 0
4 9.10 4.20 1 1 0 0
5 8.00 5.90 1 1 0 1
6 6.90 6.30 0 0 0 0
設問(1) 試料2〜6のうちもっとも塩辛いものはどれか
   (2) 試料2〜6のうちもっとも好きなものはどれか
   (3) (1)の結果と試料1とどちらが塩辛いか
   (4) (2)の結果と試料1とどちらが好きか

 塩専売制度が廃止されてからアメリカから輸入され始めた当地でも有名な商品があります。アメリカで長い販売事績を持っておりますので、折からの健康志向にも沿った商品として輸入・販売され始めたものと考えられます。アメリカではその商品の表示に「正常で健康な人が使用する物で、ナトリウムやカリウムの摂取量を制限されている人は医者の許可なしに使ってはいけません。」と書かれています。また、「この製品を使う前に、ナトリウムかカリウムの制限食が必要かどうか医者に相談してください。」とも書かれています。この内容はご質問にある内容と少し違ったニューアンスを持っています。減塩を勧められたからと言ってむやみに使える商品ではないように思われます。
  健康な人はこのような塩を食べなくても健康が維持されていますので、おすすめ商品かどうか分かりませんが、ともかく医者の管理が必要である商品といえます。

ナトリウムとカリウム

 ナトリウムとカリウムは水に溶けるとそれぞれのイオンとなりますので、電解質と呼ばれます。人間の体内ではいずれも浸透圧を維持して細胞を正常に機能させるのに重要な働きをする成分です。ナトリウムは主として細胞の外(細胞外液)にあり、カリウムは主として細胞の中(細胞内液)にあって浸透圧のバランスを保っています。ナトリウムとカリウムのバランス、広くは電解質バランスは身体を正常に機能させる上で非常に重要な要素です。
  血漿中(細胞外液)のナトリウム濃度は140 mmol/l位ですが、カリウム濃度はわずか4.5 mmol/l位しかありません。血漿中のカリウムは細胞内に取り込まれるからです。その代わり細胞内(細胞内液)のカリウム濃度は100-150 mmol/lもありまして、ナトリウムは14 mmol/l位しかありません。ナトリウムも細胞内に取り込まれますが、細胞膜にナトリウム・ポンプと呼ばれる機構があり、細胞内からナトリウムを細胞外にくみ出しているのです。細胞外液中のそれぞれの濃度は腎臓からの排泄量の調整によって一定に維持されます。これらの機能は自動的に働きホメオスタシスと呼ばれています。
 体内にはナトリウムが80g位あります。これに対してカリウムは120g位あります。その比は2:3ということになります。これは全体での話で、細胞外液に限りますとカリウムは全体の2%位しかありませんので、細胞外液中には2.4 gのカリウムがあることになり、塩化カリウムに換算しますと4.6 g位となります。
  通常人間ではナトリウム摂取量の方がカリウム摂取量よりも多く、その摂取量比は国際的な疫学調査によると文明社会では2-7で、カリウム摂取量の2倍から7倍も多くナトリウムを摂取しています。この調査に参加している日本の3カ所では約4でした。塩化ナトリウムを摂取しない現代の原始社会の人々ではこの比が0.5以下になります。
 ナトリウム摂取量が少なくカリウム摂取量が多い原始社会に住む人々では、高血圧患者はいませんし、年を取っても血圧が上がるようなことはありません。それに比べるとカリウム摂取量の数倍にも当たるナトリウム摂取量は多すぎる、ということになります。原始時代の狩猟収集生活の社会では、人間のもともとのナトリウム摂取量は低かった。といったことからもっとナトリウム摂取量を減らし、カリウム摂取量を増やした方が良いという意見があり、その比を1:1にした方が良いという学者もいます。減塩では食塩感受性の問題から血圧低下の効果が限られますので、野菜や果物を多く食べてカリウム摂取量を多くした食事を勧める研究結果があります。

注意書きの意味するところ
血圧に対するカリウムの働き

 カリウムには利尿効果がありますので、尿の排泄と共にナトリウムも排泄されることから、カリウム摂取量の増加は血圧を下げると言われます。そのような研究報告はしばしば見られますが、中には積極的にカリウム補給をした食事をしても血圧を低下させる効果はなかったと言った報告もあります。
 最近、国立循環器センターの川野らが発表した日本の職場や家庭で4週間毎日少しずつ溶けていく4.5gの塩化カリウム錠剤を与えた試験では、血圧の比較的高い高血圧患者やカリウム摂取量の少ない高血圧患者ほどカリウム投与により血圧は下がりましたが、数値としてはわずかでした。しかし、降圧効果は小さくても高血圧治療におけるカリウム補給は有効であるとしています。ちなみに、4.5gの塩化カリウム補給で血漿中のカリウム濃度は4.15 mmol/lから4.42 mmol/lに増加し、尿中へのカリウム排泄量も54 mmol/dから96 mmol/dに増加しています。

カリウムの毒性

 塩化カリウムは塩化ナトリウム以上に毒性がありますから、むやみに使うと問題を起こす心配があります。健康な人に対する塩化ナトリウムの急性毒性は35-40/(食塩摂取量の増加で血圧上昇を起こすかどうかを調べるために1日当たり88 gを3日間食べさせた研究報告がありますが、急性毒性を起こしたとは報告されていません)であるのに対して塩化カリウムのそれは25 g/日と言われ、もっと少量でも下痢をすると書かれています。病院でカリウム注射により心臓が止まり、殺人罪に問われるニュースが流れることがあります。カリウムが不足すると心臓は収縮性停止を起こし、過剰になると拡張性停止を起こすと、日本薬局方解説書に書かれています。
  血漿中のカリウム濃度は4.5 mmol/lと前に書きましたが、この濃度が5.5 mmol/l(20%上昇)以上になると高カリウム血症となり、6 mmol/lをこえると四肢のしびれ感、筋脱力感、弛緩性麻痺、不整脈などがあらわれます。高カリウム血症は急性や慢性の腎不全、大量の経口摂取、カリウム液の静脈注射などでおこります。
 先に細胞外液中には4.6 g位の塩化カリウムがあることを述べましたが、4.6 g20%といえば約1 gとなり、それが100%吸収されれば、それぐらいの摂取量で高カリウム血症のカリウム濃度域になることになります。実際には、吸収速度や腎臓からの排泄速度、細胞内液への移行速度などの関係で血漿中のカリウム濃度は変わりますので、それくらいの摂取量で高カリウム血症になることはありません(「血圧に対するカリウムの働きを参照」)が、ナトリウムと違ってカリウムは血漿中の濃度が低いだけに摂取量の変動で血漿中の濃度が大きな影響を受けます。したがって、摂取量の変動に対するゆとりがありませんので、医者との相談の上で使用するように注意書きされているのでしょう。
 特に「食事療養中の方は医師にご相談ください」との注意書きは、アメリカ本国の製品に「ナトリウムやカリウムの摂取量を制限されている人は医者の許可なしに使ってはいけません。」と書かれていることに当たります。このような人は腎臓のナトリウムやカリウムの排泄能力が悪いので、摂取量を制限されている訳ですから、そこへナトリウムが少ないからと言ってカリウム入りの塩を食べると、カリウムが排泄されないので、高カリウム血症になる危険率が高くなります。