たばこ産業 塩専売版 1992.12.25
「塩と健康の科学」シリーズ
日本たばこ産業株式会社塩専売事業本部調査役
橋本壽夫
各種国民調査に基づく食塩摂取量と高血圧、脳血管疾患
心疾患との関係についての統計的評価
第七回国際塩シンポジウム講演から
本項は、平成4年4月に京都の国立京都国際会館において開催された「第七回国際塩シンポジウム」で、橋本氏が行った講演(4月7日)の概要をまとめたものである。
塩は本当に悪者か?
「塩は悪者である」−この言葉は、日本中に広まっています。多くの人々が'食塩摂取量を心配しながら、まずい食事をしています。これは、正常な食生活でしょうか?
ここでは、食塩摂取量とそれに関連する疾患の問題について述べます。
一般的に、日本人は塩を沢山食べるといわれています。そのため、高血圧の発症率も高いといわれていますが、本当でしょうか。
日本人の食塩摂取量は1日約12グラムで、世界的にみても高いばかりでなく、生命維持のために必要な摂取量と比べても高い値となっています。
しかし、日本人の平均寿命は年々伸びており、1990年には男子76歳、女子82歳と、世界で一番長生きしています。
これらの事実を考えると、塩が悪者であり高血圧の原因であるとは考えられません。そこで、日本で行われているいくつかの国民調査のデータに基づき、食塩摂取量といくつかの疾患との関係を、統計的に評価することを試みました。その結果、塩は高血圧ともその他のいくつかの疾患とも関係ないことが分かりました。
日本で行われる食塩摂取量の調査は、全国から300ヶ所を選び、6,000から7,000世帯を対象に約20,000人を調査します。そして、休日を除く連続三日間の食事調査から、食塩摂取量を計算します。
調査結果は、毎年全国を12地区に分けて発表されます。このうち、東北地区は、日本でもっとも食塩摂取量が高い六県が含まれており、1989年の調査では1日13.9グラムという値でした。近畿T地区は、もっとも低い食塩摂取量を示す3県が含まれており、その値は11.1グラムでした。
さて、過去14年間で日本の人口は約10%増加しました。この間'家庭用の塩販売量はほとんど同じですが、食習慣は少しずつ変化してきました。加工食品が増加し、外食は急増してきました。一方、食塩摂取量は14年間で10%減少しましたが、ここ数年間では減少も止まり、反対に1990年の値は1日12.5グラムと増加しました。
厚生省は、1979年に食塩摂取量の目標値を1日10グラムに定めました。しかし、脳血管疾患や心疾患、高血圧疾患による死亡率をみると、目標値が設定される10年も前から、いずれも下がり始めています。その上、減少傾向はいずれの疾患でも直線的で、特に脳血管疾患は急速な減少を示しています。これらの事実から結論としていえることは、塩は脳血管疾患などによる死亡率とは関係がないよういみえる、ということです。
生きた実態に迫る
食塩摂取量がもっとも多い地区と、もっとも少ない地区との傾向を比較してみることは、大変興味深いことです。
食塩摂取量のもっとも高い東北と、もっとも低い近畿Tを比較してみると、過去から現在において食塩摂取量の差は、ほとんど変わっていません。
しかし、各疾患の訂正死亡率についていえば、最近の15年間で、もっとも食塩摂取量が低い地区における高血圧と心疾患による死亡率は高いようにみえます。これは、これまでいわれてきたことや信じられてきたこととはまったく反対の現象です。
脳血管疾患と卒中は、明らかに食塩摂取量の高い地区で高い死亡率を示しており、こちらはこれまでいわれてきたことや信じられてきたことと一致しています。しかし、両地区の差は、だんだんなくなっています。つまり、両地区の食塩摂取量の差は一定であるにもかかわらず、脳血管疾患と卒中による死亡率については両地区の差に変化がみられる、ということです。
この結果は、これまでの知識からは信じられません。多分、この関係には食塩以外の何か主要な原因があると思われます。
脳血管疾患などに及ぼす食塩摂取量の影響をみると、脳血管疾患と卒中には正の相関の傾向がみられます。しかし、高血圧、心疾患、高血圧性心疾患とは負の相関傾向がみられます。ところが、すべての傾向は危険率1%で有意ではありませんでした。しかし、脳血管疾患だけは、5%の危険率で有意でした。
ここで、脳血管疾患と卒中について、5歳刻みのデータを用いてもう少し詳しい分析を試みました。
まず、脳血管疾患では、年齢が高くなるにつれて訂正死亡率が高くなっています。そして、180年と1985年の傾向はほとんど同じですが、1985年は著しく下がっています。
次に卒中では最高齢のグループで、食塩摂取量と負の相関を示しています。つまり、80歳以上のグループでは、食塩摂取量が高いほど低い死亡率を示しているということです。
さて、これまでの議論は死亡率についてでしたが、死因にはある程度の曖昧さは避けられません。これは、疾患は直接的'間接的に死因と関連しているものの、それまで苦しんできた疾患と死因は必ずしも一致しないということです。
しかし、患者は明らかに疾患を特定されています。
そこで、厚生省が3年毎に病院や診療所などで行っている患者調査をみてみました。その結果、外来患者の場合、高血圧、脳血管疾患ともに食塩との相関関係はみられませんでした。これは、入院患者についても同じでした。こうした調査こそ、生きた実態を示す非常に重要な調査であると考えます。
塩との関係は発見できず
これまでの話から、結論としていえることは、食塩摂取量は心疾患、高血圧疾患による死亡率に負の影響を示し、脳血管疾患と卒中の死亡率には正の相関を示しました。このうち、脳血管疾患の場合は5%の危険率で相関は有意でした。しかし、外来患者、入院患者でみると、食塩摂取量と脳血管疾患との間には、何の関係もありませんでした。
結局、この研究では、食塩摂取量と高血圧、脳血管疾患、卒中、心疾患との問には何の関係もみられませんでした。
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