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たばこ塩産業 塩事業版  2008.10.25

塩・話・解・題 43 

東海大学海洋学部非常勤講師

橋本壽夫

 

ハロゲン化合物の味と安全性

 

 ハロゲン化合物の代表は食塩である。塩味を示す化合物は食塩以外にないことで、食塩の重要性が認識されている。食べ物を美味しく食べるには塩味が必須だ。ハロゲン化合物には塩味を示すものもある。しかし、安全性の問題や他の味も強いことから総合的に好ましい塩味として受け入れられるのは食塩しかない。ハロゲン化合物の味を研究した論文と食塩代替物の安全性について紹介する。

 

ハロゲン化合物と4種の味質

 食塩のナトリウムと塩素の化合物で、化学式で書くとNaCl。水に溶けると陽イオンのNa+と陰イオンのCl-になる。塩素はハロゲン元素の一つで、他に臭素やヨウ素などがあり、塩化ナトリウムである食塩はハロゲン化合物の代表的な物である。ハロゲン元素とNaを始め、溶けると陽イオンになるK(カリウム), Li(リチウム), Rb(ルビジウム), Cs(セシウム)との化合物がここで取り上げるハロゲン化合物だ。

アメリカの味覚や嗅覚の研究機関であるモネル・ケミカル・センシーズ・センターの研究者らは3種の陽イオンと5種の陰イオンを組み合わせた15種類のハロゲン化物の味を調べ、1981年のPhysiology & Behaviorに発表した。男性6人、女性4人の結果である。ここではその中で濃度の増加に伴って塩味応答が増加するリチウム、ナトリウム、カリウムのそれぞれの臭化物と塩化物の6点 (ルビジウム、セシウム、ヨウ素化合物は塩味や濃度との相関が弱いので省略) について図1に示す。

臭化リチウム、塩化リチウム、臭化ナトリウム、塩化ナトリウム、臭化カリウム、塩化カリウムについて4種類の味覚に対する応答パーセント

4つの味質、すなわち、甘い、酸っぱい、苦い、塩辛いと何も味がないの5要素に対する応答をパーセントで、合計100パーセントとして表されている。

モル濃度(M)で表されている濃度はパーセント濃度に換算して、その下に併記した。

 

濃度に比例する塩味応答%

これらの化合物の塩味は臭化ナトリウムを除き、濃度上昇に伴い応答パーセントは上昇している。濃度上昇に伴う塩味応答の上昇に伴って、一般的には他の味質は低下する傾向にある。代替物がないと言われる食塩(塩化ナトリウム)の味質を見ると、一番濃度が高いところ(0.6)では塩味が一番強く(60パーセント強の応答パーセント)、甘味、酸味、苦味は弱くなっているが、合わせるとそれでも40パーセント弱の応答パーセントがある。しかし、全体的には塩味として認識されるのであろう。

別のデータとして表1に示す食塩濃度と塩味との関係がある。濃度の薄いところでは甘味を示すが、0.6%辺りでは塩味を示し、1%辺りの純塩味とは区別している。0.6%辺りでは塩味が強いが他にある雑味には言及していない。

表1 食塩濃度と塩味
濃度(M) 濃度(%) 塩の味 備考
0.009 0.053 無味
0.01 0.058 弱い甘さ 検出閾値
0.02 0.117 甘い
0.03 0.175 甘い
0.04 0.234 甘さを伴った塩味 認識閾値
0.05 0.292 塩味
0.1 0.584 塩味
0.2 1.168 純塩味
1.0 5.840 純塩味
橋本壽夫他、塩の科学(2003)

雑味の正体は図1の塩化ナトリウムで分かる。濃度が高くなると雑味の応答パーセントがさらに減少し、塩味応答パーセントが増加して純塩味と評価されるようだ。

 

塩化リチウムには毒性が

塩化リチウムは塩化ナトリウムの塩味と似ているとされ、1940年代にはアメリカで食塩代替物として製造されて使われた。図のパターンを比べて見ると、塩味と評価される0.6%の辺りでは塩味が少し弱く、それだけ雑味が強くなっているが、全体的には良く似ている。しかし、塩化リチウムには毒性があることが分かり、1950年代に入る前にアメリカ食品医薬品局により禁止された。

図1で見ると、0.63%の濃度では臭化ナトリウムの塩味が一番強く、雑味が弱いので塩化ナトリウムの味に似ているように思われる。しかし、食塩代替物として考えられたことはない。海水中の臭化物イオンは塩化物イオンの300分の1程度しかなく、入手しにくかったためであろうか。

臭化ナトリウムは19世紀から20世紀にかけて鎮静剤や抗てんかん薬として広く使われたようである。

次に述べる塩化カリウムは心臓の働きを停止させる恐ろしい化合物であるが、食品添加物に指定されている。

 

苦みの強い塩化カリウム

 現在、食塩代替物として使われているのは塩化カリウムだけであり、その味質パターンを見ると、塩化ナトリウムと比べて塩味が弱く苦味がかなり強く表れている。したがって、塩味とは感じられず、塩化ナトリウムに塩化カリウムを50%加えた食塩代替物として1960年代にアメリカで販売された。

日本でも塩専売制廃止後にそれがアメリカから輸入され、現在では塩と変わらない塩味を示すとして日本でも製造され、減塩用の商品として市場に多く出回るようになった。しかし、現物を舐めてみると塩味とは違うことは誰でも気付くであろう。 

アメリカの塩化カリウム入り食塩代替物製品の塩味を塩化ナトリウム(食卓塩)の塩味と比較したデータが医学雑誌に発表された。それを図2に示す。

濃度に伴う食塩代替物の塩味

標準として食卓塩の1%溶液を使ってスティーヴンズの強度評価法で両者の塩味が比較された。縦軸の強度評価値10は1%食卓塩濃度に当たる。したがって、食卓塩1%の塩味は食塩代替物1.2%の塩味に相当し、同じ塩味を得るには食塩代替物では20%ほど多く使わなければならない。

 

塩化カリウム入り塩の危険性

 塩化カリウム入り食塩代替物の安全性については疑義があることを本紙でこれまで何回か提起してきた

先月の29日に早稲田大学国際会議場で()ソルト・サイエンス研究財団のシンポジウムが開催された。演題の一つに「ひとり、ひとりの健康を考えた食塩摂取」があり、浜松医科大学の菱田明教授が講演した。講演者は()日本腎臓学会の前理事長でもあり、腎臓内科の専門医だ

講演後の質疑応答で会場から質問があった。それは塩化カリウム入りの塩について講演者の意見を聞いたものだ。それに対する応答は「腎臓傷害があるからといって、腎臓にナトリウム排泄の負荷を掛けないようにむやみに減塩用のカリウム入り塩を使うことは危険。腎臓傷害でナトリウムの排泄機能が弱くなっておれば、同じ様にカリウムの排泄機能も弱くなっているので、カリウムが排泄されず血中のカリウム濃度が高くなり、高カリウム血症で心臓を停止させるから。」といった主旨であった。

 塩化カリウム入りの塩の危険性は1970年代に既に指摘されていた。医学雑誌(N Engl J Med 1975;292:320 and 1082)で、2, 3 gの食塩代替物摂取は危険であり、特に厳しく減塩している患者や、利尿剤を減らそうとしている患者では一層危険になると。

このことに気付いた販売者は、この商品が健常者用であること、医者の承認がなければ使ってはいけない、として表示を変えた。現在この商品が輸入販売されている。アメリカの商品は前述したように表示されているが、日本では包装し直されて特別用途食品の低ナトリウム食品として病者用に厚生労働省の許可を受けて販売されている。許可を受けた商品には腎臓疾患にも適することを表示しても良いようになっている。

食の安全性が話題になっている折に、危険な食品を監視する厚生労働省がそれを許可して、誤解を与える表示までして良いことに疑問を感じる。