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2016.08.01

 

アメリカが勧める塩摂取量ガイドラインの根拠に疑義

 

 アメリカの総合医学雑誌に発表された減塩を勧める塩ガイドラインには根拠がないことを知ったワシントン・ポスト紙の記者ピーター・ホーリスキーが同紙に書いた記事「アメリカ人の食事は塩辛すぎるか?科学者達は長年にわたる政府の警告に挑戦」(2015.4.6)の内容を紹介したい。

 

アメリカの現状

 何年間ものあいだ、連邦政府は塩を食べ過ぎているアメリカ人に、この食べ過ぎで毎年何万人もの人々が死んでいる、と忠告してきた。 “低ナトリウム”や“低塩”である食品を買うように要請されてきた多くの買物客には分からないが、代表的なアメリカ人の塩摂取量には危険性がないと言う科学者達によって、この長年にわたる警告は非難されるようになってきた。その上、医学界の指導者たちによって近年発表された研究によると、政府が勧めている低い塩摂取量は実は危険であるかもしれない。

 “現在の塩のガイドラインにつては、もはや確かな根拠はない。それなのにどうして塩について人々をまだ怖がらせるのだろうか?”とオンタリオ州マクマスター大学のアンドリュー・メンテ教授は言った。彼はThe New England Journal of Medicine(NEJM)に昨年発表した論文の著者の一人である。しかし、塩摂取量を巡る論争は栄養分野で最も議論となっており、アメリカ心臓協会の首脳部を含めた他の科学者達は数十年も古い警告を支持し続けている。

 連邦政府が2015年に影響力のある食事ガイドラインを用意したので、官僚は困惑に直面している。すなわち、彼らは古臭い食事命令の一つを撤回するか、これらの顕著な新しい疑問を見直すかのいずれかを決断しなければならない結果となる。アメリカの食事ガイドラインはコレステロール、脂肪、砂糖を含む栄養問題を整理して記載してある。アメリカの食事メニュー、学校給食、食事指導員に対して幅広い情報を提供し、多くの食事勧告についての基準として使えるようになっている。

 

科学的疑問:多すぎるとはどのくらいか?

 高血圧の人々にとっては塩の食べ過ぎは有害であることには減塩推進者・懐疑者とも一致している。決定的な不一致は“多すぎる”ことをどのようにして定義するかに関係している。現在の食事ガイドラインの下では、多すぎるとは一日当たり5.84 g以上の塩である。(50歳以上の人々とアフリカ系アメリカ人については、現在の推奨摂取量は1日当たり3.81 g以下である。) 塩警告が正しいとすれば、大部分のアメリカ人は全く危険に曝されている。1日当たり約8.89 gを摂取しているアメリカ人は制限値を超えていることに概して頓着しない。他方、懐疑者が正しければ、ほとんどのアメリカ人は問題ない。彼らの意見では、典型的な健常人は心臓の危険率をほとんど上昇させないで1日当たり15.24 gも摂取できる。しかし、あまりにも少なすぎる摂取量でも(7.62 g以下)健康への危険率は上昇する、と彼らは言う。

塩に関して科学者達をどのように分けるか(減塩推進者と懐疑者)を理解するために、現在の塩制限を勧めている機関の一つであるアメリカ心臓協会の当局者でも一致していないことを考えてみよう。“アメリカ人は塩摂取量を下げるべきであることをほとんどのエビデンスは強く示唆している。現在の塩摂取量は多すぎることに誰もが同意する。”とアメリカ塩協会会長のエリオット・アントマンは言った。これは長い間定着してきた意見である。ある人々では減塩は血圧を下げると言う観察に基づいている。この意見に従うと、高血圧は一般的で、心臓血管疾患のトラブルを起こす危険率を上昇させるので、厳しい塩制限は社会のためになるだろう。

この意見はアメリカ心臓協会の前会長スザンヌ・オパリルのような人々に対しては説得力がない。第一には、減塩による血圧低下は平均して比較的小さい。人々の減塩に対する反応は個人によって幅広く変わるからである。“現在の[]ガイドラインはほとんど何の根拠もない。ある人々は塩に関するこの信頼システムを実は手放したい。しかし、彼らはエビデンスを無視している。”とバーミンガムのアラバマ大学の著名な医学教授のオパリルは言った。塩のような簡単な物でどうして科学者達はそんなに長く身動きできないのだろうか?あらゆる種類の食物について食物要求があるにもかかわらず、食事がヒトの健康にどのような影響を及ぼすかを実際に実証することは周知のとおり難しい。試験動物の餌や生活様式は容易にコントロールできるが、ヒトやヒトの気まぐれは多くの曖昧な変数をもたらし、科学者達が研究に好ましい形態のランダム化比較試験を要求しても、被験者を理想的な状態にできない。食事研究がしばしば行われるときに、これらの実験が数年間続けられる時には、これが特に真実となる。そのような実験がないと、科学者達は真実性の曖昧なエビデンスを考えざるを得なくなる。そこで近年では、論争は懐疑論者に有利に偏向するように思える。

2013年に医学研究所は塩摂取量と健康結果を結び付けたエビデンスの重要なレビューを発表した。委員会が結論を出したことは、塩摂取量についてアメリカ合衆国が推奨する制限値を守れば、健康結果が改善されるという証拠は不十分であった。その後、この8月にNEJMPURE(将来の農村都市疫学)研究として知られている膨大な研究努力の結果を発表した。アメリカ合衆国の推奨制限値に従っている人々は実際には心臓のトラブルをより多く起こしていることを結果は示した。結果を説明するために、減塩は血管に有害な影響を及ぼすホルモンのレニン生産を刺激することを示唆している研究を研究者達は指摘した。食品研究はしばしば業界からの財政支援を受けるが、NEJMPURE研究と医学研究所の研究は政府や他の財源によって支援された。

 

隔絶された種族、政策、科学

 30年以上前に始めて以来、塩ガイドラインは批判をあびてきた。アメリカ人は塩を摂取し過ぎている初期の意見のいくつかは国際比較からであった。いくつかの文化、特に隔絶された文化では、人々はほとんど塩を摂取しないし、血圧も低いことが明らかになった。一つの影響力のある1973年の論文で、ミシガン大学の人類学者リリアン・グライバーマンは異なった27集団の統計値を集めた。最低の血圧はアメリカのブッシュマン、ニューギニアのチンブ、ブラジルのカラジャとエスキモーであることを示した。多分、人体は近代社会で摂取できる多くの塩には適応してない、とグライバーマンは示唆した。“有史前時代では人々はほとんど塩を摂取してなかった、と言うのが私の仮説だ。そして我々の体は現在摂取できるほどの大量の塩に対応できなかったのではないか”と現在は退職しているグライバーマンは電話で最近語った。しかし、論文は塩ガイドラインの根拠として役立つものではなく、もっと研究が必要であることを意図した論文であると彼女は言った。それらの隔絶された人々は近代的な集団とはあまりにも異なっており、正当に比較できないとも言った。“彼らは簡素な生活をしている。肥満や糖尿病もなく、我々が罹る他の健康問題もない。無塩文化を見つけられれば良いのだが、見つけられない。塩を使わないで食物を食べる友人がおり、貴方たちは馬鹿よ。”とグライバーマンは言った。

 それにもかかわらず、1977年にジョージ・マクガバーン上院議員が主導した上院委員会が国民の食事目標を決めようとした時、国際比較が鍵となる役割を果たした。その他に進めることは多くなかった。科学者達は非常に高い塩摂取量は有害であるという一般的な一致があることを委員会に語った。しかし、アメリカ人はそんなに多く食べていたのか?それは論争事項であった。

 “特別な集団では過剰の塩、著しい過剰は明らかに高血圧を発症させる。問題はアメリカの美食家集団で減塩の効力を示すことである。”とコピーによると国立心肺血液研究所の所長ロバート・I.レヴィーは委員会で証言した。塩勧告を作成するときに、委員会はジョージR.メーネリーとハロルドD.バッタービーの研究を注目した。彼らは減塩について二つの主張を行ったルイジアナ州立大学の研究者である。第一に、我々の祖先である“原始草食性の人々”は多分、今日よりずっと少ない1日当たりわずかに0.6 gの塩しか摂取しておらず、我々の体は近代社会の塩摂取量にまだ調整されていない、と彼らは言った。第二に、ある人々では減塩は血圧を下げることを彼らは述べた。当時、アメリカ成人の約20%は高血圧であったので、減塩は“多くの苦しみを改善する結果となった。”しかし、メーネリーとバッタービーすら問題の複雑さを述べており、どれくらい塩が有害かを言うことは難しいと述べ、あるいは彼らは塩の毒性の根拠を示せと述べている。

 不確かであるにもかかわらず、委員会は非常に、非常に低い量の1日当たり3.05 gの塩まで減塩することを“食事目標”でアメリカ人に勧告した。これは今日の最も制限された勧告値よりも低い。その数値がどこから来ようと長く続かなかった。11月までに委員会は別のガイドラインを発表した。彼らは毎日の摂取量を5.08 gまで上昇させた。しかし、それも長くは続かなかった。3年後に上院委員会ではなく連邦の官僚は食事勧告を発表した。“食事ガイドライン”の第一版であった。人々に塩摂取量を下げることを勧告したが、上限を明確に設定しなかった。

 

インターソルト、疑惑の深まりと塩制限値の復活

 したがって、疑問はなかなか消えない。アメリカ人はあまりにも多くの塩を摂取している、と食事ガイドラインは言った。しかし、“あまりにも多い”とはどれくらいの多さか?1984年にインターソルトとして知られている世界的な大研究が発表された。科学者達は52ヶ所から10,000人以上を調べると言った。研究はアメリカ合衆国政府、イギリス慈善団体、他の世界のグループにより資金援助された。しかし、インターソルトもまた論争の解決に失敗した。1988年に結果が発表されたとき、結果の多くは塩の正当性を崩した。集団を比較すると、より多くの塩を摂取している社会は高血圧で悩んでいるという証拠は乏しかった。例えば、韓国は大量の塩を摂取しているが、低血圧であり、ベルギーの集団では反対であった。しかし、他の一つの項目は減塩を支持した。すなわち、多くの塩を摂取している所では、年齢とともに血圧は上昇した。両側(減塩推進派と懐疑派)とも勝利宣言をした。その後、混乱状態であったにもかかわらず、インターソルトは厳しいアメリカ合衆国の塩ガイドラインについての根拠となった。つまり、1995年の食事ガイドラインは1日当たり5.84 gという今日の制限値を維持することを勧めた。かくて厳しい塩制限値はアメリカ合衆国の食事勧告に居座ることとなった。

 

2015年の論争

 2015年の食事ガイドラインは既存の5.84 gの制限値を守るだろうと多くの専門家たちは予想している。既に2月に15人の諮問委員はアフリカ系アメリカ人や50歳以上の人々についての一層厳しい3.81 gの制限値についての支持を取り下げたにもかかわらず、既存の制限値を維持することを勧めた。さらにアメリカの食品から塩を除く処置を要求した。

塩作業グループ委員会の顧問を務めたサンジェゴのカリフォルニア大学の栄養専門家であるシェリー・アンダーソンは次のように言った。“最近のいくつかの結果は塩ガイドラインに疑問を呈しているにもかかわらず、政府は塩ガイドラインを提示し続けるべきである。”主要な批判的研究の一つはPURE調査で、それは100,000人以上を調査し、NEJMに発表された。それは立派な研究で大きな貢献となる、とアンダーソンは言った。しかし、研究者達は限られた数の尿試料だけを取り上げているので、そのような研究は誤解に導くかもしれない、と彼女は言った。そして観察研究として知られているこの種類の研究は逆の因果関係として知られている問題で悩まされるかもしれない、と言った。すなわち、低塩食は心臓血管疾患の問題を引き起こすかもしれないことをデータは示唆しているが、多分、それは全く逆で、既に存在していた心臓血管疾患の問題が人々を低塩食に導いてきた。

PURE研究の著者らはそのような偏向を最小限にする手段を講じたが、結局、エビデンスの重要性は古い塩警告に賛成した、とアンダーソンは言った。“隔絶された状態では、如何なる研究もできない。我々は塩に関する多くの文献を参考にして新しい塩ガイドラインを作成した。我々は一番確実な勧告を出すように進める。”とアンダーソンは言った。

 

塩:どれくらいが多過ぎるか-または少な過ぎるか?

食事中の脅威となる塩摂取量がどれくらいかについて科学者達の間で結論を下せるエビデンスがないので一致点を見出せない。この記事には下記の図(一部抜粋)が添付されている。

 

塩摂取源

 

出典:ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシン、アメリカ心臓協会誌、アメリカ臨床栄養学会誌、国立科学アカデミー、国立アカデミーの医学研究所、BMJ.